Chapter29. 身の振り方

 蠣崎は、部下を連れて、セルゲイが入院している、都内の病院へ向かった。


 そして、そこで見たのは、ベッドに仰向けに寝ているセルゲイだった。

 傷は思った以上に深くはなく、「軽傷」だったらしいが、左腕に火傷を負い、それがまだ回復していないのと、頭にも傷を負っているようだった。


 だが、実際に対峙してみると、彼は思ったよりも元気そうに見えた。


 蠣崎は、もちろん「源田」のことを伏せており、それをあえて彼に伝えることをしようとはせず、部下にも口止めをしていた。


「良かった。大した傷じゃなさそうだな」

「はい。全治2週間くらいです」


 とはいえ、火傷の痕は残っており、しばらくは治療に専念するため入院するというセルゲイ。


 他愛のない会話、というより、元々口数が少ない彼のことなので、ほとんど会話が続かないまま、あることが問題となる。


「会社の建物がなくなって、これからどうするのですか?」

 セルゲイの問いは、もちろん彼以外も同じことを疑問に思っていたであろう質問だったが、蠣崎は静かに答えを呟いた。


「俺に当てがある。ひとまずはそこに落ち着く」

「そうですか」


 一旦は、セルゲイとは別れて、蠣崎は社員を喫茶店に導き、そこで話すことにする。これからの割り振りについて。


「ホワイトカトレアに頼む」

 それが、彼が考えていた、「緊急避難先」の選択肢だったが、小山田は難しい表情を浮かべていた。


 しかも、部下を待たせて、いざかつての恋人に電話をかけたら、

「嫌よ」

 とあっさり美希に断れていた。


「何でだよ。こういう時こそ、助け合うものだろう」

「相変わらず甘ちゃんね。助け合い? 私たちはライバルでしょ?」

 電話越しに、美希の冷たい声が響いてきた。


「そりゃ、確かに俺たちはライバル会社だろうけど」

「無駄よ、社長」

 話している最中に、隣にいたJKこと金城に遮られていた。


「何だ、金城?」

 仕方がないので、一旦、美希を待たせて声をかけると、


「美希社長は、ああ見えて意外とシビアなところがあるからね」

 と、探るような視線を中空に漂わせていた。


 仕方がないので、

「またかける」

 とだけ言って、蠣崎は電話を切ってしまう。


「で、お前には当てでもあるのか?」

 今度は、その瞳をJKに向けて、問いただすように声をかけると、相変わらず制服姿の学生そのものの彼女の口からは、年齢にそぐわないような答えが返ってきた。


「あるわよ。それも、ホワイトカトレアよりもっと安全な場所が」

「どこだ?」


 まるで「人を食った」ような、視線と態度を見せたかと思うと、今度は蠣崎を「試す」ように、楽しそうに声を上げた。

「私たちは海珠組に狙われたのよ。それは間違いない。なら、簡単でしょ? 行く先は……」

「まさか山際組か?」


「ピンポーン。これ以上ない安全な場所よ」

 驚きを通り越して、蠣崎は呆れていた。

 確かに安全だろう。何しろ、海珠組を事実上、潰した組織が山際組だ。いわば「仇敵」に当たる。


 奴らが恨みを持っているのは間違いないだろうが、それにしても「源田」というトップに「使われて」いる以上、前のように、対立組織に喧嘩を吹っ掛けることもないだろうし、いきなり連中の本部を狙うとは思えない。


 けれど、やはり蠣崎は納得がいかない、というか引っ掛かっていた。

「確かに山際組は安全だろう。けど……」

 言いかけた蠣崎の心中を察するように、代わりに声を荒げていたのは、小山田だった。


「ダメよ、金城さん。相手は仮にも『反社会団体』よ。そこに居候するなんて」

 さすがに、元・警察組織の人間。蠣崎以上に、彼女は抵抗があるのだろう。


 だが、このJKが考えていたのは、彼らの考えとも少し違っていた。

「勘違いしてるみたいだから言うけど」

 と前置きして、


「別に居候するなんて言ってないわ」

 と言葉に出すが。


「じゃあ、何だ?」

「奴らと契約して、山際組という組織を守る。その代わり、私たちは、源田及び、海珠組を叩き潰す」


「つまり、WIN-WINの関係と言いたいのか?」

「そう。これはビジネスライクの話。交渉事なら、私に任せて」

 仮にもまだ10代の女子高生の彼女に、ヤクザとの交渉を任せるなど、普通に考えたら、「あり得ない」事象だが、蠣崎はこの底知れない女のことをわかり始めてきており、同時に「使える」奴だと思い始めていた。


「よし、任せた」

 とだけ言ってしまい、


「ちょっと、社長」

「マジで、こんな小娘にやらせるんですか?」

 途端に、小山田とシャンユエから、猛烈に反対されていた。


 だが、当のJKは、嬉々として、

「ありがと、社長。じゃあ、早速行ってくるねー」

 あっさりと喫茶店を後にして、さっさと山際組の組事務所へと向かうのだった。


 仮にもかつては、海珠組の味方をして、裏切ったのがこの女なのだが、同時に「恐ろしい」実力と度胸を持つ女。


 しかも、数時間後。

 彼女は、あっさりと「契約」を果たして、戻ってきた。


 こうして、「カムイガーディアンズ」の看板は、指定広域暴力団「山際組」の組事務所に仮設として、立つことになる。


 そして、彼らが山際組の事務所に移動した翌日、セルゲイの姿が、病院から消えたという報告が入る。


 事態は、意外な方向に向かって行く。

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