第5話 出会いと異変

【出会いと異変】


 地表近くまで落ちると下から吹き上げる風が一機にやわらぎ、2人は手をつないだまま街中の広場にふわりと着地した。

「ここが俺たちの始まりの町か。」

 楓翼は辺りを見回す。高い建物はあまりなく、高くてせいぜい3階建てだ。つい最近まで村だったかの様な街並みだが、道端で屋台を開いて活発に客を呼び寄せていたり、道行く人の多さを見れば町と言えるだろう。

 ユニーク・ファンタジー・オンラインではここといった始まりの町が決まっておらず、特に目的地もなく落ちれば、どこの町に落ちるかは運任せである。

「おお、ここから私たちの冒険が始まるんだね……!楽しみだね!」

 私は手を後ろに回し下からのぞき込む様にして楓翼くんに笑顔を向けた。

「ああ。早速ギルドを探すか!初クエストだ!」

 楓翼くんも私に笑顔を返す。

「うん!あ、ギルドはあっちだよ!私、この町のマップ暗記してるから!多分!」

「マジか、凄いな。多分……?」

 これもホームページを何回も見た成果?まあ町なんか沢山あるから数個しか覚えてないと思うけど。今だってあっちにギルドがあるのか記憶曖昧だし。

 そうしてギルドがあるらしき方向へ向かう途中。

「おや?初心者の方々ですか?」

初心者装備で辺りを物珍しそうに眺める私たちに気づいたのか、黒を標準とした長いローブに袖を通し、ミディアムヘアに前髪を切り揃えた静かな雰囲気の少女に声をかけられた。

「はい。私たち今ダイブしてきたばかりでして。ギルドを探していたところです。」

胡桃は楽しそうに丁寧に答えると、その少女は少し頬を緩める。

「そうですか。ようこそリコンストラクションタウンへ。ですが、ギルドはこのストリートではなく反対側ですよ。」

「へ?」

「おっと?」

私は楓翼くんに疑惑の目を向けられる。すると、少女は状況を察したのか提案をする。

「もし良ければ、私が案内しましょうか……?この町には慣れているので。」

私はバッと振り返り、プライドなど捨てる。

「本当ですか⁉よろしくお願いします!」

「……。」

そうして私たちはギルドがある反対側のストリートへ向かった。

「そういえば、まだ名乗っていませんでした。私はタミナ。主に弓が武器で、結界魔法が得意です。」

3人で横並びに歩き、タミナは胸に手を当てて名乗る。楓翼と胡桃もそれに続く。

「俺はフウキだ。前衛をやろうと思っている。」

「私は……。……。こういう者です。」

胡桃はさりげなくメニューを開き、タミナの前にプレイヤーネームを表示させる。

「ヌクス・ユーグランス……?」

「ラテン語でクルミという意味です……。」

胡桃は自信なさげに俯いている。何故か急に、コミュ障モードになってしまった。

「ほう。物知りなのですね。なんと呼べばよいのでしょうか……。ヌクスさん?ユーグランスさん?」

私はバッと顔を上げて、

「あー!両方とも無理ですぅー!いざ呼ばれるとなると恥ずかしすぎる‼」

少し赤くなりながら叫ぶユーグランスさん。それを見ていた楓翼は提案する。

「じゃあ日本語訳してクルミでいいんじゃないか?」

「そうですね。分かりやすいプレイヤーネームに越したことはないです。」

タミナは胡桃たちを誘導しながらコクコクと頷いている。

私はその言葉にパッと2人の方を見て途中で言葉を切る。

「え。じゃあこのプレイヤーネームにした意味って……。」

「ないな。」

「ないですね。」

「ガーン……。」

いつの間にか息ピッタリの楓翼とタミナ。その横で落ち込む胡桃。

そんな風景に楓翼とタミナは笑顔になるのだった。

話をしている間に、降り立った広場を通り過ぎて先ほどと反対側のストリートを歩き、ギルドらしき木造建築の建物の前にやってきた。

「ここがギルドです。冒険者はもちろん、職業の登録や依頼などが受けられます。」

早速私たちは2メートル程あるギルドの木製の扉を押し開け、中に入る。

中世的なデザインに現代の利便性を追求したような室内。

奥の壁の中央にカウンターがあり、左にはコンビニによくあるお金を出し入れする箱に似た謎の端末が置かれている。右奥にはクエストごとに分かれた掲示板が並び、その前には、やはり酒場がある。

