第二章 無能からの目覚め

16 楽しまなくてどうすんだ

 ここは、白い光で包まれた、温かくて、柔らかくて、神聖な場所。いつまでもここにいたかった。だけど目覚めのための声が聞こえる。


『行使せよ。さぁ、始まりのときだ』


 また、あの声だ。何を行使するって? 目の前には白い翼を持つ麗しい女神がいる。髪は薄っすらと青みがかった白色で、扇情的な白い衣装の隙間からは美しい体のラインが見える。でも、彼女は泣いていた。鎖が彼女の翼を拘束していた。


「解放させなきゃ」


 俺はその鎖を解こうとするが、むしろ彼女の体を痛めてしまう。どうしたらいい? 声よ。お前ならわかるのか?


『行使せよ。そして、解放せよ』


 分からない。分からないよ。

 景色が、世界が、音が遠退く。待って。まだ、救えていない! まだなんだ!






 はっとして、俺は目覚めた。涙が、頬を伝うのを感じた。なんで? なんで泣いているんだろう。


 そういえば、二度寝したんだった。なんか重いな。体の上に何かが乗っている。リルが俺の上で寝ていたのだ。俺はリルをそっと起こさないようにして慎重にベッドから出ると、昨日のことを思い出した。


 そうだ。昨日空間転移でこの家に戻ってきたんだ。だけど、俺は転移後直ぐに魔力枯渇で倒れて……。それで今か。


 気持ちに整理のついた俺はリビングに降りることにした。階段を降りると、母と父がリビングのテーブルに座り待っていた。


「ハンス、起きたのね」

「無事そうでなによりだ」


 お母さんとお父さんが俺を見るなりそう呟いた。俺は一歩歩みだして、伝える。


「父さん、母さん……心配かけてごめんなさい」


 二人は首を振った。そして、席を立つとこっちにやってきて、そのまま俺を抱きしめた。二人の体温がとても優しく感じた。


「謝ることなんてないわ。よく頑張ったわね」

「お前はよくやったよ。だから、もういいんだぞ」


 二人の優しさに涙が出そうになる。まだ事情を説明していないのに、肯定してくれる二人はやっぱり俺の本当の両親だ。本当にありがとう。


「あのさ、実は……」


 俺は両親に全てを話した。旅に出たこと。ライオットに会ったこと。リルに会ったこと。記憶を書き換えられたこと。そして、そのまま偽りの時を過ごし、魔族の襲撃にあったこと。


「辛かったでしょう?」


 母の言葉に首を振った。辛いとは思わない。むしろ、感謝しているくらいだ。今、よりいっそう両親の愛を感じられて幸せだった。


 父と母は俺の話を聞いても動揺しない。受け入れてくれると確信していたけど、改めて二人からの愛を実感する。


 それから朝食を食べると、父と母に連れられ、家の外に出ることになった。村長のもとへ報告に行くそうだ。リルが王女だということもある。それに、村長は俺のことをとても心配していたらしいから、いち早く無事を伝えたいのだという。


 リルは夜通し俺の看病で起きていたらしく、寝かせてあげることにした。『俺は無事だ。ちょっと用事があって出かけてくる。夕方には戻る。ハンス』と、置き手紙を書いてから俺らは家を出る。


 村長宅に着くと、セシア村長に父さんが代表して事情を説明してくれた。


「リル王女が……。そうですね。旅先で何があったかは尋ねませんが、とにかくハンスくんがご無事で何よりです」


 セシア村長が机を挟んで対面に座る俺に向かって告げる。俺は会釈を一つすると、「ありがとうございます」と感謝を伝えた。セシア村長は一つ頷くと、今度はお父さんの方に目線を移した。


「後でハンスくんと二人で話させてもらえませんか?」

「ええ、構いませんよ。いいよな? ハンス」


 俺はお父さんに向けて頷いた。それから両親は色々話していたが、俺は部屋の入口でこちらをチラチラと覗く少女が気になっていた。セシルだったか。確か、勇者の職業を獲得したはず。俺が手を振ると、顔を引っ込めてしまった。


