第2話 古い知り合い

「オーラン! 久しぶりじゃの!」


 祭服に身を包んだドワーフが言う。彼の目の前には木製のジョッキが置かれていた。ドワーフはそれを掴むと、黒々とした髭に縁取られた口元へと運んだ。そして並々と注がれた酒を一気に飲み干す。


「ダガート。相変わらず元気そうだね」

「お前さんは相変わらず血色が悪いの。呑め呑め。さすれば血色も良くなる」


 ダガートと呼ばれたドワーフがオーランの前に酒の注がれたジョッキを差し出した。オーランはそれを見て苦笑する。

 ルーファスにクエストの依頼をした日の夜。オーランは彼らが泊まっているという〝竜の酒蔵亭〟にいた。大きな丸机を囲うのは五人と一羽。


 オーランとその肩にはファルサ。右隣にはルーファスがいる。向かいに座るのは酒を勧めてきたダガートだ。そして左隣に座っているのは金髪に尖った耳をもつ妙齢の女性。野外で動きやすそうな格好をした彼女は、ハーフエルフのゼフィアだ。


「ゼフィアも……コホッ、久しぶり。それと……」


 オーランはゼフィア横に座っている女性へ目を向けた。茶色い髪をしたローブ姿の女性。人間で、歳はオーランより少し若いくらいか。


「彼女はメラニーだ。新しく入った魔術師メイジだよ」


 ルーファスがオーランの疑問に答える。


「初めましてメラニー。僕はオーランだ」

「……どうも」


 メラニーは青い瞳で胡散臭そうにオーランを見て言う。その視線を受けて、オーランは居心地が悪そうにルーファスへと視線を移した。


「えっと、シェリダンは?」

「冒険者を引退したよ。歳には勝てないって」


 ルーファスの言葉に、オーランは初老の魔術師の姿を思い浮かべた。白髪が目立つせいでオーランのように灰色に見える髪と髭を持つ、好好爺然とした男だった。


「自分の代わりにって紹介してされたのが、メラニーだ。彼の孫娘だそうだぜ」

「え!?」


 オーランは驚いたようにメラニーを見た。彼女は相変わらず胡乱な目で見返してくる。


「シェリダンに孫っていうか、子供いたの!?」


 再び居心地が悪そうにオーランは視線をそらした。今度はルーファスだけでなく、残りの二人の顔も見ながら言う。


「そう。わたしたちも驚いてたとこ」

「あいつはあまり自分の話をせんかったからの」


 ゼフィアとダガートが交互に言葉を返す。


「この街で待ち合わせしたたんだよ」とルーファス。

「え? じゃあルーファスの言ってた別件って……」

「おう。彼女とは三日前に会ったばかりだ。腕試しにこの街の冒険者ギルドでクエストを受けようって思ってたんだよ」


 冒険者はその名の通り、各地を巡りクエストをこなすことを生業としている。クエストの内容は多岐多様。身も蓋もない言い方をすれば何でも屋だ。そんな彼らだが、冒険者の多くは生活の基盤となる街を決め、その街をベースとして活動している。

 ルーファスたちは基本、王都クラケルスを根城とする冒険者のパーティだった。王都はこのガラオの街から馬車で十日ほど離れている。


「え? もしかして彼女、冒険者になったばかりなの?」

「いや、冒険者登録は二年前だったな」


 ルーファスの問いかけにメラニーは頷いてみせる。


「即席だけどパーティを組んでいくつかクエストもこなしてるわ。何か不満そうね」


 棘のある調子でメラニーが言う。目もオーランを睨んでいる。


「不満……っていうか。君……コホッ、ダンジョン調査の経験はある?」


 咳き込みながらオーランは訊ねた。今度は真っ直ぐにメラニーを見ている。思いの外強い視線を受けて、彼女の目が細められた。


「ダンジョン探査なら二度ほどあるわよ」


 顎を少し上げ、挑むようにメラニーはオーランを見つめて言う。


「探査と調査はちょっと違うけど……ダンジョンの経験があるなら大丈夫かな」


 オーランは安心したような表情を浮かべて言った。それを見たメラニーの顔にサッと朱がさす。


「あなたさっきから――」

「あーっと。今回のダンジョンは迷宮めいきゅう型か? それとも迷穴めいけつ型か?」


 声を荒げたメラニーを遮るようにルーファスが口を開く。出鼻を挫かれてメラニーの言葉が止まった。


「あの辺りにゲートはなかったし多分、迷穴型だね」


 ルーファスの問いにオーランが答える。

 ダンジョンと呼ばれる迷路状の構造物は主に魔力マナが豊富な場所である迷脈めいみゃくに沿ってできる。そしてダンジョンには迷宮型と迷穴型の二種類があった。


 迷宮型とは人工的に造られたダンジョンのことだ。迷脈の豊富な魔力マナを利用して魔術師が造る。その目的は様々だが、巨大で複雑なダンジョンを造れるほど高位の魔術師であるとされる。

