Chapter9. 始まりの銃声

 警備会社の社員が語ったところによると。


 3日後の深夜。再度、現金輸送の依頼が入ったという。それも今度は、さらに大金で、前回の10倍の金額、1億円を輸送する。


 彼らにとって、親会社とも顧客とも言える、メガバンクからは、「何とか死守しろ」と厳命されているらしい。

 その上、大胆なのか、馬鹿なのかわからないが、前回襲ってきた連中から、「警告文」が届いたという。

 その文面を、印刷して持ってきた、社員の手から渡されて、読んだ蠣崎。


―その現金輸送を今すぐ中止しろ。さもなくば、今度こそ"銃声"が轟くだろう―


 一種の、「脅し文句」だった。


 もちろん、こんな脅し文句は、この治安が悪くなった日本では、珍しくない。

 近頃は、あちこちで銃や刃物を使った、殺傷事件が起きている。


「わかりました。我々が責任を持って、護衛します」

 そうは言ってみたが、一応、確認しておきたいこともあったことを思いだした。


「警察には、相談してないんですか?」

 すると、渋々ながらという感じで、壮年の男が口を開いた。


「一応、警察にも護衛を依頼してます。してますが……」

 どうも煮え切らない態度だと思ったら、


「警察は、パトカーをよこすだけだそうです。もはや、この国の警察は頼りになりません」

 かつての日本では考えらえないような回答が返ってきた。


 全体的な公務員不足は、疑いようもなく、すでに純粋な日本人だけでは、補えなくなっているのが実情だ。


 そこで、彼らのようなPMSCが必要となる。


 3日後の深夜0時。場所は、日本の政治の中心地、霞ヶ関。

 その首都高料金所の前が、待ち合わせ場所になった。


 すぐ近くには、国会議事堂があり、警察組織の中心部、警視庁もある。そんな場所で、大胆不敵にも犯行が行われるのか、それは蠣崎にも半信半疑だった。


 だが、社員たちは、生き生きとしていた。

 主に、シャンユエがだったが。


「面白くなってきましたね~」

 と、目を細めながら、彼女は呑気に述べていた。



 そして、当日。

 深夜23時に、会社に集合し、蠣崎の愛用しているエルグランドに乗り込む社員たち。それぞれが、得物で武装していた。


 事務所のある道玄坂からは、首都高を使わずに一般道でも、10~15分で行ける上に、深夜のため、道路は空いていた。


 助手席に関水を、後部座席の2列目に、セルゲイとシャンユエを乗せ、蠣崎は車を走らせた。助手席の関水には、ストーカー事件で使った「トランシーバー」を渡す。


 同時に、現金輸送車のドライバーにも一つ渡すように命じる。


 首都高、霞ヶ関料金所付近。


 そこに着くと、すでに準備を整えた、黒いバンが待っていた。蠣崎の会社に来た時に使っていた白いバンとは別の、窓がない、いかにも厳重そうな現金輸送車だ。


 同時に、警察のパトカーが1台。赤色灯を回転させた状態で、待機していた。


 見ると、現金輸送車に乗るのは、先日の2人。パトカーに乗っているのは、若い警官と、もう一人ベテランの刑事のような男だった。だが、彼らにはどうにも「やる気」が感じられなかった。