おおー。いかにも異世界って感じ!ただ、ゲームの中なのに酒場はいるのかな?いやいや、なかったら雰囲気が台無しだよねっ!

「では早速、登録をしましょう。カウンターにいる受付の人に話しかけて下さい。」

「はい!」

私たちは壁に半分埋まるようになっているカウンターへ行き、少し緊張しながら受付の人に話しかける。

「あ、あの!冒険者登録をしたいのですが!」

「はい。では、あの端末をお使いください。あちらからプロフィールの編集や金庫の管理などを行えます。個人情報は貴方以外には見えないようになっていますので、安心してご利用ください。」

「分かりました。ありがとうございます!」

なるほど。あの謎の箱、改め、あの端末で個人情報に関わる設定など色々出来ると。

「じゃあ、ふうつ……フウキくんも行こうか!」

危うく楓翼くんと言ってしまうところだった。危ない危ない。

ゲームの世界では、本名がバレてしまうと現実で色々と危ない事になる。故にプレイヤーネームという名のあだ名を使うのだ。

「……。くんは付けないでほしい。」

そうして、職業を冒険者に設定し駆け出し特典として楓翼くんは剣を、私はナイフを貰った。2つともよくありそうなシンプルなデザイン。

「初武器ゲットー!いよいよ冒険者っぽくなってきたよー!」

「いや、俺たちもう冒険者だろ。」

微笑を浮かべながら楓翼くんが言った。

「たしかに。」

私もつられて笑いながら言う。

「お2人とも登録は終わったようですね。駆け出し向けのクエストを受けてきたのですが、今から行けますか?」

私たちの反対側から歩いてきたタミナさんは、どうやら私たちが設定をしている間にクエストを探しておいてくれたらしい。

「ありがとうございます、タミナさん。今から行きましょうか!」

「タミナでいいですよ。あと、パーティーに招待しておいたので入ってください。では、いざ初クエストへ!」

「「おー!」」

楓翼くんと声を合わせて、私たちは初クエスト、薬草の採取へ向かうのだった。


リコンストラクションタウンの外壁から出てすぐにある森の中。

「メディシナルハーブとは。そのまんまの名前ですなぁ。」

私はしゃがんで今取ったばかりの薬草を見つめる。

「目立つ草でよかったな。これならすぐ終わりそうだ。」

既に1人分の量を取り切ってしまった楓翼くんは追加で薬草をむしっている。

「一番最初のクエストなのでかなり地味ですけど、このクエストを達成したら討伐クエストも受けられるので。」

ローブを翻してこちらを振り向くタミナさんは両手いっぱいに薬草を抱えている。

森に向かう途中タミナから、この町はリコンストラクションタウンと言い、巷ではリコタウンだのリコストだのと呼ばれいている事、アイテムの収納や武器の装備の仕方など色々な話を聴きいた。

