第7話 戦闘

 そこは八メートル四方はありそうな空間だった。ルーファスたちが入って来たのと対角線上に大き目の扉があった。そして、その横にはゴーレムが二体立っている。

 細長い顔の中央には丸い目のような突起が三つ、正三角形を描くように配置されている。三つはどれも大きさが違った。それが回転して一番大きな目が上になる。顔は突然の侵入者たちへと向けられた。ゴーレムたちが動き出す。


 ルーファスを先頭に、ダガートと二人でゴーレムの一体へと走り寄った。

 対するゴーレムは胴体に比べて長く、前腕部分が太くなった右腕を振り上げた。それをルーファスに向けて振り下ろす。

 ルーファス横に飛んで避けた。


「話し合いってわけには……まぁいかねぇよな」


 ルーファスが不敵に笑う。そして振り下ろされた腕に向かってブロードソードで斬りつけた。金属同士がぶつかった時のような音を立て、ルーファスの剣が僅かに食い込む。


「おっ。弾かれねぇ。さすがシェリダンの孫だ。いい魔術うでしてやがる」


 ゴーレムは腕を振って食い込んだ剣を払う。ルーファスはそれをいなすようにしてわずかに距離をとった。


「我が神シャロムよ。御身の知識を我に貸し与えたまえ! 〈インフォメーションアイ〉」


 ダガートが祈祷文を唱えた。ドワーフの瞳に銀色の光が宿る。ダガートの目を通して見たゴーレムの体に、いくつもの光の点が現れた。それは構造上の弱い部分だ。

 ルーファスとは逆の方向からダガートがメイスを振るった。狙うはゴーレムの膝にあたる部分より僅かに上。そこを打ち降ろすようしてメイスで叩く。

 鈍い音がしてメイスを受け止める。だがゴーレムの体がわずかに揺らいだ。それでもゴーレムは左腕でダガートを殴ろうとする。


風の精霊シルフよ、力を貸して。〈ウィンドバースト〉」


 その言葉と共にゼフィアが弓を放つ。やじりを緑色の輝きが包んだ。矢がゴーレムに当たった瞬間、光が弾け爆風を生み出した。ゴーレムが体勢を崩しダガートへの攻撃が中断される。


 メラニーは最初に呪文を唱えて以来、何もできずに三人の行動を黙って見ていた。長年組んだパーティだけあって連携もとれている。ルーファスからは攻撃呪文での援護を頼まれていたが、どのタイミングで放てばいいのか分からない。

 祖父ならここでどのようするだろうか。目まぐるしく変わる戦況にメラニーはついて行けずにいた。思わず、オーランたちの方を見る。


「!」


 メラニーが大きく目を見開いた。

 オーランとファルサは、もう一体のゴーレムと接敵していた。メラニーが驚いたのは一緒にいるはずのファルサの姿だった。


 そこにいるのは黒猫ではなかった。大きさにしてオーランの胸あたりに頭がある四本足の獣。筋肉は発達し顔つきも精悍なものになっていた。それはまるで黒い毛並みをもつ、模様のない虎だ。

 ファルサが姿を変えることを知らなければ、オーランが新しい使い魔を召喚したのかと勘違いしてしまうだろう。


「オーランなら大丈夫よ。それよりこっちに集中して」


 よそ見していたメラニーをゼフィアがたしなめる。彼女の口調は真剣だ。それを感じ取り、メラニーは表情を引き締めた。ゴーレムと戦っているルーファスとダガートの方へ視線を戻す。


 ルーファスは上手くゴーレムの攻撃を躱しているようだった。時折、ブロードソードで斬り込んでいる。だが刃は浅く食い込むのみで、切断するには至っていない。

 ダガートは隙をみて、同じ箇所を何度も攻撃していた。


「ごめんなさい。あたしは何を……いえ、お祖父おじいさまはこんな時どうしていたの?」


 まだこのパーティでの自分の役割が分からない。メラニーは素直に訊く。


「シェリダンと同じことをしようとしなくていいわ。あなたにはあなたの役割がある。でもそうね……」ゼフィアはルーファスたちから視線を離さない。「あなた氷結の呪文は使える?」

「え? ええ」

「なら、もうすぐダガートの攻撃でゴーレムの動きが止まるわ。そのタイミングでわたしは弓を撃つ。あなたは同じ箇所を氷結呪文で貫いて。できればゴーレムが凍り付くくらいの威力で」


 ゼフィアの狙いがなんなのか、集団戦闘の経験が少ないメラニーには分からない。だがゼフィアは長年このパーティで戦ってきている。メラニーはこのハーフエルフを信じるしかない。


「わかったわ」


 メラニーが杖を構える。彼女の視線の先ではダガートが何度目かの攻撃をゴーレムに加える所だった。最初に狙ったのと同じ場所。ゴーレムの膝にあたる部分より僅かに上だ。

 鈍い音が辺りに響いた。よろけたゴーレムが踏ん張る。その瞬間、ダガートが攻撃をしていた箇所砕け、そのまま崩れ落ちた。ゴーレムは咄嗟に腕で体を支える。


火の精霊サラマンダーよ、力を貸して! 〈ライズヒート〉」


 ゼフィアが弓を放った。鏃が赤い輝きに包まれる。矢はずんぐりとした胴体の中心を貫いた。人間ならば心臓に当たる場所だ。刹那、矢を中心に激しい炎が吹き上がり、辺りに熱気が充満した。


