14 僕、いや俺は……

 朝目覚めると、音楽が外から聞こえた。窓から外を見ると鼓笛隊が行進している。それらの音が町の朝を彩っていた。その頃にはもうあの声も聞こえなくなっていた。


「……ん?」


 寝ぼけ眼を擦る。馬車や馬に乗った人々がぞろぞろと町中へと入っていくところだった。


「ああ、今日は隣国の王子が来る日か」


 そういえばそんな事をお母さんが言っていた気がする。だからお父さんも休みだって。


「よし!」


 僕はベッドから飛び起きて、身支度を整える。そしていつものように家を出た。


 外に出てみると、そこにはすでに王子をひと目見ようと行列ができていた。先頭の方では、いかにも偉そうなおじさんたちが何かを話し合っている。その周りを囲むように民衆が集まり、何事かを熱心に語り合っていた。


「これは凄いね。みんな気合入ってるなぁ」


 なんだか楽しくなってきた。僕は少し離れた所に立ってその様子を眺めていることにした。


 しばらくすると、南門の方から立派な白馬にまたがった少年が現れた。あれが噂の王子なのだろう。ハーフリングだからか、背は僕と同じくらいだった。


 遠目に見ても分かるくらい整った顔立ちをしてて、輝くような金髪も相まってまるで絵本に出てくる王子みたいだと思った。


 王子はそのままゆっくりと町を白馬で行く。すると、王子は僕の家の前で止まった。


「リル・ラ・サンタリアはここにいるか? 私は隣国シルヴァーナの王子、アルフォンス・フォン・シルヴァーナだ!」


 王子の言葉に疑問を抱く。リル・ラ・サンタリア?

なんだよそれ。サンタリアってこの国の名前じゃないか。それに僕の妹の名前はルリ・フォゼットだ。


「いない? この家のはずだが……」


 リルのことなのだろうか。リルは選ばれる気がすると言っていたけど……。


「王子様! こちらを見てくださいまし!」 

 

