Chapter41. 戦闘の行方
辺り一面が真っ白になったまま、不思議なことにいつまでも晴れなかった。
だが、その理由はすぐにわかった。
複数回、爆発していたのだ。
何者かが投げ込んだ一発の円筒状のカプセルから放たれた白い煙。さらに間髪を入れずに複数個投げられていた。
JKこと金城は、白い煙の中に消えた。だが、蠣崎は心配していなかった。彼女は頭がいい。真っ直ぐに首相の元に向かっていることだろう。
それよりも、この状況で心配すべきは、スナイパーでもあるセルゲイだと思った。
視界が極端に遮られるこの状況で、狙撃、特に遠距離狙撃などできるだろうか。
そう思っていたら。
「うっ!」
銃弾が鳴って、何者かが、銃弾に当たって、その場に倒れ伏していた。
見ると、見たこともない迷彩服を着た、明らかに一般観衆とは違うような格好の男が右手に持った銃を落として、倒れていた。
(さすがだ)
この狙撃は、セルゲイだろう。
恐らく、あらかじめ暗視ゴーグルでも用意していたのだろう。
さらに、南西では派手な爆発音が響き、悲鳴が聞こえる。
(エスコバーの奴。派手にやりすぎなきゃいいが)
この状況で、味方にまで被害が出たら、シャレにならない。
さらに剣戟や銃声が響き渡る。
予想通りと言うべきか。
この白煙を利用して、攻めてきたのは、TLDことザ・ロンゲスト・デイ、そして頭目でもある天崎流馬だろう。
もっとも、結局、優秀な元・警察官の小山田をもってしても、そのTLDが何故、首相を狙ったのかはわからなかったが。
ただ、この状況ではそんなことはどうでもいい。
現に、もう襲撃が行われているから、実行犯として逮捕すればいいだけだ。
当然、警察はそう思っているし、首相を守りながら、犯人の天崎を追うだろう。
その首相は、もちろん白い煙で全く見えなかったが、恐らくJKが守っているだろう。
そして、安心していた蠣崎の元に、銃弾が飛んできたのだった。
それは明らかに彼を「挑発」するかのように、左腕の義手の部分に当たっていた。腕に小さな弾痕がつくが、威力は弱く、蠣崎は弾かれて倒れるが、すぐに立ち上がった。最初から命を狙うつもりはないという合図のようにすら、蠣崎には思えた。
白煙の中から現れた男は、細身で、よく見知った男だった。
「天崎……」
「久しぶりですね、蠣崎さん」
1個年上にも関わらず、彼は敬語を使った。
というよりも、基本的に誰に対しても、敬語を使う男だった。
何というか、筋トレマニアや、ゴロツキのような男が集まるような、自衛隊にはふさわしくない、理知的な雰囲気のする男だった、と蠣崎は2年前の自衛隊時代を思い出していた。
「やはりお前のしわざか」
「はい」
悪びれずに、彼は言う。
しかも笑みを浮かべていた。この状況で、この男の立場なら、目的達成のためには、一刻も早く首相の命を狙うべきだろう。
だが、組織の首領でもあるこの男は、直接、蠣崎のところに乗り込んできて、しかも「笑み」を浮かべている。
不気味以外の何者でもない、と蠣崎は感じるのだった。
ようやく、白煙が晴れてきて、剣戟の音が聞こえてきた。
見ると、数十メートル離れた先に、JKが刀を振るっていて、そのすぐ後ろに首相と警察官がいた。
この状況では、下手に逃げ回るより、JKの後ろにいた方が安全だろう、と推測した蠣崎は安堵する。
だが、次の瞬間、天崎が発したのは、意外すぎる言葉だった。
「左腕は痛みますか?」
その瞬間、蠣崎は「幻肢痛」のようなものを、左腕に感じた。
幻肢痛。それは四肢をはじめとする体の一部が何らかの原因で欠損したにも関わらず、切断した部分がまだあるように錯覚を起こし、そこに痛みを感じることを指す。