 それに対し自然洞窟のようなダンジョンのこと迷穴型という。こちらは迷脈に流れる魔力マナが暴走して迷路のような洞窟を形成したと言われている。ちなみに、迷宮型のダンジョンは迷穴型のダンジョンを元にして造るのが基本だ。


「迷穴型の調査なら一日以内でいける範囲だな。必要な情報は鉱石と植物。それから魔物との有無くらいか?」

「うん。できれば階層に……コホッ、なってるかどうかまで分かるといいけど」


 オーランはルーファスに頷いてみせた。

 二人が言う調査とは、新規で見つけたダンジョンの中を簡単に調べることを言う。調査の対象は主に三つあった。ルーファスの言った鉱石と植物、そして魔物だ。

 迷穴型のダンジョンは迷脈の魔力マナを受けて独自の生態系を築いていることが多い。鉱石はもちろん自生する植物やそこを住処にしている魔物などは、時として珍しい素材となる。

 そしてそれらはダンジョンの付加価値となり高く売れる。


 基本的に探知師ダウザーは迷脈を探りダンジョンを発見し、それを売ることを生業とする。売る相手は魔術師であることが多いが、場合によっては国や貴族、裕福な商人も取引の対象となる。

 そういった人々が、魔術師に頼んで迷宮型のダンジョンを造ることもあるからだ。ダンジョンを所有する理由は様々。大切な財産の保管場所から、魔物を配置した訓練施設。更には冒険者相手の商売など、多岐に渡る。


「今回もお主は同行するのか?」


 そう言ってダガートはジョッキの酒を飲み干した。近くを通った女給に向けて追加の酒を注文する。


「うん。ルーファスたちなら知らない仲じゃないしね」

「高く売れそうなダンジョンだといいわね。珍しいものがあれば、報酬も弾んでくれる?」

「もちろんさ、ゼフィア。いつもみたいに追加するよ。調査で手に入れたものは……コホッ、見本として残す以外は君たちのものにしていい」オーランはちらりとメラニーをみる。「彼女もダンジョンの経験はあるみたいだし調査の方は問題ないと思う」

「じゃ、決まりね!」


 ゼフィアが言う。彼女はダガート、ルーファスの順に視線を移した。二人が頷くのを確認してから最後にメラニーを見る。

 彼女はこわばった表情をしていた。


「あたしは……新参者だからあなたたちの決定に従うわ。けど――」メラニーがオーランを睨み付ける。「探知師ダウザーのあなたに偉そうに言われる筋合いはないわ」

「おい――」ルーファスが慌てて口を開く。

「あなたたちの知り合いでも関係ない。はっきりと言わせてもらうわ」


 今度はメラニーがルーファスの言葉を遮った。


「さっきから上から目線で何様よ。それに肩に乗せてるのは何? 魔術師メイジでもないのに使い魔なんて連れてるの?」

「偉そうなのはお前ェだ、小娘」


 今まで黙ってオーランに肩に止まっていたファルサが口を開いた。


「しゃべるの黒い鳥それ!?」メラニーが驚いた様子でファルサを見る。

「お前ェも探知師は魔術師のなりそこないって見下してるクチか? シェリダンの孫とは思えねぇな。あの爺さんはオーランに一目置いてたぜ」

「お祖父じいさまは関係ないでしょ! それに、別に見下してないわよ。探知ダウジングだって立派な魔術の技だってのは分かってるわ。そうじゃなくてあたしの実力も知らないで不安がってるのが許せないのよ! 魔術師でもないくせに!」


 そう言ってメラニーは席を立った。


「あ、おい」


 ルーファスが呼び止めようとするが、彼女はそのまま二階にある宿泊部屋へと去っていく。


「やれやれ、ゼフィア、頼む」


 ルーファスの言葉を受けて、ゼフィアがメラニーの後を追った。


「すまないオーラン、ファルサ。本人に悪気はないんだ。彼女、色々あってパーティを転々としてたみたいでな。見かねたシェリダンに面倒をみてやってくれないかって頼まれたんだ」

「気の強そうな小娘だもんな。パーティにはむかねぇだろうぜ」

「ファルサ」オーランがたしなめる「僕の方も……コホッ、気づかいが足りなかった。明日、彼女に謝るよ」

「年頃の娘というのは難しいのう」


 オーランたちの会話を横目に、ダガートは一人ジョッキの酒を飲み干した。

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