第13話:思い出話と、これからの話

「まるであんたがダメ人間みたいじゃない」


「……そうかも」


「ったく、情けない顔しないで」


 そんなにひどい顔をしているのだろうか。

 俺に向かってナイフを突きつけたまま、ザフラは長々まくしたてた。


「規律性A+、積極性A-、責任性A、協調性A+、勤務態度A、職務遂行能力A-……これがあんたの評価。積極性と職務遂行にマイナス付いてるのは電化進んでないからってだけだし。経歴に毛筋ほどの傷もない完璧超人でスーパーエリート、どこに出しても恥ずかしくない自慢の部下。なんか文句あんの。言っとくけど身内贔屓なんか入ってないわよ。これ国土交通省としての評価だから」


 本来なら、個人評価を本人に明かすことはない。

 それでもザフラは言い切って、息が切れたと水を飲む。

 確かに真面目にやってきた自負はあるけれど、ここまで高評価だとは知らなかった。

 しかし、それは買いかぶり過ぎだと感じた。


「……仕事だから、ちゃんとやってるだけだよ」


「はぁ?」


「俺はそんなに大した人間じゃない」


 平民出だから、家族を養うためにコツコツやってきただけで。

 よくいる貴族や軍人、大商人のご子息みたいに実家の太い方々と違って、それしかないから。

 そう告げると、彼女の毛が逆立った。


「うっさい。あたしのアルを馬鹿にしないで」


 一言そう言うと、席から立ち上がる。

 そして財布の中身を適当に机に叩きつけると、俺の襟首を鉤爪が掴んだ。


「ちょっと来い!」


 ひょいと持ち上げられ担ぎ上げられ、俺はザフラの家に投げ込まれた。

 ソファに背中を打った俺の上から、腕を組んで怒った獅子の、鋭い眼光が降りかかる。


「言いかけてた、子供の頃の夢ってやつ。教えなさいよ」


 まるで、あの時と逆だな。と思った。

 昔、ザフラが人間関係で大失敗した時。俺の狭いアパートで彼女の話を聞いたことがある。

 小さな頃から王族の末裔として、レオニダスの名士として厳しく育てられた彼女は、実家の教えが正義だと思いこんでいた。

 仕事こそ人生。みんなが本気で頑張れば、この国はもっと良くなると。

 それを周りに強要した彼女は、すぐに孤立していた。


「いや、それはちょっと……」


 平民出の俺には、話も趣味も合わない同僚たちしかいなかったから。

 たった一人で奮闘する彼女になんとなく同情して声を掛けたのが、この関係の始まりだったと思う。


「あたしはみっともないほど泣きながら話したのに、あんたは黙ってるってわけ?」


 今度は逆に、俺が素直になる番だと。

 まっすぐに見つめる瞳に、俺は。


「……分かった」


「全部受け入れてあげるわよ。……ものにもよるけど」


 自然と口が動いていた。

 

「医者になりたかった。妹が難病で、助けたくて。神童だって言われてた俺ならなれると思った」


 ソファに座り直して、ザフラが隣に腰掛ける。

 急に降り出した雨の音を聞きながら、まとまらない話をなんとか口に出す。


「大学進学を考えた時、学費が一番安い帝国大学に行くしかなくて出願したんだけど……試験日って全学部共通じゃん」


「まぁ、そうね」


「浪人なんかできるわけないから、医学部を諦めて魔法薬学部に入った」


 小学校、中学校と成績は一番で、教師からは大学に行けると太鼓判を貰った。

 でも家の手伝いで受験勉強があまり出来なかったから、医学部は流石に厳しかった。

 それを言うと、ザフラは鼻をひくつかせつつ、我慢できなかったのか口を挟んだ。


「それで現役合格とかふざけんな。と言わせて貰うわ。ムカついたし酒持ってくる」


 そういや、産まれてからずっと勉強漬けだったとか言ってたな。

 帝国大学なんて三浪合格は普通だし自慢話のようで気が引けるが、正直に話をしないのはもっと悪いのだろう。

 マタタビ酒を持ってきた彼女が、二人分のグラスに注いで。

 一口貰って、話を続けた。


「薬でも妹の病気を治す手がかりがあると思って、研究の進んでないエルフ魔法薬を専攻したんだ……でも、麻薬に無駄に詳しくなった以外の成果がなくて。ケラヴノス製薬行って研究続けようとしたんだけど、エルフ魔法薬はニッチすぎるって言われて最終面接で落とされた」