「何故だ?」
何故、そんなことを聞く。そして、何を言いたい。何が目的だ。
そこまで言いたかった蠣崎の口は、「何故だ」だけで止まっていた。
不思議なほどに幻肢痛が酷くなっていたからだ。
ないはずの左腕の肘から先が猛烈に痛むような感覚がして、彼は顔を歪めていた。
「さあ、何故でしょう。それより、100年式典とはふざけたことをしてくれましたね。潰させてもらいますよ」
そのまま、不気味な笑顔を浮かべたまま、天崎は左手にハンドガンを持って、首相の方へ向かって行った。
「待て!」
と、発するのがせいぜいで、蠣崎はまだ幻肢痛に苦しんだまま、動けずにいた。
この状況で命を狙われたら、蠣崎は間違いなく死ぬだろう。
だが、天崎は蠣崎の命は取らなかった。
代わりにJKに対し、銃弾を発射していた。
だが、
―キン!―
銃弾が弾かれていた。
何という女だ。
セーラー服にポニーテールの、小麦色の肌をした健康そうな、一見どこにでもいる女子高生に見えるのに、飛んできた銃弾を、日本刀で弾き、叩き落としていた。
「ブラボー! すごいですね、君。ウチに来ませんか? カムイガーディアンズの3倍の報酬を出しますよ」
しかも、銃弾を弾かれたはずの天崎は、そんな金城を勧誘する有り様。
この、あり得ないほどの戦闘劇を目にして、蠣崎はまだ動けずにいる自分が恨めしいと思いつつ、JKとその背後にいる首相を見つめていた。
JKは、つまらなさそうに、
「お断りね」
と告げていたが。
「何故? 君のその実力があれば、それこそ1年で億単位の金が稼げますよ」
尚も勧誘を諦めない天崎に、JKは彼女らしいと言っていい一言で、応じていた。
「お金じゃないのよ、人生って」
いきなり哲学的な話を始めるか、と思いきや、彼女は、まだ苦しんで顔を歪めている蠣崎の方を見て、
「私は社長さんが気に入ってるし、一緒にいると楽しいんだよね」
にっこりと笑って見せた。
可愛らしいと言えば、可愛らしいが、戦場の緊張感の中で、浮かべる笑顔ではない、と蠣崎は心底思うのだった。
「そうですか。意外にモテますね、蠣崎さん」
今度は、天崎が蠣崎を横目で見やった後、再び銃を取って、発射する構えを見せた瞬間。
―キン!―
一瞬、何が起こったかわからなかった。
見ると、天崎が右手を抑えて、うずくまっていた。その右手から銃が零れ落ち、流血していた。
どうやら、JKが物凄いスピードで一気に間合いを詰めて、日本刀を振るったらしい。
(いやいや。ありえないだろ)
そう思えるほどの神速の刀さばきだった。まるでサーカスの一団か、曲芸でも見ているかのような、人間の動きを超越したJKの動きに、戦慄すら覚える蠣崎。
そんな中、天崎は。
「あなたのような優秀な護衛がいることは、計算外でした。仕方がありません。ここは一旦、退きますか」
呟いた後、左手で合図を送り、後ずさっていった。
それに合わせるように、徐々に彼の仲間と思われるTLDのメンバーたちも後退していった。
すっかり白煙が消え、青空が見える中、蠣崎は、気になっていたことを、近くにいたJKに尋ねていた。
「何だ、あのあり得ない技は?」
もちろん、あの神速の刀さばきについてだ。
彼女は、満面の笑みのまま、左腕の幻肢痛に顔をしかめている蠣崎にこう言ったのだった。
「決まってんじゃん。
蠣崎は、痛みに耐えながら思うのだった。
(彼女が味方で良かった)
と。
敵に回ったら、命がいくつあっても足りない。
真に恐ろしいのは、このあどけない少女なのかもしれない。
蠣崎は、心の底からそう思った。
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