第9話 ダンジョンの真実

 目の前にある扉は石のような材質で出来ていた。滑らかに加工された表面はそれだけで人工物と判る。周りの壁は剥き出しの岩になっているため随分と浮いていた。見た感じでは両開きでも片開きでもない。

 それなりの大きさだったが、先程戦ったゴーレムでは開いても通ることはできないだろう。


「こいつはどうやって開くんだ?」

「うーん。外に仕掛けの類は見あたらないから、魔術かな?」


 ルーファスの言葉にゼフィアが答える。彼女は先程から扉の周りを調べていた。

 皆の視線がメラニーへと向かう。


「確かに扉は魔力マナで包まれてる……一応、解錠の呪文を使ってみるけど期待しないでね」


 メラニーは扉に近づくと杖を差し出した。


魔力マナ魔力マナ。汝が担うは万能たる鍵。〈アンロック〉」


 メラニーの口から独特の抑揚を持った言葉が紡がれる。同時に杖の先に光が灯った。彼女は杖で軽く扉を叩いた。波紋のように光が広がる。刹那、石臼がすり合うような音を立てて扉が下がり始めた。


「ゴーレムまで配置しておったのに、こりゃまたあっさりと開いたの」


 ダガートが拍子抜けしたように言う。


「ゴーレムを倒せるくらいなら何をしても無駄と考えたか……」

「或いは奥にあるのはお宝じゃないか……ね」


 ルーファスの言葉をゼフィアが継いだ。

 扉が下がっていくと同時に中から強い光が漏れ出す。まるで昼間の太陽のような眩しさに一同は目を細めた。


 扉の向こうには今までとはまるで違う風景が広がっていた。四角く開いた穴から見えるのは一面の花と巨大な木。ルーファスを先頭に中へと入って行く。

 そこは半球状の巨大な空間だった。中央には巨木。その周りには色とりどりの花が咲き乱れている。なだらかな曲線を描く壁から天井までは、蒼穹を思わせる色と明るさに満ちていた。


「これは……迷宮型ダンジョンだね」


 オーランが呟いた。

 扉から中央の巨木に向けて土の道が敷かれている。よくみると道の先――巨木の前に杖を抱えるようにうずくまっている人物がいた。後ろ向きでよく分からないが、それはフード付きのローブを着た男性に見えた。


「所有者かもしれん。気をつけろよ」


 ルーファスたちはいつでも武器を取り出せるようにしながら、ゆっくりと道を進んで行く。踏みしめた感触は土そのものだ。足音はしていた。だがルーファスたちが近づいても、うずくまった誰かは背を向けたまま動く様子はなかった。


「ねぇ、あの木」


 ゼフィアが言うと同時に皆が気づいた。

 巨木はいくつもの細い幹が絡まり合って、何かを包むように茂っていた。包まれているのは青白い光だ。


魔力マナはあそこに集まってる」


 オーランが言う。その横ではメラニーが頷いている。


「おい、あんた。このダンジョンの所有者なのか?」


 ルーファスの問いかけにも男性は答えない。痺れを切らしてルーファスは男の目の前に周り込んだ。彼の表情が僅かに曇る。


「みんな、大丈夫だ」


 四人と一匹がうずくまった男性の前に回り込む。フードから覗く男性の顔は干からびていた。眼球のない眼窩はオーランたちの背後、巨木を見つめている。その表情に穏やかだったが、どこか寂しそうに見えた。


「ダンジョンを造っている途中で力尽きたかのかのう」


 ダガートがミイラとなった男性の頭部に軽く触れる。それから自分の頭、胸の順に手を触れて祈りを捧げた。


「そうでもないみたいよ」


 ゼフィアは先に巨木の方を調べていた。包まれているのは青白い光は大きな水晶の塊だった。それは六角形で直立する棺を思わせた。

 中には一人の女性が立っている。男と同じようなローブを来た金髪の女性。彼女は瞳を閉じ、両手を胸の前で組んでいた。微動だにしない様子は、まるで良くできた人形のようだ。


