Chapter43. 渋谷での遭遇

「まったくパンパン撃ちやがって」

 蠣崎は、修理を終えて戻ってきた、愛車のエルグランドのドアを盾にしながら、呑気に電子タバコを吸って、遠くに見える、平和な世界とは程遠いスクランブル交差点を眺めていた。


 見ると、そこには30人ほどの武装して、迷彩服を着た連中がいて、それぞれ統率された動きで、マシンガンやらライフルやらから発砲してくる。

 その撃った弾丸が、先程から小気味いいほどの音を立てて、車に当たっている。


 彼の真後ろには6kh3のナイフと、SIGシグ SAUERザウエルのP229拳銃を持つシャンユエが、細い目を向けながら相手を吟味するように睨んでいた。


 その後ろの後部座席のドアの後ろには、SV-98を構えたセルゲイが。


 反対側の助手席側の前部ドアの後ろには、小山田が、その後ろの後部座席の後ろにはバンダリとエスコバーが控えていた。


 一方、JKだけは何故か最後方の後部ハッチの後ろに隠れていた。彼女は飛び道具専門ではないからかもしれない。


「セルゲイ」

даダー


 その一言だけで十分だった。


 銃声が鳴ったと思ったら、あっという間に一人の迷彩服が倒れていた。


 瞬間、

「スナイパーがいるぞ!」

 向こうが慌てた様子が手に取るようにわかる。


 しかも次の瞬間、


障碍チャンアイ(邪魔だ)」 

 と言いながら、いつの間にか、シャンユエが距離を詰めて、敵の一団に飛び掛かり、ナイフを振るい、さらにそちらに意識を取られている間に、その反対側の一団に、日本刀を持ったJKが、これまたいつの間にか近づいたのか、刀を振るって暴れていた。


 さらに、それに呼応するかのように、バンダリと小山田が銃で、エスコバーが手投げ式のC4で援護射撃をする。


 敵の1個小隊、約30人に対し、カムイガーディアンズ側はわずか7人。分隊レベルのはずだが、互角以上の戦いを展開していた。


(心配いらないようだな)

 と、蠣崎は安心して様子を伺いながらも、たまに援護射撃を繰り返していたが。


―ゴォオオオ!―


 まもなく、聞いたことのない轟音と共に、スクランブル交差点に巨大な「脚」を持った、ロボットのような兵器が現れた。


 同時に、

「散れ!」

 咄嗟にだろうが、JKが叫んでいた。


 瞬間、そのロボットのような巨体からミサイルが発射され、爆音と炎が立ち昇る。


「何だ、あれは」

 と、蠣崎が見上げると、それこそが彼らの秘密兵器のようなものだと察するのだった。


 見た目は完全にロボット。ただし、二足歩行式の、よくあるアニメのようなロボットではなく、そいつは4足あり、どちらかというと、「動物」に近い。

 鋼鉄の動物のような容姿をしており、事実、操縦席のようなところには目に似た2つのセンサーがついていた。


 その動物型の多脚戦車のハッチには人が乗って操縦していた。


 さらに、その多脚戦車の後方、道玄坂方面からは、装甲車までこちらに接近してきていた。


 さすがにこれだけの兵器を前にしては、彼らは絶体絶命だろう。


 と、思った時だった。


―ドン!―


 その多脚戦車に砲撃が加わり、さらに複数の戦車と兵員が、原宿方面から出てきた。


 軽自動車に乗って指揮しているような女性の姿が見えた。

「美希か」

 蠣崎には、すぐにわかった。それがホワイトカトレアと、それを率いる美希である、と。


 だが、それよりも彼の視線を釘付けにしたのは、別の存在だった。


 明らかに統率された動きと、茶色と緑の迷彩服を着た複数の男たち、そして戦車。

 彼にとって、それは懐かしい「古巣」の存在だった。


「陸自まで来たか」

 そう。彼らは陸上自衛隊。


 日本初の「治安出動」を命じられた彼ら。


 かつて「戦えない軍隊」と揶揄され、その実力を疑問視されていた自衛隊。特に戦後、日本は外敵と一切戦っていないから、訓練だけをしており、実戦経験がない自衛隊は、圧倒的に弱い、とも言われていた。


 ところが、実は自衛隊自体は、米軍との軍事演習を度々、こなしており、中でもその射撃性能は抜群で、米軍が舌を巻いて「こいつらとは戦いたくない」と言ったというエピソードまであるという。


 しかも陸上だけでなく、この手の話は海上自衛隊、航空自衛隊にもある。


 蠣崎にとって、これは「嬉しい」出来事で、治安出動が命じられたとはいえ、自衛隊が本当に戦えて、戦力になるのかは、彼自身が疑っていた。


 一気に、泥沼の戦いと化して、渋谷スクランブル交差点はかつてないほどの混乱をきたし、白煙と爆音と炎に包まれる戦場となっていた。


 そんな中、蠣崎はエルグランドを離れ、スクランブル交差点の方に近づこうとするが、その彼の前に、陸自のジープが現れ、そして停まった。


 助手席から降りてきたのは、陸自の迷彩服を着た、40がらみの細身の男だった。


 蠣崎には、非常に見覚えのある、その男。


「松山一佐」

 そう、彼は自衛隊時代の蠣崎の先輩でもあり、同郷の男でもあった。一佐とは、「一等陸佐」のことを指す。


「やはり蠣崎か。懐かしいな」

 そう言って、笑顔を見せる彼のことを蠣崎は良く知っていた。


 名前は、松山健吾けんご。北海道足寄あしょろ町出身。彼は、元々は第7師団の第2戦車隊に属しており、10式戦車を率いる男だと記憶していた。


 蠣崎は、天崎と共に北部方面隊の第2師団第25普通科連隊に属していたから、本来は松山と知り合う立場にはない。何故なら、この第2師団第25普通科連隊は、紋別郡遠軽えんがる町に所属しているが、第7師団第2戦車隊は空知郡上富良野かみふらの町にある、上富良野駐屯地に所属しているからだ。


 ところが、ちょうど蠣崎が自衛隊にいる頃、松山が第25普通科連隊に転属となり、指揮官になったことで、蠣崎と知り合うことになったのだった。


 つまり、その時、蠣崎と天崎の上官という立場で、彼らを色々と指導していたのが、彼だった。


 年齢は42歳。

 一佐とは、旧陸軍では大佐に相当するため、佐官以上であり、指揮を任される立場、それも現場指揮官だろう。


 恐らくこの部隊の司令官だろうと想像できた。もっともそれなら何故、北部方面隊に属している彼が、この東京にいて、指揮しているか、という大きな疑問が残るが。


 しかもこの慌ただしい戦場において、彼は意外すぎることを、蠣崎に言ってのけた。


「蠣崎。この戦いが終わったら話があるから、市ヶ谷の防衛省まで来い」

「何言ってるんですか、松山さん。この非常時に」


「いいから来い。天崎のことで話がある」

 有無を言わせぬ口調で、そう告げると、彼は助手席に戻って、隣の運転席に座る若い男に合図を送り、早々に立ち去って行った。


(嫌な予感がする)

 蠣崎は、何となくだが、そんな予感がしていた。


 彼、松山健吾は、頭のいい男で、指揮官としては優秀だ。そんな彼がそんなことを言う以上、天崎とのことを問い詰められるに違いない、と見ていた。


 戦場は赤く染まり、次第に自衛隊やホワイトカトレア、そしてカムイガーディアンズ側が押していった。

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