第3話 刺殺

 固泉かたいずみの携帯から「ブー」と演劇の終わりを知らせる音が鳴る。

 ――舞台照明OFF――

 演劇を終えた樽石たるいし桃園ももぞの)と犯人(赤城あかぎ)が舞台から降りてくる。

 唯人ゆいとが二人にアンインストール用のチップを手渡し、二人はそれをメモリチップと取り換え、人格のアンインストールを行った。

「くそが! あと一歩だったのによ。何だよあの反射神経は。化け物だろ」

 元に戻った赤城がイライラをぶつけるように近くの壁をガンガンとる。

「その悔し顔、たまりませんわ。どうやら今回の勝負、私の読みが勝っていたようですわね」

 あれやこれやと赤城と桃園が言い争いを始めた。

「二人とも静かにしてください。議論はまだ終わっていません。これで樽石君の殺害方法として、撲殺は不適切であったことが分かりました。次の殺害方法の検討に移りたいと思いますが、どうします? 桃園さんの言っていた毒殺も実演して確かめますか?」

「ああ、唯人。やってくれ。こいつの悔しがる様子が目に浮かぶぜ」

「それでは、私の素晴らしい毒殺ぶりをご覧に入れて差し上げましょう」

 やる気満々の二人だったが、ここで二人の様子を見ていた固泉が話に割って入った。

「僕の殺害方法を先に検討してくれませんか。先ほどの演劇を見ていて、これなら、という方法が思い浮かびましたので」

「私は別に構いませんよ。固泉さんが積極的に発言されるのは珍しいですし、彼の考える最適な殺害方法に興味がありますわ」

 桃園は乗り気だが、彼女の殺害方法を否定したいと考えている赤城は果たして同意するだろうか、と唯人が彼を一瞥いちべつすると、

「いいぜ。固泉の殺害方法を観てみるのも面白そうだ。しょうもなかったら承知しねえがな」

 赤城も乗り気だった。

暗志木くらしきさんはどうですか」

「殺せるなら何でも。あいつは女の敵。さっさと死ねばいいの」

 唯人も特に異論はなかったので、賛成五票、反対〇票で可決。実演される運びになった。

「それでは固泉君、殺害方法を教えてください」

 殺害方法を聞く前に可決されるのは初めてかもしれないと思いながら、唯人は固泉に尋ねた。

「僕が相応しいと考えた殺害方法は、刺殺です」

 犯人役を固泉が、樽石役を今度は唯人が担うことになった。先ほどと同様にメモリチップを使ってそれぞれの人格をインストールする。インストールを終えると、五感に一枚の膜が張ったような不思議な感覚に襲われる。一歩引いたところから自分の身体が勝手に動くのを見ている感じ、と言えば分かりやすいだろうか。幽体離脱をしたらこんな感覚なのかなと唯人は思う。

 樽石の感覚をまとった唯人は、樽石の持つ高い反射神経や学習能力を有している状態だ。ただ、あくまでもコピーできているのは脳が関わる機能だけで、全身の筋肉の付き方や身長・体重などは唯人のものに過ぎない。そのため厳密に樽石の殺害をシミュレーションできているかと言えば、首を横に振るしかないだろう。

 しかしながら、唯人を含めた五人がこうして定期考査前になるたびに空き体育館にわざわざ集まって、殺人劇などというはたから見れば悪趣味な行為に及んでいるのも、日常生活で溜まった鬱憤うっぷんを晴らし、犯罪行為に手を染めないためであると知れば、周りの目も幾分か穏やかなものに変わることだろう。

 周りの環境の影響を受けやすい若者は、ストレス社会とも呼ばれる現代日本で心に様々な負の感情を溜め込み、非行に走ってしまうケースがある。体育館に集まった五人は、過去に犯罪行為に手を染めた、あるいは染めそうになった中学生たちであった。学校の裏掲示板を通じて知り合った彼らは、日頃のストレスを発散する場所として、ここ十年ほどで確立された脳拡張技術を使って、こうした演劇による殺人シミュレーションを行うことで、現実の犯罪行為から何とか逃避しようとしているのである。

 犯人役の固泉、樽石役の唯人が舞台に立つ。照明は暗志木、音響は桃園、全体の進行確認は赤城が担当することになった。

「刺殺って、俺の撲殺とほとんど変わらねえだろ。固泉の奴、何を考えてやがるんだ」

 難しい顔をする赤城に、隣でBGMのまとめサイトを見ていた桃園が、

「あらあら、分からないのね。私はおおよそ彼の考えていることは分かりましてよ」

 互いに睨みあって再三にわたる言い争いを始めた二人。いつもは唯人が仲裁に入るのだが、生憎と今は舞台上で樽石役を担っていて不在だった。照明役の暗志木は二人の喧嘩けんかなど気にも留めず、舞台上の二人の準備ができたことを舞台袖から確認すると、照明をオンにした。

「話って何だ」

 体育館裏にやって来た樽石と犯人。部活終わりに人気のない場所に呼び出された樽石は、何の用事かと不思議がってはいるものの、不審に思っている様子はない――。

「っておい。これさっきと内容同じじゃねえか!」

「あらあら、赤城さんと口論していたせいで、せみの鳴き声を流すタイミングをいっしてしまったではありませんか」

 そのまま舞台は先ほどの撲殺と同様の流れで進み、樽石が犯人に背を見せながら木の根元へと近づき、軽く屈伸や伸脚などの準備運動を始めた。

「固泉の奴、何考えてんだよ。ますます意味が分からなくなっちまった」

 当の固泉(今は犯人役)は、自身のシャツをめくり、隠して腰に差していたナイフを引き抜く。ちなみにナイフは、刺すと刃が持ち手の部分に押し込まれる所謂いわゆるジョークグッズであり、唯人が固泉に演劇前に手渡していた。

 犯人(固泉)はナイフを腰で構え、音を立てずに樽石の背後に近づく。

 先ほどの撲殺劇では、ここで犯人が模造鉄パイプを振りかぶり、樽石の頭蓋を叩き割ろうとしたが、振り返った樽石に攻撃を止められて失敗。今回の刺殺劇も同じ結末を辿たどるのではないか、と赤城が思っていると、舞台の上の犯人は何とあっけなく樽石の背中側から心臓の位置にナイフを突き刺すことに成功する。

「はあ? なんで俺の撲殺が失敗して、唯人の刺殺が成功してるんだよ。おかしいだろ。用いた凶器がナイフか鉄パイプか、それくらいの違いしかなかっただろうが」

「あらあら、やはり赤城さんの目は節穴ふしあなでしたの。本当に凶器だけが違っていたとお思いで?」

「実際そうだっただろうが。舞台設定も同じ校舎裏で、二人のセリフも一字一句同じだった。固泉がふざけてるのかと思ったくらいだ。だけどどうだ、最後にはきっちり対象にナイフが刺さってるじゃねえか」

 赤城が舞台上の唯人(樽石役)を指差しながらそう言う――と、ここで赤城と桃園は異変に気付く。

「おい、あれ、……マジで突き刺さってねえか」

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