天使の悪行

果糖あり

天使の悪行

 夏休みももう終わる。


 なんもしてねーや。


 ゴロンとベットに寝転びながら、そう思った。


 さっき食べたアイスのゴミが、クーラーの風で転がっている。


「片付けないと」


 片付けるつもりもないのに、罪滅ぼしのよう口走る。


 すると、急に視界が白くなった。


 あれ、これ、俺、気絶する?なんてバカな妄想はすぐに消えた。


 そこにいたのは、天使だった。


 まじか。まじか。まじか。ついに俺のところにも天使が来たのか!


 これで俺も将来安定!もう何もしなくていい!


 将来の不安に周りからの期待、人と比べて劣っているという劣等感。


 こういうドロドロとしたものが積もりに積もって、心の奥底にこびり付いていた。


 でも、このこびり付き汚れが今、ジワジワと消えていくのがわかる。


 だって、天使が来たのだから!


「あっあの!えっと、そのー。あっ、ありがとうございますっ!」


 パニックになりながらも、なんとか感謝を伝えられた。


 天使が来る練習(妄想)は何百何千としてきたからな。


 すると、天使はニコリと笑って言った。


「僕、悪魔だよ。」


「は?」


 え?


 ちょっと待て。


 確かに、天使の輪はない。瞳の色は灰色。だけど、だけれども!肌と翼は真っ白だ。


 すると天使は、心を読んだかのように


「天使の輪は天使しかつけれない。瞳は白いカラコン。元の色が黒すぎて灰色になったけどね。肌と翼は白いペンキに突っ込んできた。最高の気分だったよ。」


 そして、天使はカラコンを外した。


 吸い込まれるような黒だった。


「今日は、暇そうな君にお願いがあって。」


 混乱している俺を気にも留めないで悪魔は話し始めた。


「悪魔が良いことをするとどうなると思う?」


「………裏があると思うだろ。」


「そう。みーんな、怖がって逃げて行くんだ。」


 悪魔は面白そうに


「じゃあ、天使が悪いことをすると?」


「…悪さのレベルによるだろ。」


「僕はそれが気になって気になって。だから、検証してみようと思うんだ。君に手伝ってもらいながら。」


 ん???