 その時、一人の乙女が王子の前に現れた。


「お前はリルか?」

「はい。そうですとも」


 頷いた乙女は僕の姉のリルではなかった。


「ほう。ずいぶんと美しい。だがしかし、私の妃になるには足りないものがあるようだ」

「えっ!?」

「お前は私の運命の人ではない。どこかへ行け!」

「そ、そんな……!」


 王子の言葉を聞いた乙女は泣き崩れてしまった。恐らく、この日に選ばれるために努力してきたのだろう。王子の言葉に、周りの民衆からは怒りの声が上がる。


「おい、あの女の子泣いてるじゃねえかよ!」

「そうだ! こんな可愛い女の子を傷つけやがって!」


 民衆の声を無視して、王子は僕の家の門を叩く。


「いるんだろう? リル王女。応答してくれよ」


 リルは僕の家にまだいるはずだ。だけど、あのリルがこの状況で出ていくとは思わなかった。すると、群衆をかき分けて、お父さんが現れた。


「私はリルの父ですが……」

「あぁ、君が。娘さんを連れてきてくれないか?」

「分かりました」


 父は家に入って、少ししてからリルを連れてきた。だけど、僕にわかる。あれはリルじゃない。リルによく似た何者かだった。


「君がリル王女だね!」


 王子がリルに向かって歩みだしたその時だった。


 グサッ……。


 王子とリルの胸を何か、死のような黒と毒に塗れたような紫色をした鋭利な何かが貫いた。その先には一体の化け物がいた。あれは、本で見たことがある。魔族だ。


 王子はそのまま倒れ伏し、リルの姿をした何かは砂のように消えた。辺りは騒然とする。その中、お父さんが言った。


「やっと現れたか。お前は6thだな?」

「あぁ、そうだ。6th、天魔波旬。第六天ノ魔王は私のことだ」


 お父さんの纏うオーラが変わった。魔族とお父さんは見つめ合う。お父さんがまるでお父さんじゃないみたいだった。


「ほう。一人で来たのか? 舐められたものだ……」

「まさか。他にもいる」


 6thと呼ばれた魔族がそう応えると、さらに三体の化け物が現れた。


「どうやらこの王子と王女は偽物らしい。ここで本当の巫女と神子、そして欠片のお前を滅する!」


 ライオットは杖を取り出した。対して四体の魔族は同時に襲いかかる。


「生まれよ! 『シャドウ』!!」


 ライオットが叫ぶと同時に、彼の影から黒い人形が現れた。その数は4体。


「さぁ、行け!」


 4体の影たちは一斉に駆け出した。


「我は汝に命ずる。我が名のもとに顕現せよ、大地よりいでし土人形、ゴーレム」


 家の前と僕の前に現れたのは、土で出来た3メートル程の巨体だった。2体のゴーレムはそれぞれ僕と家を守る体勢になる。


 召喚された影の間をすり抜けて一匹の魔族が飛びかかってきた。


「ふんっ!」


 ゴーレムの一体がその大きな拳を振り下ろす。だが、その一撃を避け、魔族は襲い掛かってくる。ゴーレムは再度拳を振り下ろしたがそれも避け、魔族は今度は爪を立てて攻撃してきた。


 ガキンッ!!


 ゴーレムはその攻撃をものともしなかったが、魔族はそうはいかなかったようだ。魔族の体は吹き飛ばされてしまった。そこに追撃するようにお父さんが魔法を行使した。魔族はそれも被弾して、膝を地につく。


「やるな。流石、大賢者」

「舐めてもらっては困るな」

「だが構わない。こちらにも手はある」


 っな! 僕の視界が急に真っ暗になった。


「こいつが殺されてもいいか?」

「お前……」


 どうやら、僕は化け物に目を塞がれているらしい。首がヒリヒリする。恐らく魔族の爪が当たっているのだろう。怖い。とても怖いはずだけど、それさえよくわからない。僕はかなり混乱していた。手足が震える。背筋が凍りつく。


「まあ、殺すけど」


 魔族の声がする。一つ、何かが崩れ落ちたのを感じた。なんだろう。記憶かな。あ、僕死ぬのか。なんか、作られたような人生だったな。面白みのない、不幸でもなければ、一段と幸せってわけでもなくて。僕の人生はこんなもんだったのか。


『お前は誰だ?』


 声がした。

 僕? ハンス・フォゼットだけど。


『お前は誰だ?』


 ハンス・フォゼットだよ。ハンス・フォゼット。あれ、でも……。なんか、違う?


『思い出せ! 本当の名前を』


 ユーイチ? 誰の名前だよ。あれ、よくわからない。でも、そうだ。僕、いや俺だ! 俺にはあいつがいる。あいつがいるじゃないか!


「来い、ルナ!」


 衝撃とともに俺の視界が回復する。その時にあいつの、ルナの鳴き声が聞こえた。


「約束した。この町から出るって。だから!」


 ルナが俺を拘束していた魔族を吹き飛ばしたらしい。俺はルナのもとへ向かってその黒い毛並みの背中を優しく撫でてやる。


「一緒に戦おう。そして、リルをこの町から救い出すんだ」


 俺はステータスを見る。ハンス・フォゼットっていう名前だけど、俺は知っている。これは俺の本当の名前ではない。


『選べ』


 声がした。


『ツリーポイント10pで【全鑑定】を解放しますか?』


 もちろん、答えは「はい」だった。


【名 前】ハンス・ハイルナー

【種 族】ヒト

【性 別】オス

【年 齢】7歳

【職 業】ツリーマスター

【レベル】37

【体 力】180/189

【魔 力】222/222

【攻撃力】63

【防御力】63

【知 力】63

【精神力】63

【俊敏性】63

【幸 運】63

《スキル》

【サーチ】【見切りⅠ】

《魔法》

【鑑定Ⅰ〜Ⅶ・全】【隠蔽Ⅰ・Ⅱ】【ライトニング・スフィア】

《その他》

 ツリーポイント31p

【生命の樹】

【技能の樹】

【知恵の樹】

 使役

【送還】【召喚】【強化】【進化】

 ルナ(ラ・バイゼル)


 俺の名前はハンス・ハイルナーだ。俺はゆっくりと立ち上がる魔族を見据えながら、窮地を脱するためにステータスを確認した。

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