第5話 乱気流

 


 §1 畑荒らし

「やられました! 畑荒らしです」

 収穫祭の余韻も冷めやらぬある日の朝、シカ村長からジキータに電話が入った。

 ドクとモンキはバスで行くことにし、ジキータは奥根来動物村へ飛んだ。


「今朝、出荷予定の分が、ほとんどやられてます。それに、まだ生育していないものは抜かれて捨てられてます」

 村長は無残に引き抜かれたネギを手にしていた。

 五、六頭の足跡が付いていた。まだ、新しかった。今朝がた、襲って来たのだろう。


「ひでぇことしやがるなあ」

「ほんまや。どついたろか」

 遅れてやってきたモンキとドクも啞然あぜんとしている。

「これまで畑泥棒なんかおらんかったから、油断しとったなあ。こりゃ、自警団がいるなあ」

 と村長。のどかな村だったのだ。

 ジキータは、よこしまな人間を寄せ付けないように、ドクが中心になって自警団を組織した経験を話した。

「ぜひ、ドクさん、お願いしますよ」


 再び、ドクが竹刀を握った。

 青年団は嫌がった。平和ボケしていた。牙をむいて敵を威嚇する、初級コースから始めるしかなかった。

 竹刀の音が一日中、村に響いていた。ドクは、爺婆じじばばにはとても評判がよかった。


 §2 自警団

 自警団がそれらしくなってきた。目つきが違う。歩き方もやや外股になっている。言葉まで指導者の影響を受けたようだ。

あにぃ! 若いつれて、縄張りシマ、回って来ますわ」

「こら! ご先祖伝来の土地を、シマなんていうヤツがあるか!」

 ドクは先祖を敬う。


 暑い夏が過ぎ、秋の収穫期になった。

 このところドクは連日、奥根来に泊まり込んでいる。

 明け方、警備を交代して間もなく、ドク軍団の一頭が息せき切って、ドクに報告に来た。

 現れたのである。


 ドクたちがそっと近づくと、畑から野菜を運び出していた。所かまわず歩き回り、育っていない野菜は踏みしだかれている。

 訓練どおり、両サイドから迫った。

 ドクの合図でサイレンがけたたましく響いた。

 ビクッと、一味が凍り付いた。

 ドクたちがジリジリと奥の山の方に追い詰めて行った。


 山を背に一味が反撃体制を整えた。一触即発だった。

「あっ! お前は」

 と軍団のイヌ青年。二年前に仲間を引き連れて村を出たサルだった。当時は怪しげな団体の手下を装い、人間の服装をして、根来村の年寄りにつぼや印鑑を売り歩いていた。それが、今では、すっかり悪党ぶりが身についていた。

「なんや。誰かと思うたら、ダメイヌか。どうだ、まだシッポ振ってるのか」

 ドクがやり取りを見ていた。


 §3 悪事の末に

 ドクたちの背後から、泣きわめく声が聞こえて来た。

 ドク軍団も一味も、動きを止めた。

 振り返ってみると、サル婆だった。畑に突っ伏し、身もだえして泣いている。

「おふくろ!」

 ボスザルが走り寄った。


「婆さんはな、若い衆を指導して耕作放棄地を再生し、やっと収穫・出荷にこぎつけたんや。お前は、その野菜を盗んで、畑を踏み荒らした。恥ずかしいとは思わんか!」

 ドクがボスザルの胸ぐらをつかんだ。

「ぶん殴るほどの値打ちもないやっちゃ」

 ボスザルを突き倒した。


 サル婆の息子は後日、母親のもとに帰った。嫁と子供を連れていた。

 二年前に動物村を出て、壺や印鑑売り、収穫期になると周辺の限界集落を襲い、野菜類を盗んでいた。

 さらに、コツコツと悪事を働くことに飽き、一かく千金を狙って、最近は特殊詐欺にも手を染めていた。嫁とは飲み屋街で知り合い、特殊詐欺の「かけ子」をさせていた。

 以上は、一緒に帰った「受け子」からの情報だった。


 §4 廃校リメイク

 村の個体数が増えてきた。

 青年団員には研修生や移住者と結婚し、子供をもうけるケースも何例かあった。加えて、サルたちの帰村。村に子供たちの声が聞かれるようになった。絶えて久しかったことだった。


「村長。旧奥根来動物小学校はまだ使えますか?」

 ジキータは、はしゃぐ子供たちを見ながら訊いた。

「さあ。廃校になって、もう一〇年たちますからなあ」

 校舎を見に行った。廃校になる四、五年前に校舎が改装されていたこともあり、それほど傷みは激しくなかった。

 当時は

「子供たちがいなくなるのが分かっとって、もったいないことするなあ。お役所のすることはわからんわ」

 などと笑ってみていた。何が幸いするか分からない。


 DIY教室がひと段落していた建築士、廃校のリフォームを頼まれて発奮した。

 周囲の村の廃屋から、床や壁、天井板をいで来ては再利用する。途中、道端で廃棄物を拾って、再び生命を吹き込んだ。ドアノブなどはすべて鉄筋のくずを使っていた。


 ある時は、ドラム缶を拾って来て、かまど代わりに給食準備室に設置した。さらに、ネコグルマ(一輪車)の荷台をもらって来たこともあった。「平鍋になる」と、こびりついたセメントを落としていたらしい。


 ジキータが村を歩いていて、ネコの旦那が子猫と遊んでいるのに遭遇した。

「来年から学校が再開されるんですか。うちの子、通わせますよ」

 楽しみにしている。

 しかし、教員をどうする。


「うちの村に元教員がいますが、毎日通勤して来るのも大変ですし」

 村長の考えを訊いた。

「子ネコのお母さん、元は小学校の先生ですよ」

 と村長。渡りに舟である。

 ついでに、校長の当てがないか訊ねた。

「どなたか、長老に元教員がおられる、とうかがった覚えがありますが」

「村議会議員のイヌ爺でしょ。若いころ都会で教員をしてはいました。ただ、あの方の場合は……」

 難しい性格であることは、ジキータもすでに分かっていた。


 それを承知で、イヌ爺を訪ねた。

 奥さんに案内され、応接間に通される。奥さんは初対面とは思えないほど、ジキータに馴れ馴れしかった。


 用件を話すと

「帰れ!」

 取り付く島もなかった。しかし、簡単には引き下がれない。

「ワシが子育てに失敗したことを知ってての頼みか。バカにするにも、ほどがあるぞ!」

「子育てに失敗って?」

「そうや。あんたにくっついとる青年団のイヌは、ワシのせがれや」

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