「無理っていったら?」


「君の地位、名誉、お金がなくなるくらいかな。」


 天使と悪魔はフラッと現れる。


 天使が来ると、地位も名誉もお金も貰える。


 俺の学校の校長だって、天使が来たから校長になった。


 来なかったら、ただ話の長いおっさんだ。


 悪魔が来ると、地位も名誉もお金もなくなる。


 俺の従兄弟の友達の兄は、東大卒で大手企業期待の新人として働いていた。


 でも、悪魔が来た。


 今はニートだ。


「あのー。大変、畏れ多いのですが、悪魔。帰れ。二度と俺の前に顔を見せるな。」


「むーりーでーすーうー」


 最後の足掻きも華々しく散り、俺は悪魔の手伝いをすることになった。


 俺が冷凍庫の隅に隠していた雪見だいふくを勝手に食べながら


「君には悪行を考えてもらおうと思って。僕が知ってる悪行は、地位をなくす、名誉をなくす、お金をなくす、だけだから。」


「十分すぎるだろ。」


「ちょい悪を知りたい。悪行レベル1くらいの。最初から物凄い悪行をして僕が悪魔だとバレたらつまらないからね。」


「ちょい悪か。俺の雪見だいふくを食べてる時点で結構悪だけど。今、殺意が湧いてるけど。」


「これが結構悪なんだ。人間って難しいな。」


 悪魔は、にゃはっと笑った。


「でも、アイス大好き人間では無い普通の人間には、はちょい悪だと思う。まさに、悪行レベル1。」


「おっ、じゃあ最初の悪行はそれで決定だね。」


 そう言うと悪魔は、俺を掴んで窓から飛び立った。


「よし!アイスを食べに行こう!」


「え?は?死ぬううううううう!」


 そう言いながら俺は、気絶した。


 目が覚めると、とても異様な光景が広がっていた。


「天使様ああああ!うわああああ!どうぞおおおお!!!」


 大人達が天使に向かって食べ物を渡している。いや、捧げているに近いか。


 それを無視して、冷凍庫のアイスを食べ続ける天使。


 その光景があまりに滑稽こっけいで、俺は思わず笑ってしまった。


 冷凍庫のアイスを全部食べ切った天使は、満足そうな顔をして


「帰るか!」


「えっ、ちょっ、待っ」


 俺はまた気絶した。


 目が覚めると、


「にゃははははは!面白かったああああ!」


 悪魔の馬鹿笑いが聞こえた。


 さっきから目覚めは最悪だ。


「あっ、やっと起きた。マジで面白かったよ。」


 浮遊感がまだ体に残っている。


「そんなことより、窓から飛び降りたりしてないよな?なあ?気絶してて記憶が無いんだけど。」


 悪魔は満面の笑みで


「するわけないじゃん!悪魔のパワーで瞬間移動よ!で、次はどうする?悪行レベル5くらいは行きたいね。」


「そうだよな。瞬間移動に決まってるよな。次はレベル10にしよ。」


 俺は嫌がらせで言ったつもりが


「最高かよ!」


 悪魔は楽しそうに笑った。


 悪魔はわからん。


「じゃあ、悪行レベル10はお腹を空かせた天使が癇癪かんしゃくを起こして、っていうのはどう?」


「いいねそれ。ナイスストーリー!採用!」


 もはやノリで決めていると言っても過言では無いな。


 そう思った時、悪魔が窓の方を見ているのに気がついた。


「ちょっと待て!俺、高所恐怖症!心のじゅ」


 そう言って、気絶した。


「バンッ!バンッ!バンッ!バンッ!」


 俺は、何か金属が叩かれている音で起きた。


 目を開けると天使が、電子レンジや冷蔵庫を叩きまくっている。


 天使らしからぬ様子に周りの大人も困惑しているようだ。


 そんな中、一人の大人がボソリと呟いた。


「天使様は、悪魔と戦っておられるのだ…!」


 それを聞いた周りの大人も


「そうだ!天使様は我らを守ってくれているのだ!天使様!天使様!」


 その波はどんどん広がっていき、天使様頑張れの大合唱が始まった。


 俺は呆れて声も出なかった。


 どっからどう見ても、天使はただ一心不乱に家電を叩きまくっているだけだ。


 そして、天使が冷蔵庫を壊すと、歓声が起きた。


「悪魔を倒したのか?!天使様!天使様!流石!天使様!」


 天使はむすっとした表情で俺の方に向かってきた。


「ああ。」


 俺は覚悟を決めて、深呼吸した。


 気絶した。


 目が覚めると、悪魔がぶつぶつ文句を言っていた。


「まーた、悪魔を利用して天使の株を上げやがって。悪魔が天使に倒される訳ないじゃん。あーーーーほ。」


「アホはそっちだ。瞬間移動してないじゃん。バリバリに空飛んでるじゃん。この、アホ悪魔。」


「瞬間移動は疲れるんですうーー。あほ。」


「知るか。あほ。」


 幼稚園児みたいな会話をした後、悪魔が


「次は、悪行レベル100にしよ。なんか、胸糞悪いから。」


「悪行レベル100!いきなり難しくなりすぎじゃね。」


 レベル100の悪行…。


 天使がどんなことをしても、大人は良いように考えるからな。


「酷い悪行ってなんだ?」


「えーーーー!頑張って考えてよ。僕には地位名誉お金しかないんだから。」


「え?それじゃね?」


「え?」


「だって、他の悪行は勝手な妄想を作り上げれば天使を良いようできる。でも、地位名誉お金を奪うはどんな妄想をしても悪になるでしょ。」


 正直に言うと今、俺の頭の中にはピンポンダッシュくらいしかない。


「わかった。じゃあ、レベル100はに決定だね。」


 そう言うと、悪魔はニコリと笑って


「心の準備はいい?」


「無理無理無理無理」


 気絶した。


 どんなに高所恐怖症でも、五回飛んだら慣れるもんだな。


 気絶から起きるのに。


 悪魔が俺を下ろしたことに気づいて、すぐ起きた。


 今回の目覚めは、やっと普通だ。


「ピーンポーンピポピポピポピポピーンポーン」


 天使がインターホンを連打している。


 この音で起きなくて良かった。


「なんだよっ」


 機嫌が悪そうに出てきた男は、天使を見て膝から崩れ落ちた。


「天使様ッ!天使様が!天使様ああああ!」


 インターホンを連打されたのも忘れて、泣き始めた。


「あなたの地位、名誉、お金を奪いにきました。」


 天使のストレート過ぎる言葉に思わず笑ってしまった。


 だが、それを聞いた男は一瞬戸惑いを見せ


「天使様にも、何か事情があるのですね。わかりました。生贄になります。」


 生贄になれなんて一言も言っていないが、男の中の天使はそう言ったのだろう。


 男が急に大声をあげ


「天使様が生贄を求めています!私、一人の力ではどうすることも出来ません!他に生贄になってくれる人はいますか!」


 それを聞いた大人達は続々と天使の前に集まってきた。


 怖い。怖過ぎる。天使が生贄を求めているという妄想も怖いし、天使の前に続々と集まる大人も怖い。


 天使はそのようすをみて、大爆笑。


「にゃははははは!ははははは!にゃははははははは!」


「天使様に全てを捧げられて幸せです!」


「にゃはははははは!」


「天使様!」


 頭が狂いそうだった。


「天使の悪行は善行だ!」


 悪魔はそう言って、呆然ぼうぜんとしている僕の方を向いた。


 今度は気絶しなかった。


 六回も空を飛んだから慣れたのではなく、ただ目を瞑っていたからだけど。


 懐かしい匂いがする。


「ああーーー。やっと帰ってきた。」


 俺はベットに倒れ込んだ。


 朝、このベットで寝ていたことが夢みたいだ。


「これでわかったよ。天使が悪行をしたらどうなるのか。僕の好奇心は満たされた。ありがとう。」


 さっきまで馬鹿笑いしていた悪魔とは思えないほど穏やかに言った。


 人間は天使の善行だと信じて疑わない。


 本当に、怖いくらいに。


「哀れだよね。」


 悪魔は言った。


 いつか、俺もその言葉に含まれるのだろうな。


 そう思ったら、悲しくなってきた。


「哀れだ。」


「でも、悪魔からすると哀れな方が面白いから良いけどね。」


 俺を励ましているのか、慰めているのか、はたまた何も考えていないのか。


 わからないけど、素直に嬉しかった。


「確かに。ちょっと面白過ぎるか。」


「こんな面白い生物、他に居ないよ。何回やっても飽きないね。」


 そう言い、悪魔はニマリと笑った。


 何回やっても?


 そう聞こうと思ったが、やっぱり止めた。


 俺もいつか天使を装った悪魔に騙されるのだろう。


 その時は、思う存分笑ってもらいたい。







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天使の悪行 果糖あり @katouari

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