 ふんふんと聞いていた彼女が、急に指を折り始めて。

 何かを数えているのかと思ったら、眉間にシワを寄せて聞いてきた。


「あれ? あんた大卒ストレート合格よね? 同い年だし」


「そうだよ。教授に勧められて出願出してたし、仕方なく受けた」


「あたしもケラヴノス社法務部の面接受けたけどさ……あそこの最終面接って、毎年国家公務員試験の記述試験の前日でしょ? 落ちたから仕方なく公務員ってどういうこと?」


「ヤケ酒して二日酔いだったけど、なんか試験会場に着けたからな」


 確かあの時、研究室でヤケ酒していた俺をロニア教授が運んでくれたんだっけ。

 落ちたら助手にしてやるけど、高給取りになって妹に仕送りするのが先だろって叱ってくれた。いい人だったなぁ。

 今度お礼に行こうと、酔いが回り始めた頭で考えていたら、ザフラが叫び声を上げた。


「二日酔いで記述受かるとかどういうことよ!」


「お前もお前で、司法試験と国家公務員試験、ダブル主席の怪物じゃん」


 大学の同期だし、法学部にとんでもない雌獅子がいるって噂は知っていた。

 在学中に司法試験を通るやつなんか十年に一人レベルで、国家公務員試験だって大卒でそのまま受かるのは三割位。

 俺も結構凄いけど、ザフラはもっと凄いだろと言うと、彼女はため息をついた。


「合格なんて主席でも末席でも全部一緒よ。ただのふるいでしょ。スタートラインは皆同じ横一線だってあんたが、主席を鼻にかけてたあたしに説教したんじゃないの」

 

「そりゃそうだけど、俺はずっと迷って諦めて。妹だって金送ってるだけで何もしてやれてない。ただ、なんとなく仕事に人生の意味を見出そうとしてるだけのオッサンになっちまった」


 つまらなさそうに言い切った彼女は、俺がグチグチと続けるのを聞いていて。

 グラスに注ぐのもめんどくさいと、マタタビ酒をラッパ飲みした。

 飲み干した勢いで思い切り叩きつけて、瓶が粉々に砕け散る。


「クソだわあんた。アホみたいな頭持ってて、バカみたいに高い能力持ってる癖に」


 若干ガラの悪くなってきた口調で、熱くなった肉球が俺の顔を挟み。


「感謝するわ。あんたがケラヴノス製薬に落ちてくれて。あんたが医者を諦めてくれて。あんたが平民で。そうじゃなかったら多分、あたしの横に来てくれなかった」


 俺の人生を。俺が諦めたことを笑い飛ばして。


「出会ってくれてありがとう、アル」


 額をぐりぐりと押し付けて、ザラザラした舌で俺の頬を舐めて。


「何だよ……いきなり」


「年取っただけの賢い子供のあんたが、責任持ちたくなるようにしてやる」


 牙を剥いて凶悪に笑うと、思い切りシャツを引き裂いてきた。


――


 朝方になる頃にはソファはザフラの爪痕でぼろぼろになり、ベッドの上に場所を移して。

 太陽が天高く昇った頃に、彼女の柔らかな腹毛の上で目が覚めた。


「安心したわ。とんでもない性的嗜好とかじゃなくて良かった」


「どういう目で見てたんだよ」


「獣人フェチでしょ」


「それはその通りでございます……」


 ザフラはスッキリとした顔で水を飲んでいて、俺が起きるのを待っていたようだった。

 そして、起きたら言おうと思ってた。と大きな鉤爪で俺を指して。


「そんな獣人フェチの頭でっかちは、レオニダス王国あたしのじもとの文化には詳しいでしょ」


「……知識として知ってる」


 昨日俺にしたことが、さっきまで俺らがしていたことがどういうことなのか。

 もったいぶって、俺に言わせようとした。


「あの国、結婚ってどうしてた?」


「女が男を捕まえて夜を共にし、婚姻関係を結ぶ、と」


「で? その頃の人間の結婚は? 今と変わらないんでしょ?」


 恥ずかしくて自分で言えないからって、俺に言わせようとしてんだろ。

 ほんと可愛いなこいつ!


「分かったよ! 言えばいいんだろ! ってかお前も言えよ!」


「仕方ないわねぇ……お互いの歴史と文化を尊重して……」


 二人で目を合わせて、俺の顔が熱くなる。

 ザフラの顔は変わらないけど、俺に触れた肉球は火傷しそうなほど熱く。

 一緒に深呼吸して、息を合わせて。


「俺と結婚してくれ、ザフラ!」


「あたしと結婚しなさい、アルバート!」


 全く同じタイミングで同じように叫び、全力で抱きしめあった。

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