最終話 お前が環奈を殺したんだぞ!?

「……クソッ。いい家に住んでやがる」


 菅野すがの 環奈かんなの父親は3階建ての立派な邸宅に向けてそう毒づく。用があるのはこの邸宅の家主、娘を反ワクチンセミナーに引き込んだ張本人。真剣勝負の斬り合いをする覚悟で中に入っていった。


「菅野さん、ですね? 今回はどのようなご用件で?」


 リビングで環奈の父親は問題の男と向かい合う。彼の態度には申し訳ないとか悪いことをした、という雰囲気は一切感じ取れない。


「すっとぼけるな。娘の環奈を殺しておいてどうしてそんな態度をとれるんだ!? 娘を殺したことに対して最低限の謝罪をしろ!」


 環奈の父親が殺意をも思わせる怒りをぶつけるが相手は「ひょうひょうとした態度」で受け流す。




「環奈? ああ、あの環奈さんですね。環奈さんの訃報ふほうに関してはとても残念に思います。ただ、私たちのワクチンに頼らない治療法は効果があるのは確かです。

 ですが100%の確率で防げるとまではさすがに言い切れません。ほんのごくわずかな確率ですが、防げないことはあります。環奈さんのケースはそれです」


「ふざけるな! お前が環奈を殺したようなものなんだぞ!? 何が学術論文にも載っているだ!? あんなの完璧なインチキなんだろ! 証拠だってある!」


 菅野は詐欺師にセミナーで紹介した論文がデタラメの捏造ねつぞうである事のデータが書かれた書類を叩きつけるように出す。男は書類を読み始めるが……。




「あー、これは政府の息がかかった者たちによる妨害工作ですね。よくあるんですよこういう根拠のない誹謗中傷って。本当に迷惑しているんですよ。

 私たちは政府の陰謀を暴いて世のため人のために正しい方向に導いているっていうのに……」


 悪びれる様子もなく、詐欺師は被害者の父親に対してそれが当然のことだ。と言わんばかりの態度でたしなめる。そこには自分は悪いことをしているという様子は一切ない。


「なにを言ってるんだお前! 自分にとって都合の悪いことは全部捏造ねつぞうだって言いたいのか!?」


「落ち着いてください。私だって環奈さんを助けたかったんです。ですがどうしても救えない人というのは一定数出てしまいます。

 我々の提唱する高カテキンとイベルメクチンによる予防でもそうです。それは仕方のないことなんです。どうしても救えないことに私も心を痛めているんですよ」


「人が死んでるんだぞ!? 俺の娘が死んでるんだぞ!? 人を殺しておいてなんだその言い方は!? ふざけるのもいい加減にしろ! じゃあこれは何だ!?」


 環奈の父親は探偵事務所から渡されたデータを自前のボイスレコーダーで再生する。探偵から聞かされたあのインチキだらけのセミナーが再生された。




「こうやって日夜嘘をばらまき続けて何でそこまで平然としていられるんだ!?」


「確かに私は「イベルメクチンと高カテキン緑茶でコロナを『ほぼ』防げる」と言いました。ですがあくまで「ほぼ」防げると言ったんです。

 100%確実に防げる、と言ったら詐欺になりますが「ほぼ」100%といったので完全に防ぎきることはできないのです。その点はご理解いただけるでしょうか?」


 こんなの慣れてるよ。と言いたいのかあらかじめ受け答えを用意して暗記しているかのようにすらすらと酷い言葉が男の口から出る。

 そんな彼に対し環奈の父親は「奥の手」を出す。




「……お前、ワクチン接種を受けてるんだろ? それも3回目を、だ。証拠だってあるぞ」


 そう言ってその証拠である画像が印刷された資料をテーブルにぶちまける。

 さすがにこれは想定してなかったのかペテン師の顔面から血の気がさぁっと引く。少し黙った後……。


「……いくら欲しい? 言い値で良い」


「そう言うってことは、認めるんだな?」


「そう思われてもかまわない。で、いくらでいいんだ? カネならいくらでもある」


「カネの問題じゃない! 罪を償え! 環奈を殺したのを誠意をもって謝罪しろと言ってるんだ!」




「人様が下手したてに出れればつけあがりやがって。何様のつもりだお前」


「よくもそん口がきけるな! 人が下手に出てればだと!? もういい!」


 環奈の父親は立ち上がり、帰っていった。


「おい! 待て!」


 詐欺師は環奈の父親の腕をつかんで止めようとするが……


「うるさい! 離せ!」


 彼はその手を振りほどいて帰っていった。




 電車に乗って帰る途中、彼はポケットに忍ばせていた「録音用の」ボイスレコーダーを取り出し、撮れていたか確認する。


『「……お前、ワクチン接種を受けてるんだろ? それも3回目を、だ。証拠だってあるぞ」


「……いくら欲しい? 言い値で良い」


「そう言うってことは、認めるんだな?」


「そう思われてもかまわない。で、いくらでいいんだ? カネならいくらでもある」


「カネの問題じゃない! 罪を償え! 環奈を殺したのを誠意をもって謝罪しろと言ってるんだ!」』


 バッチリだ。




 後日、菅野の訴えにより警察が動き、反ワクチンセミナー主催者をはじめとした関係者4名が逮捕された。

 調べに対し終始「政府にハメられた」と容疑を否認しているという。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る