第11話 お節介な妹とクールな秘書~唯人~


 専務室のドアが軽快にノックされ、俺の返事も待たず、すぐにドアが開かれる。


 「やっほ」


 ひょいと顔を覗かせたのは、上の妹、椿つばきだ。


 「仕事中だ」


 言外に『帰れ』と追い返そうとするが、椿は気付いていないフリで専務室に入って来た。


 「まあまあ、可愛い妹をそう無下にしないで。せっかくいいモノを持って来てあげたのに」


 「…お前が言ういいモノが俺にとっていいモノだった記憶がまったくないんだが」


 「昔は昔。今は今よ」


 随分と都合のいい記憶だな。おい!


 「はい、コレ」


 カバンから取り出したソレを椿は俺の前に差し出す。ソレは一通の封筒だった。


 「なんだ?」


 受け取った封筒を俺がひらひらとさせると、椿が楽しげに、


 「私のお店のプレオープンのイベントの招待状よ」


 「ああ、アレか」


 やっと得心がいった。椿の店はウチも出資してるからな。


 「是非、可愛い奥様を連れて来てね」


 本当の目的はそっちか。結婚しているのに一度も実家に連れて来ないから痺れを切らしたな。別に連れて帰るのが嫌な訳じゃない。ただ、アイツは自分の実家に俺が挨拶に行く事を嫌がっていた。もしかしたら、俺の実家に挨拶に連れて行かれるのも嫌なんじゃないか?と変に勘繰って、対応に困っていた。


 実際、このイベントにも連れて行っていいものか、判断に迷う。出資しているから仕事関係ではあるものの、店のオーナーは椿だ。となれば、親父だけでなく、母さんや下の妹のあおいも顔くらいは出すかもしれない。


 どうしたもんか…と頭を悩ませていると再びドアがノックされる。


 「入れ」


 「失礼します。専務、こちらの確認を…」


 ちょうど、その悩みのタネである谷岡が入って来た。デスクの前に立っていた椿と俺を交互に見ると、


 「出直した方がよろしいですか?」


 丁寧な口調だが、目の奥に冷たいモノがあるのが見える。訳すと『社内に恋人を連れ込まないで下さい!この節操なしっ!』だろうか。


 いやいやいやいや、待て待て待て待て。この誤解は絶対にといておかないと…


 「ちょうどよかった。谷岡、紹介する。妹の椿だ」


 不自然なくらい笑みを浮かべて、谷岡に椿を紹介する。


 「で、椿。美桜だ」


 まだ、ドアの陰に半分程度隠れている谷岡を椿に紹介した。


 「初めまして。あなたが美桜ちゃん?私、水島椿。よろしくね」


 「は、初めまして…」


 専務室に入って来た秘書が俺が結婚した相手だとわかると、椿はドアの陰から谷岡を引っ張り出して、握手のつもりなのか、音がしそうなくらい力一杯上下に振る。


 谷岡も椿が俺の妹と知ると、多少罰が悪そうな表情を俺に向けてきた。


 「美桜ちゃんも是非、私の店のプレオープンイベントに来てね」


 「プレオープンイベント、ですか?」


 「そう。私ね、自分のオリジナルブランドの服を作って、売ってるの。その本店がついにオープンするの」


 「今まで、間借りだったから肩身が狭かったわ~」と椿がしみじみと話す。


 嘘つけ。椿が肩身が狭い思いなんかする訳ない。むしろ思いっ切り肩で風を切って我が道を行くだろうがっ!


 「だから、お祝いのお花はいっちょ豪華にど~んとお願いね。お兄ちゃん」


 「谷岡、手配を頼む」


 「はい」


 谷岡は小脇に抱えていたタブレットを構えて椿から要望を聞き取って打ち込んでいく。


 「やっぱり、プレオープンイベントだし華やかで豪華な感じにしたいのよね。私、バラが好きだからバラをメインにして」


 花なんてどれも同じだろう?と思うが、谷岡や椿は真剣そのものだ。


 「入り口の正面に飾りたいのよ。あ、でも花輪や花束は嫌よ。花輪は私のお店には合わないし、花束は生けてる時間がないから、放置しちゃうかも」


 「では、フラワーアレンジメントはいかがでしょうフラワーデザイナーの方にお願いして、その場で花を生けて頂くようにすれば、お店の雰囲気に合わせてもらえるかと…」


 「ソレ、いいわね」


 なかなか、盛り上がっているみたいだな。俺じゃ思い付かない谷岡のアイデアに密かに感心する。


 「あ、でも搬入作業がプレオープン前日の夜遅くまでかかりそうなのよね。搬入作業中にお花を生けてもらうのは、ちょっと邪魔になるかも…」


 「それなら、プレオープン当日の朝イチにお花を生けてもらうのはどうですか?」


 「オープンは正午からだから、そこしか時間が取れないわ」


 「では、そのように手配しますね」


 会話の内容が仕事絡みとは言え、谷岡は案外普通に椿と話しをしている。自分の家族に俺を会わせるのは嫌みたいだったが、自分が俺の家族に会う事に抵抗はないみたいだった。


 谷岡は『家族』と言うモノを避けているように感じる。その一方で羨ましい、いや、憧れているように感じる時もある。そう言えば俺の秘書になってそこそこ経つがコイツが自分の家族の事を話題にしたのは、うっかり漏らした『父親が風呂上がりに~』と同居してすぐに強く要求した『家族を名乗る人間が訪ねて来ても部屋にあげないで』だったな。あまり家族の事を話題にしたくなさそうな感じだった。もしかして、谷岡は自分の家族と上手くいってないのか?


 そんな疑惑が浮かんできたが、家族間の出来事はかなりデリケートな問題だ。気軽に聞く事はできない。

 

 たとえ聞く事ができたとしも、その問題について俺が口を出すのも如何なものか…

 

 考えても埒のあかない事なので、それについてはひとまず先送りする事に俺が密かに決めると、谷岡と椿もとりあえず、話しがまとまったみたいだ。すると谷岡は俺に「こちらの確認をお願いします」と持っていた書類を渡してきた。


 「私はフラワーアレンジメントの手配をして参りますので、失礼します」


 軽く頭を下げて退室する谷岡に椿は笑顔で手を振る。ドアが完全に閉まるのを待ってから、椿は笑顔をポイっとかなぐり捨てて、俺に向き直る。


 「…お兄ちゃん、美桜ちゃんと本当に結婚してるの?」


 「…してる」


 「にしては、夫婦っぽくない。お父さんとお母さんならもっとこう子供達の前でも口から砂糖を吐きたくなるくらい甘いのに」


 「…アレを基準にされてもな。それに仕事中だし…」


 苦笑して誤魔化すが、なかなか鋭い。変なところで勘がいいんだよな。


 「仕事中だからとかじゃなくて、美桜ちゃん、ここに入って来た時に一瞬だけ、私の事お兄ちゃんの愛人って誤解したでしょう。なのに怒る訳でもなく、追い出そうとする訳でもなく、まったく普通だったじゃない。な~んか根本的にお兄ちゃんに興味がない感じだし」


 それはある意味正解だ。なにせアイツは厚みのない俺にしか興味がないみたいだからな。


 「素っ気なく見えるだけで、アイツはあれで意外性のある面白い奴なんだよ」


 「…お兄ちゃんは気に入ってるのね」


 俺に対する谷岡の態度に納得してはいないものの、俺がそれをよしとしていると知ると、一応それ以上詮索しないでくれる。


 だが、椿から母さんや葵に話しがいくであろう事を考えたら、気が滅入るな。


 まったく、妹って奴はありがたくて、厄介な存在だ。

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