第4話 収穫


 §1 空飛ぶ野菜

 長年、草に埋もれていた畑が、本来の表情を取り戻した。

 畝が立てられ、タネが蒔かれた。苗を植えた畑もある。何日もせずに芽を出した野菜もあった。

 年季の入った爺婆たちの指導したものは違う。


「ジキータさん。販売ルートはどうします?」

 イヌ青年が訊いてきた。

「うちの村で獲れたものは『獣道(みち)の駅』に出しています。あそこはいいものしか置いてくれない。なんなら、紹介しますからお願いに行ってみては」

 青年が頼もしくなってきた。

「並行して、国道までどういう方法で出すかも考えなければいけませんよ。みんなが使っている獣道は、クルマは通れませんからね」

 獣海戦術で背負って運ぶ方法もあるが、毎日のことなので体がもたないだろう。車道を抜くのは時間がかかる。青年は頭を抱えた。


「あーあ。いい方法はないかなあ。仲間に訊いても、みんなお手上げですよ。ジキータさんみたいに、野菜に羽が生えていれば、空を飛ばせるのに」

「今、なんて言いました? それですよ!」


 青年団が、長い針金と滑車を買ってきた。針金は幾重にも巻かれている。数頭がかりで担いで帰ってきた。

 奥根来から国道までは歩くと遠いようでも、直線距離にすると意外に短かった。それでも中継点を設け、架線を二回張る必要があった。

 奥根来動物村の指呼の距離にある尾根に、まず架線が張られた。そこから国道に架線を渡す計画だった。真下は深い谷。木々も繫っている。古来、奥根来と根来を隔てて来た自然の要害だった。

 しかし、数羽のカラスとワシ、タカが鉄線をくわえて中継点まで飛ぶことで、難なく解決した。IQ(知能指数)が高い。

 試運転をしたところ、一瞬にして荷物が国道に届いた。ジキータのスピードも及ばない速さだった。文明の利器に、村中が沸き返った。


 §2 おめでた

 このところ、ジキータたちは連日、奥根来に詰めている。

 青年団の仕事を見ていると、実に楽しい。かつて、イノ村長の指導を受けながら、慣れぬ野菜作りに精出したころが、懐かしく思い出された。


「ジキータさん。おめでたのカップルがいるのですよ。住まいのことで相談を受けていまして」

 シカ村長が声をかけてきた。

 イヌやネコの小型動物ならケージでなんとかなるかもしれない。しかし、イノシシやヤギなどの大型獣では事情は異なる。

「まさか、洞穴に住み続けてもらうわけにはいかないでしょう。竪穴式住居を作るにしても、相手はシカですからね」

「今の動物たちに縄文時代に戻れ、というのは酷ですよ」

 ジキータは同情した。


「うちの村がそうですが、DIYで、自分たちでやってもらう方法もあります。希望する家のざっくりとしたデザインを描いてもらう。建築士が手直し、後は要所要所で建築士のチェックを受けながら、自分たちで建てていくのです」

 シカ村長は合点がいった様子だ。

「動物王国の鍼灸師に建築士の友達がいます。村長が過疎化バスターの相談に行った鍼灸師ですよ」

「はあ?」

 ジキータはお見通しだった。


 結局、小型動物の住まいもDIY方式で建てることになった。シカ旦那が楽しそうに大工仕事しているのを見て、例のネコが黙っているはずがなかった。


 §3 収穫祭

 春蒔き野菜の収穫が始まった。

 初夏の畑には、動物たちが忙しく行き交っていた。爺婆たちは畑の岸に腰かけ、満足げに見守っている。

「昔は農繁期になると、学校休んで畑仕事手伝うたもんなあ。村の衆も総出やった」

「ワシは学校行くより、畑手伝う方が楽しかった」

 めいめい、昔の記憶を手繰っていた。


 シカ村長の提案で、ちょっとした収穫祭が行われることになった。

 動物たちが公民館に集合した。根来村の住人たちも招待され、買物かごを手に手に、直売コーナーに並んだ。


 パーティ会場では、生野菜コーナー、煮炊きコーナーも人気だった。出色だったのは、婆たちの書いたレシピだ。家庭で簡単に秘伝の味を再現できる。これには、ゲストの「獣道の駅」店長が、店にレシピを置くことを申し出たほどだった。


 動物たちは飲んだ。

 婆から歌声が聴こえてきた。こぶしの利いた、伸びのある声だ。

「このあたりには有名な民謡があったじゃないですか。あれが聴きたいなあ」

 モンキがリクエストした。

「あんた、何いうとるの。今のがそれやない」

 続いて、別の婆が歌った。歌詞が違えば、節回しも微妙に違う。

「民謡はもともとは労働歌でしょう。それぞれの家で仕事しながら歌った。だから、同じものはほとんどない。モンキさんが言うとるのは、スタンダード化されたものですよ」

 村長の説明だった。


 青年団員も歌った。これはジキータたちも知っていた。ドヤ街にも流れていた歌だった。

 悪ノリした団員が

「ぜひ、ジキータさんたちの歌も聴きたい」

 と言い出す始末だった。


 ジキータは歌には自信がなかった。それに、用心深いキジ族は、歌ったり鳴いたりしない。撃たれるから。困っていると、モンキが助け舟を出してくれた。

 なにしろモンキは観光地のサル軍団の売れっ子だった。動物たちが文字通り抱腹絶倒する様子を、ジキータは初めてみた。


 シカ村長が締めの挨拶に立った。

「獣道の駅」での販売のほか、ネットの通販サイトに出店することになった、と報告した。

 一同、大歓声をあげた。

 ただ、通販サイトの意味がわかっている動物はごく一部だった。

 村には電気が来ていない。したがって、パソコンを知っているものは数えるほど。当分、村長のスマホに活躍願うしかなかった。


「バッテリーが切れたら大変なんですよ。充電するのに、根来村の廃屋まで行くんですから」

 村長はよくジキータにこぼしていた。


 §4 初荷

 動物たちの見守る中、野菜を満載した滑車がスルスルと離れて行った。拍手が起きた。

 国道では青年団員が待ち受け、滑車からおろした野菜を軽トラに積み込む。ドライバーは根来村の住人が快く引き受けてくれた。


「獣道の駅」に村長が先回りしていた。

 店長の了解を得て、陳列した野菜を撮影する。人々が買っていく様子を収める。

「今日は新しい生産者が野菜を出してる。シカの着ぐるみをかぶったスタッフが撮影しているわ」

 くらいにしか、人間は思っていない。大型動物は得だ。


 翌日、村長はスマホの写真を、動物たちに見せた。

 爺婆の感激ぶりといったら、なかった。タヌキ婆は、顔の前で手を合わせていた。

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