第12話:アンナの過去

「えぇ。課長の見立て通り、アルと上手くやっていますよ」


「ならいい。俺の一生の悔いだから……」


「そんなに気にしなくても、今の彼女は結構強い子ですよ。ほら、お料理冷めちゃいますって」


 え? アンナとジェフがトラブったんじゃないの?

 何か盛大に勘違いをしているような気がして、恥ずかしくなった俺は内心冷や汗をかいて、ザフラの顔を見ると。


「めっちゃ焦ってんじゃん」


「いや、あんたが本人から聞くって言ってたんじゃないのよ」


 ひくひくとひげ袋を膨らませて、彼女は本気で焦っていた。

 どうやらアンナから聞くといった俺に、彼女なりに気を使っているらしい。

 そんなやり取りを聞いたジェフは、ぽつりと語った。


「……なんだ、知らんのか。俺だって当事者だから、話す権利はあるだろ?」


 仕事以外で初めて見る、幼馴染の真剣な様子に。

 俺は唾を飲み込んで、なんとかうなずいた。


ジェフという人間について、昔からお前が抱いている印象はだいたい正しい。変人とか問題児とか、散々言われてきたし自覚もある。だから犯人扱いされるのは別に構わん。というか、俺が潰したと言って間違いない」


 ジェフは見たこともない悲しい顔をしていて、まるで懺悔するように。

 ぽつりぽつりと言葉を続けた。


「最初は、いいとこのお嬢様が弟子にしてくださいとか言って押しかけてきたんだ。コネ採用とか聞いて正直すぐ諦めると思ったし、一年間俺の付き人をさせた」


「……どうだった?」


「あいつの才能は半端じゃなかった。人懐っこくて折衝能力も高いし、訪れた地域の客がどんなことで喜ぶのか、俺が何で魅せたらいいかを見抜くのが抜群に上手くてな。催事イベントの全てを知り尽くしていると自負してた俺の鼻っ柱がバキバキ折れたぞ」


 彼は素直に彼女を褒める。

 ああ、確かに彼女は凄く気遣いのできる子だったな。

 まさかその道のプロが脱帽するほどだと思わなかったが、多分俺が鈍いだけだ。天才じゃないと、天才は理解できないもんだし。


「ともかく、一年間であいつの才能を理解した。俺は一度現場を任せて、経験を積んでみてもいいだろうと思ったんだ。あぁ、それがダメだった」


 頭を抱えたジェフの肩が震えて。

 ハンカチをそっと差し出すと、涙を拭って懺悔を続けた。


「アンナは世に出るのが早すぎたんだ。俺みたいに中学の文化祭で大失敗したり、大学の学祭で年の近い奴らと殴り合ったり、やらかして揉まれる過程が必要だったんだ」


 ジェフの出張中、ちょっとした夏祭りの責任者をアンナが務めていたと、ジェフは言った。

 初めての自分の舞台に一生懸命になっていた彼女は、演者の出演交渉やスケジュールの管理、舞台の演出、屋台村のレイアウトまで全て手掛けていたらしく。

 天才のもとで学んだ天才は、小さくも大きな一歩を踏み出す予定だったそうだが。


「イジメか」


「……若い才能ってのは、嫉妬を煽るんだよ」


 祭りの当日、アンナが見たものは絶望そのものだっただろう。

 演者はいつの間にか全てキャンセルされていて、でたらめな日付で受付された屋台村には何もなかった。

 当然主催者は激怒して、責任者だった彼女のミスだと公衆の面前で怒鳴り散らしたらしい。

 味方が留守の催事課に戻った時のアンナの気持ちは、想像に余りある。


「俺にも似たような経験はある。問題児だったから殴り返したが、あいつはお嬢様だった。完全に間違った育て方をした。俺が潰したんだ……」


 言葉をかけられなかった。

 いや、言葉をかけられるほど、俺は大人になっていなかった。

 あのジェフが他人の痛みをわかるようになるほどの年月が経っているのに。

 どこか力が抜けて、ただ彼が下げた頭を眺めていた。


「悪いなアルバート。ザフラに無理言って、お前にアンナを頼んだのは俺だ」


 ザフラが最低限の仕事しかさせていなかったのは、俺が電化プロジェクトを終えるのを待っていたからだろう。

 急に放り込んできたのは、彼女の得意分野でのリハビリを考えたからだと、やっと理解した。


「……期待に応えられてるか?」


「採点する資格は、俺にはねぇよ」


 まだ目の赤い彼は、ザフラを指すと席を立って。

 黙ってテーブルに代金を置くと、すっと去っていった。

 俺も黙って、ザフラに視線を移す。


「上司としての評価は付けてるけど、あたしとしての評価はまだよ」


 すっかり冷めたステーキを頬張るザフラ。

 俺はそれに習って冷たい肉を切ると、先に聞きたいことを聞く。


「ただの推測なんだが、アンナの格好とか口調とかって」


「休職から明けたらああなってた。ってジェフから聞いたわ」


 自分を押し通してきたジェフに習って、彼女が好きな格好ゴスロリを着たんだろう。

 以前”また”スーツを着せたと驚いていたのは、きっとアンナがトラウマを抜け出したと、勘違いさせたからかもしれない。

 彼女の強さに羨ましくなって。ジェフが喜んだ理由を知って。

 俺の口から大きくため息が漏れた。


「……それならアンナのほうが、俺より強いなぁ」


「どういう意味で言ってる?」


「言葉のまま。あいつ、俺と違って前向いて戦ってるし」


 年上だからと上から目線だったことを恥じていると、長年の相棒は眉間に思い切り皺を寄せて。

 俺を咎めるように、行儀悪くナイフを突きつけてきた。

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