「生きてるのか?」

「いいえ。見て」


 ルーファスの問いにゼフィアは視線を足元に向けた。そこには小さな石碑があった。石碑には文字が彫られている。


「『亡き妻ポーレットに捧ぐ』か。ここは墓……なんだね」


 文字をオーランが読み上げる。

 迷宮型のダンジョンを造る理由は様々だ。大切な財産の保管場所から、魔物を配置した訓練施設。更には冒険者相手の商売など。そして今回のように墓として造ることも、決してあり得ないことではない。


 メラニーが水晶の棺に近づいて目を凝らす。よく見ると表面にはいくつも〝呪紋〟が彫られていた。呪紋とは呪文を意匠化したもので、魔力マナを通すことで呪文を唱えたのと同じ効果を得ることができる。


「すごい魔術。この棺に魔力マナを集めて死んだ時の状態で保存しているのね。ここを造ったのは、さぞ名のある魔術師だったのでしょうね」


 メラニーは振り返ってミイラになった魔術師を見つめる。


「迷宮化してるのもこの部屋だけみたいだし、もともと出る気も、誰かを入れる気もなかったんだろうね。ゴーレムがいたのは、僕みたいにたまたま見つけちゃった人間を追い払う為だったんだ」


 オーランはミイラになった魔術師と水晶の棺を交互に見つめ、静かに言った。


「墓かぁ……どうするよ?」


 ルーファスが問いかける。オーランは少し考えてから口を開いた。


「さすがにここは売れないね。協会預かりかな」

「だよなぁ」

「ルーファス、報酬はちゃんと払うから心配しなくていいよ」

「それは助かるが……お前が損するだけじゃねぇか? 今回は購入した装備分だけで手を打つぜ?」

「駄目だよ。探知師ダウザーをしている以上こういう状況も覚悟の上さ。いくら知り合いでも契約はちゃんと守らないと。それに未発見の迷宮型は協会に持っていけば少しはお金が貰えるしね」

「ダンジョン管理協会には報告せずに、このままそっとしておくことはできないの?」メラニーが訊く。

「ここで僕らが黙っていてもいずれは他の探知師が見つけてしまう。そして売ってしまうかもしれない。規模は小さいけどダンジョンだし、水晶のひつぎは欲しがる人もいるだろう。中の死体を取り出してでもね」

「そんな。じゃあゲートだけでも残しておくのは? 探知師あなたたちは他人が先に見つけたダンジョンには手を出さないんでしょ?」

「それは不文律だよ。探知師の中には他人の見つけたダンジョンを荒らす人間だっているんだ。何もせずに放っておいたらそういう連中に目をつけられる可能性だってある。

 それならいっそのこと協会に登録して管理した方が安全だよ」


 オーランの言葉にメラニーはそれ以上何も言えなかった。だがその表情は不満そうだ。


「協会なら大丈夫じゃろ。協会長は有能な男じゃし、師匠であるヴァーノンの影響力もまだ残っておる。協会の管理下にあれば手を出す輩もそうはおらん」ダガートが安心させようと言葉を継いだ。「それに協会あそこなら、あの魔術師が誰じゃったのか突き止めてくれるじゃろう。二人の名で登録すれば、多少なりとも供養にはなろう」


 ダンジョン管理協会は迷宮型のダンジョンの所有者と制作者の記録を持っている。そしてダンジョンは魔術師が建造する。死体をそのまま保存できる水晶の棺を造れるほどの魔術師なら、他のダンジョンを建造した記録が残っているかもしれない。


 なにより協会長は大魔術師アーチメイジヴァーノンの弟子であるクィントンだ。調べる為の方法には事欠かない。

 迷宮型のダンジョンを登録する際には、所有者もしくは制作者、或いは両名の名を冠することが多い。今回の場合なら夫婦の名で登録する形になるだろう。


「それは……いいかもしれないわね」


 そう口にすると本当にいい考えのように思えてきた。メラニーの顔にようやく笑みが浮かんだ。

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