「じゃあ、ハンスくん。二人で話そうか」

「はい」


 村長がそう言うと、お父さんとお母さんが席を外した。二人きりになると村長が話し始める。


「聞いたかい? アルフォンス王子が行脚中に賊に襲撃されたって話は」


 きっと昨日の魔族襲撃の話だろう。それが隠蔽されたんだ。俺は頷いて応える。


「隣国のアルフォンス王子が無事だったのが幸いだ。胸に致命傷を負ったという目撃情報があったのだが、傷一つなかったという。もし彼が死んでいたら外交問題だよ」


 きっとライオットが傷を治癒でもしたのだろう。


「まぁ、前置きはこのくらいにするとして。話したいことは二つある。一つ目はリル王女のことだが、秘密裏に捜索がされている。朝方この村にも通達があってね。見つけたら報告しろと」

「それなら!」

「心配するな。私はリル王女の味方だ。何故かは知らないが、国はリル王女を王女である以上にとても大切に思っているようだ」

「そうなんですね。でも、町に閉じ込めていたのは何故なんでしょうか?」

「それは、私もわからない……。きっと訳があったのだろう。で、二つ目なのだが、セシル。入ってきなさい」


 村長は部屋の入口に向けて語る。するとセシルが顔を覗かせた。そして、ゆっくりとこちらへとやって来て、村長の隣の椅子に座った。


「二つ目は私の娘、セシルのことだ」

「確か勇者になった」

「あぁ、そうなんだ」

「それで、セシルがどうしたんですか?」

「こればかりは本人と話したほうが良い。セシル」


 村長は娘の名前を呼んだ。すると、セシルが話し始める。


「私、勇者になった。でも、友達、いない」

「うん」


 セシルは悲しそうに言った。もともとコミュニケーションが上手くないのだろうか。それで友達もできなかったのかな。セシルは続ける。


「それでね……。うぅー。あの、ね。そのぉ、私と、友達になってくれませんか?」

「よく言ったぞ、セシル」


 頑張ったセシルの頭を村長が撫でる。その時だけはお父さんなんだと思った。村長が話し始める。


「要するにだ。君にセシルのパーティーメンバーに入ってほしいんだ」


 え、パーティーメンバー? 急に話が飛躍してないだろうか。俺は驚いたが、特に反応を示すことなく続きを黙って聞くことにした。


「パーティーは二人から組める。勇者になったセシルは特別に冒険者登録を終えているし、もしセシルのパーティーに入ってくれるなら、君も特別に10才を待たずに冒険者登録できる。どうかな? 早く冒険したいと言っていた君なら好条件のはずだが……」


 俺は頷いた。確かに冒険できるのは嬉しい。それに、Sランクの勇者と自分を比べてみるのも一興だし、ステータス構成を考えるのに役に立ちそうだ。ただ、一つ懸念があるとすれば……。


「俺、【木こり】らしいですよ。いいんですか?」

「いいんだ。それに、君にはそれ以上に何かがある気がするのだよ」

「そう考える理由は?」

「長年の勘さ。とにかく、セシルをお願いできないかな」

「そうですね……」


 俺は考える。今はリルを抱えているし、冒険に出るのは難しいよな。それに、勇者パーティーとして活動するなら名前や顔が知れることになる。ライオットに見つかるかもしれない。やっぱりやめるか……。


 いや……。いや、いやいや。何考えてんだ俺は! 理性的なんて俺らしくない。楽しい方を、興奮する方を、好奇心の赴くままに。じゃないと後で、後悔するかもしれない。少なくともそうやって生きてきたんだ。俺は決めた。


「分かりました。パーティー組みますよ。それにセシル。君はもう俺の友達だよ」

「ありがとう……」


 セシルはそう言ってこくっと頷くと、また黙って俯いてしまった。


「よし。では、話はこれくらいだ。付き合ってくれてありがとう。この後昼餉を一緒に食べようかと思って用意しているんだ」


 それから昼飯を村長宅で食べて、俺は一旦両親と一緒に家に戻ることになった。一週間後に冒険者登録を担当する冒険者ギルドの人が村長宅にやってくるという。その際に俺の冒険者登録とパーティー結成をやるそうだ。


 俺は夕方の山道を両親と歩きながら考える。正直リルのことがまだ懸念だし、家に帰ったらリルになんて言われるかわからない。だけど、まぁなんとかなるか。


「楽しみだなぁ」

「何が楽しみなの?」


 俺が呟くとお母さんが訊いてきた。


「これからの人生だよ」

「そう。それはよかった」


 辺りはだんだんと暗くなるけど、その分いっそう強く夜空の星が輝き始める。俺は空を見ながら歩いて、リルが待っている家へ帰るのだった。

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