 上から命じられたから、仕方なく来た、という感がものすごくする。要は、かつての「優秀な」日本の警察はなくなっていたのだ。 


 一通り、挨拶を済ませ、関水がトランシーバーを渡したのを見届けてから、時刻になるのを、それぞれの車で待つ。


 日本人は時間に正確だ。

 日付を回った0時ちょうど。


 護衛を務める蠣崎のエルグランドを先頭に、続いて黒いバンが、最後にパトカーがそれぞれ出発した。


 目的地はもちろん、事前の打ち合わせで聞いており、羽田空港の第一ターミナルだという。何故、そこに現金を運ぶのか、は守秘義務に当たるため、教わってはいない。


 ルートとしては、霞ヶ関料金所から首都高に乗り、C1と呼ばれる都心環状線を通り、レインボーブリッジを越えて、お台場に入り、そこからは湾岸線を南下する。


 距離にして、20キロ強、時間にして20分程度の、短い走行になる。


 緊迫した面持ちの蠣崎はハンドルを握りながらも、注意深く周囲を観察。助手席の関水もまた、銃を握りながら、周囲を警戒していた。


 一方で、後部座席のシャンユエは、相変わらずこんな時でもニコニコと気味の悪い笑顔を見せ、セルゲイは眉間に皺を寄せて、SV-98を大事そうに抱きかかえていた。


 走行は、思った以上に順調だった。


 深夜0時過ぎの首都高には、業務用に走るトラックかタクシーくらいしかいないし、道路は空いていて、快適に飛ばすことが出来る。


 C1から芝浦ジャンクションを通過、レインボーブリッジを渡る。


 都会の夜景は、この時代も変わらず、辺り一面を覆っており、深夜にも関わらず、辺りは街灯に照らされて、比較的明るい。


 有明ジャンクションから、湾岸線に入った。


 後は、道幅が3車線と広い、この湾岸線を抜けて、真っ直ぐに羽田空港に向かうだけ。


 何事も起こらないのが、一番ではあるが、しかし、その日の夜だけは違った。


 異変は、向こうからやって来た。


 お台場と、対岸を結ぶ「東京港トンネル」。そこに入った彼らに悲劇が襲いかかる。約1.3キロほどの海底トンネルが舞台になった。


 蠣崎たちは、一番左の車線をゆっくりと走っていたが、斜め右の中央車線を走っていた、白色のハイエースが急に車線変更をしたのだ。


 まるで割り込むかのように、蠣崎たちの車線に入ってきており、彼は反射的にアクセルを緩めた。


 次の瞬間。


 そのハイエースのリアゲート(後部ハッチ)が走行中にも関わらず、開いた。そこに、漆黒に輝く銃身が鎮座しており、三脚で固定されていた。後部座席を取り払って、そこに設置したような形だった。銃座に座る男が一人、見えた。

 その、細長い銃身と12.7mmの口径に、蠣崎は己の予測が正しかったと思うと同時に、最悪の気分に陥る。

 間違いなく、それはブローニングM2 重機関銃だった。

 

 犯人は、まともな神経じゃない。街中で戦争でもやらかそうというのか。という率直な感想を持つのが当然だった。


(おい、マジか!)

 慌てて、ハンドルを切ろうと目論む蠣崎だが、ここでハンドルを切ると、銃弾の雨が後ろを走る現金輸送車に当たる。


 かと言って、このまま突っ込むと、間違いなく「ハチの巣」になる。一応、この車には、この仕事を始めるにあたり、用心のために「防弾装備」を持たせてはいるが、それでも直撃は避けたい。

 彼は、トランシーバーを持たせていた、助手席の関水に合図する。


「後ろの連中に横に逃げろと伝えろ!」

「はい!」


 関水がトランシーバーに声をかけた、刹那。


―ダダダダダ!―


 流れるような、間断のない射撃音が鳴り響き、エルグランドのフロントガラスに当たっていた。


 正確には、ハンドルを切ったお陰で、フロントガラス正面には銃弾が当たらず、斜め横から当たっていたが、防弾性能のお陰で、フロントガラスに傷がつくものの、破れなかった。

 それでも窓ガラス以外のフレーム部分には弾痕がついており、車体にも重い衝撃が走る。


 銃撃により、下手をすればガラスが割れるという危険に晒されながらも、蠣崎は、恐怖よりも、別の感情に支配されていた。


「クソどもが! 俺のエルグランドを!」

 そう。愛車を傷つけられた怒りだった。


 そのまま中央の車線に入り、助手席と後部座席の窓をパワーウインドで開ける。


「お前ら。撃て!」

 深夜の首都高を舞台に、日本では考えられないような、「銃撃戦」が始まろうとしていた。

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