魔力マナ魔力マナ。汝が担うは鋭き氷。棺となりて敵を包む。〈アイスブラスト〉」


 メラニーが呪文を唱える。突き出した杖の先に方錐形の氷が出現した。氷は回転しながらゴーレムへと向かう。そのままゼフィアの矢が刺さった箇所へ寸分違わず突き刺さる。

 そこを中心にゴーレムの体が凍り始めた。ピシッという何かが割れるような音が聞こえる。同時にゴーレムの体に亀裂が入った。


「ルーファス!」


 ゼフィアが叫ぶ。それに応えるようにルーファスは、ゴーレムへと走り寄った。片脚を失い前傾姿勢になったゴーレムの懐へ潜り込む。そして下から渾身の力でブロードソードを突き上げた。


 剣先はゼフィアとメラニーの攻撃によって生まれた亀裂へと吸い込まれる。剣身ブレードがゴーレムの体へと埋まって行く。それに合わせるように亀裂は広がり、ついには砕けた。

 胸部に大きな穴を空け、ゴーレム沈み込むように倒れた。



        ☆



 ルーファスとダガートがゴーレムに接近するのと同時に、オーランとファルサももう一体と接敵していた。


「ファルサ!」

「おうよ」


 オーランの言葉に応えるようにファルサの姿が変わる。黒猫の姿が崩れ不定形の黒い塊になる。刹那、膨れあがりオーランの胸あたりまでの大きさへと変わった。そして不定形だった塊は四つ脚の獣へと姿を変えていた。

 筋肉は発達し顔つきも精悍なものへと変わる。そこにいるのは猫ではない。黒い毛並みをもつ、模様のない虎だ。


 オーランが探知杖ダウジングロッドを構えた。向かい合う形で弧を描く先端に蜘蛛の巣状に張られたの魔力マナの糸。それがきらめく。

 ゴーレムが動いた。両腕を振り上げて、オーランたちのいる場所へと振り下ろす。太い前腕と拳が迫ってくる。オーランとファルサは散開するように飛んで、その攻撃を躱す。

 いままでオーランたちがいた場所が衝撃でへこんだ。


 オーランが杖を振るった。先端から魔力マナの糸の一部が塊となって放たれる。それはすぐに形を変え鋭い刃となってゴーレムを襲った。

 刃はゴーレムの体へと食い込んで破裂する。ゴレームの体が浅く削れた。だがゴーレムは怯まない。腕を横に振り、オーランへと拳を横へ薙いだ。

 オーランはそれを軽やかに避ける。その動きはまるで戦い慣れた戦士のようだ。ルーファスに引けをとらない。


 がら空きになった胴体に向かってファルサが跳んだ。強烈な体当たりを行う。ゴーレムは避ける間もなく派手に後退あとずさった。倒れることはなかったが踏みとどまることで動きが止まる。


「結構頑丈だな」オーランの横へと戻って来たファルサが言う。

「でも魔力マナを使った攻撃は通じたよ」


 オーランはゴーレムから視線を外さない。すっかり血色の良くなった顔には僅かな笑みすら浮かんでいる。


「で、どうするよ?」

「近くでかく乱してくれると嬉しいかな。上から一撃で仕留める」

「俺様を巻き込まねぇように頼むぜ」

「善処するよ」


 オーランの言葉に、虎顔のファルサは口元を器用に歪めた。人間なら苦笑しているといったところか。


「信じてるぜ相棒」


 ファルサが飛び出した。右へ左へと九十九折りなりながらゴーレムへと進む。そして相手の横をすり抜けるように背後に回った。

 ゴーレムが慌てて後ろを向く。同時に腕を横に薙いだ。それに合わせるようにファルサは跳ぶ。更に近づいて来た腕に飛び乗り、今度はゴーレムの顔面に向かって飛びかかる。


 ゴーレムはファルサを振り払おうと上半身を大きく反らした。

 それを見たオーランが動いた。ファルサに劣らない速度でゴーレムへと駆け寄る。動きを止めることなく、オーランは跳躍した。その高さは三メートル近いゴーレムの身長をゆうに超える。


 そのまま空中で探知杖ダウジングロッドを振り上げた。先端に張られた魔力マナの糸が輝きを増す。それに呼応するように糸は伸び、互いに絡み編み上げていく。糸は巨大な、先の尖った平たい形状を造り出した。

 それは魔力マナで造られた剣身ブレードだ。


「ファルサ!」


 ファルサがゴーレムの体を蹴って素早く飛び退いた。その衝撃でゴーレムはよろめく。

 オーランは落下の勢いを利用して探知杖を振り下ろした。白い輝きを持った斬撃がゴーレムを襲う。

 僅かな時間を置いて、正中線に沿ってゴーレムの体がずれる。そして割れるようにゴーレムは倒れた。

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