私は集めた薬草を収納して現在時刻を見る。

「あっ、もうこんな時間かぁ。そろそろ寝なくちゃ。」

時計は既に9時を回っている。胡桃は名残惜しそうに溜息混じりに言った。

「そうだな。明日も学校だし、今日はここまでにしよう。」

楓翼も今日はこれで終わりにするらしい。

「では、これをギルドに届けてクエストを完了しに行きましょう。」

薬草は目標の数を少し超えた程度集まり、後はギルドに提出するだけである。

ゲーム内では昼過ぎの時間帯で、森の木々から柔らかな木漏れ日が差し込んでいる。

吹き抜ける風は匂いを運び、木の葉を揺らす。

「ねぇタミナ。この辺りにはモンスターはいないんですか?」

私はリコタウンを出てから一度も見ていないモンスターというものの存在を訊く。

「いいえ。そんな事はありませんよ……。ほら、噂をすれば。」

タミナの視線を追ってよく見ると、風に揺れている茂みに不自然な揺れ方をしている部分を見つけた。

おそらくは風に揺れる茂みに紛れて接近しようという計らいだろう。

私は腰に装備しておいたナイフに手をかけて構える。

バサッ!

風がやむと同時に出てきたのは体が透けた狼だった。足首より下はほぼ透明で見えず、体の所々が紫色で炎の様に光っている。

茂みから出てきた狼は、私たちに接近していた事がバレていたのだと気づくと、少し後退して構え、低く唸った。

「ヴヴヴ……!」

すかさず楓翼くんが切りかかろうとするが、タミナが止めた。

「物理攻撃は意味ないですよ、フウキ。奴はアンデットの中でもゴーストですから。」

「っ。確かに、そうみたいだな。」

タミナは手を開く。即座に現れたのは魔法の杖と思われる私の背ほどもあるホログラム。それは実体化して手の中に納まり、タミナは杖を狼に向ける。

「≪ピュリフィケイションフィールド≫‼」

ローブと同じく黒を標準とした杖に埋め込まれた無色の石が黄緑に光り輝く。

魔法に組み込まれたプログラムが緑色の魔法文字として現れ、複雑ながらも美しい模様と共に狼を囲む。狼の足元の草が淡く光り、神聖なオーラを放つ。

狼は何かに捕らわれたかのように身動きできなくなり、体が更に透明になって消滅した。後に残った光の塵はその下の草に降りかかった。

胡桃はその小さな変化を見逃さなかった。

ん?今、ちょっと草が成長したような気が……。

「今の魔法は……?」

初めて見る魔法に驚いたのか楓翼くんがタミナに問いかける。

「今のは私が得意とする結界魔法の中でも中位魔法で、アンデットを浄化して魔力を

得るというものです。先程は少し魔力量が多かったので、私と狼の足元の草に配布しました。一般的な浄化魔法は浄化したアンデットの魔力を空気中に拡散してしまうのですが、この魔法は魔力を回収してくれるので無駄がないのです。」

と、人差し指を立てて得意げに説明してくれる。

「凄い魔法だねー!タミナって結界魔法が大好きなんだね!」

「勿論です!結界魔法への情熱は誰にも負けませんよ‼」

そう言ってタミナは自信満々に平均的な胸を張った。

「草に隠れるのは普通だろうが、それにしても、UFOのモンスターは風で音を誤魔化しながら接近してくるほど知能が高いのか?偶然だったにしても、俺には狙っていて見抜かれた様な反応に見えたが。」

そう言って楓翼は狼がやってきた方角を眺める。

「ああ、闇属性のウルフは特別、知能が高いのですよ。紫がかった黒の体毛が特徴ですね。基本群れるのですが、死霊が取り付いて先程の様なゴーストウルフになると単独で動きます。最初に出くわすモンスターとしては少し衝撃が強かったでしょうか。」

タミナは振り返り際にそういえばという感じで答え、ローブの襟を立たせる。

「そうだな。正直驚いた。ああいうモンスターが森に大量に居るとなると、油断した隙にやられそうだな……。さて、町に帰ろうか。」

楓翼は静かに言ってもと来た道、リコタウンへと戻る。それに私たちは続く。

太陽に当たって翠色に輝いた草が足元でふわりと揺れた。


ギルドにて。

「クエスト達成、お疲れ様です。こちらが報酬の銀貨2枚と銅貨14枚です。」

受付で定量の薬草と追加で取ってきた薬草を提出し、報酬のお金を貰う。初の稼ぎだ。

ちなみにUFOの通貨は日本円で、銅貨50円、銀貨1千円、金貨1万円らしい。

「そしてこちらが、追加で取ってきていただいた薬草のポーションです。」

「ありがとうございます!」

私は貨幣とポーションを3つ受け取り、3人分に分けて楓翼とタミナに渡す。

「はい。」

「私はいいですよ、勝手について行っただけなので。どうぞお2人で貰って下さい。」

差し出した報酬を受け取ろうとしないタミナ。私は笑顔で報酬を差し出す。

「いやいや。タミナには助けてもらったしー。」

「そうだな。それだけでなく、薬草の採取も手伝わせてしまった。」

楓翼も異議なしという顔で瞼を閉じ、そしてタミナを見る。

タミナは視線を下げ、差し出された報酬の山分け分を見つめてから手を伸ばす。

しっかりと受け取ったことを確認すると、

「ありがとうございます!」

彼女は今日見た中で、一番優しく微笑んだ。


その後、私たちはログアウトして私はベットの上。

「あ~楽しかったぁ~。いきなり楓翼くんやタミナに会えて、すっごく運よかったなぁ~。」

私はヘッドホンを外してPCのモニターが乗る机に置き、ぐっっと背伸びをした。

すると、胡桃は何かに気づいたかの様に目線を上げる。

「ん?」

――またもや、胡桃の右目に淡く光る濁った水色が滲む。が、それも一瞬の事だった。

静寂に包まれた胡桃の部屋。

「雷……?」

ベッドから立ち上がりカーテンを開けて窓の外を見ると、住宅街の夜景と星空が黒に映えて美しく景色を彩っていた。

「……。気のせいか。」

胡桃は肩の力を抜き、カーテンを閉めて再びベットに横たわる。

そのままゆっくりと瞼を閉じ、眠りについた。


何の変哲もない家のとある部屋。

壁の2面に密着する様にして置かれたベットに、少女が目を閉じて横たわっていた。

ノートパソコンに接続されたヘルメットを着けて目元までを隠し、ゆっくりと呼吸を繰り返している。

FD機能に対応しているゲームはUFO以外にはまだない。

つまり、今彼女はUFOの世界にダイブしているのだ。

帰ってきて着替えていないのか、胡桃たちの通っている高校と同じ制服を着たままだ。

制服は薄汚れており、長い黒髪は傷んで艶がなくパサパサとしている。

その異様さを裏付けるかの様に、彼女の目じりからは一筋の涙が流れていた。

雲1つない星空の下。

すると突如、一線の眩しいばかりの光が天空に発生して落ちる。

――落雷したのである。

響き渡る静寂。

そう、落雷したはずなのに音がしないのだ。

電気の塊は空気中に放電しながらも、家の屋根についている電波受信用アンテナに吸い込まれる。

そして、家内の電線を通りノートパソコンの配線を焼き切りながら通過して、彼女が着けているヘルメットへと流れ込んだ。

過電圧と過電流を受けたヘルメットは、電気を纏ってビリビリと音を立てる。

彼女の脳と小さな電流で通信していた回路に一機に負荷がかかり、

――彼女の脳に高圧電流が流れ込む。それだけではなく、全身にも高圧電流が流れた。

彼女の身体はビリビリと小刻みに震え、全身の筋肉が強張る。指は引っ搔くような形をして筋肉を痙攣させながらガクガクと動く。

ある程度電気が抜けたのか、彼女の体は動きを止めた。

本来なら、脳が焼けるか心肺停止などで死に至っているであろう。本来なら。

静止した彼女に異変が起きていた。

傷んだ黒長髪は白髪へと色を変えて、まるで細かな砂で出来ているかのように髪がサラサラになる。艶やしっとり感など全くない、乾ききったサラサラの髪だ。

肌は更に白く染まり、異質な白髪からは小粒の雪の様な灰が空気中を舞っていた。

そして、彼女の口元には、


――笑みが浮かんでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る