第37話 最後の戦い

 妖精が指さす。


(〝支配〟と〝記憶〟。あなたたちさえ倒せば、もうボクを止められる者は、いない)

「あら、他に〝支配〟に適合する冒険者はいないのかしら」

「メルフィスの杖から制御権を奪えるほどに練度のあるやつはね」

「まあ。それならなおさら、負けられませんわね」


 二人がフロンティアに入って七日目の夕暮れ。


「じゃあ、やるぞモルガナ!」


 最後の戦いの火蓋が切って下ろされた。エックスとモルガナが銃口を構えてエーテル石を働かせる。


 エックスの射撃をレーノが防ぐ。逆にモルガナの射撃はメルフィスに防がれる。メルフィスが鷹を飛ばしてくるのをレーノの創った鷹で相殺し、それぞれはバラバラに砕け散る。


 モルガナが距離を詰めて二人を横から切り払わんとする。エックスはメルフィスの腕を握って、両者の重量を極限まで軽くした。二人は剣をひらりとかわす。反撃にメルフィスの創った波がモルガナに振りかかってくるが、それはレーノの銃弾を飲み込んで爆ぜ散った。


 モルガナは素早くレーノの傍に戻る。


「手札が一緒ですわね~」

「ねえモルガナ、その左腕の残弾はどうなってるの?」

「小銃の弾丸で代用できたのでそうしていますけれど、本来は専用の火薬箱に繋げて使うものみたいですわね」

「つまりそれに見合った弾薬さえあれば、本来のエックスみたいな戦い方ができる?」

「……はあ。やれと言うのでしょう?」

「期待してるよ」


 モルガナは三連の銃口を構える。レーノが薬室に直接弾丸を生成する。


「花火を創るのは初めてだけど、綺麗にできるかなあ」

「ふっ。虹色に光らせるのは得意でしょう?」


 エックスとメルフィスも鏡写しの様に同じ戦法を取る。


「レーノ、行きますわよ!」


 両者間、サーウィアの中心に花火が咲いた。エックスたちが空中に逃げるのを、モルガナたちが追う。連鎖する花火に、街の住人とモンスターたちは目を上げる。彼らは命のやり取りをしていたその最中、しかし一瞬だけ、その手を止めた。花火を見上げて、美しいと感じたのだった。


 建物の屋上を跳ねながら射撃戦が行われる。火花の陰に隠れながら弾幕を張る。レーノとメルフィスは弾薬を創造し続けながらも、お互いの飛び道具を飛ばす。


 四人は同じ建物の屋上に降り立った。途端、エックスとメルフィスの足元が沈んで固定される。


「悪いね、今の俺は石を二つ持ってるからさ! これくらいなら簡単に創れんだ!」


その建物は、戦いの中でレーノがゼロから創ったものだった。レーノの右手には以前から持っていた一つと、ゲヘナが追加で届けたもう一つの石がある。


 モルガナがレーノから離れて前に出た。剣を前に盾の様にして構える。エックスが迎撃するも弾は弾かれる。ネクスィに射撃したときと同様に。


「この剣は貫通できませんのよね!」


 エックスは〝重さ〟のエーテルでモルガナを止めようとしたが、モルガナも〝重さ〟を光らせて相殺する。


 足元に潜り込み、二人の両腕を切り飛ばした。メルフィスの杖が宙に浮かぶ。


 モルガナはそれを掴もうとしたが、突然に現れた渦巻く妖精がモルガナを押し倒して代わりに左手で杖を手に取った。しかしその距離はモルガナの射程。


 モルガナが剣を妖精に振ろうとした――のだが。腕が、動かない。身体を起こせない。


「え……」


 モルガナは休みなく石を連結させ続けた。身体はもう限界。痛みを無視したって動かせはしない。


 妖精は右手でモルガナの顔を掴み、一瞬で洗脳を完了する。倒れようとする彼女の背中を支え、左腕を下から支えて持ち上げると、こちらに銃口を向けたレーノへと向ける。


(お見舞いだ。クリシチタすら、恐怖した。拷問の数々を!)


 石に残っていた〝記憶〟のエーテルを全てつぎ込む。メルフィスが受けた拷問の記憶、その全てを一瞬にして体感させる。レーノの中で、三か月の時間が過ぎる。


「そっか……メルフィスが受けた拷問はこんな感じだったんだ」


 妖精は驚いてエーテル石を見る。何か不備があって使えなかったのかと。しかし石はしっかりと透明になっている。


(な、なんで立って、いられるんだ!?)


「悪いけどそれ、俺にだけは効かないんだ。なんてったって平気だからさ」


 レーノが引き金を引く。その弾丸は妖精に当たることなく通り過ぎていく。外したのかと妖精が気を抜いた一瞬、それは妖精の背後に飛んでいた鷹の背中を跳弾して、妖精の左手首に着弾した。続けて小さく爆発する。怯む妖精から鷹が杖を奪い取ってきてレーノに手渡す。


(くっ……!)


 妖精はモルガナを無理やり正面に立たせて盾にする。それだけでなく、新たな人間を召喚して全方位に肉壁を立てた。


 レーノは杖を見つめる。


「——そうか、それが君の名前か」


 杖を前方に差す。目を閉じ集中して、〝支配〟のエーテルで命令を下す。


「異界を闢いて現れろ」


 目を開くと同時に杖を右に振り切る。


「やれ——クリシチタ!!」


 背後に現れたクリシチタが、右腕に持った無数の武器を振り下ろした。その斬撃は、過程と距離を無視して対象に当たる。避けようがなく、防ぎようがない。必殺にして必中の攻撃。


 妖精の身体が切り刻まれた。





 妖精の洗脳していた街中の冒険者たちが一斉に気を失う。モンスターたちの支配権もレーノに移った。


 街は凄まじい速度で静まっていく。しん、と。そして、勝利の声が上がる。勝鬨を上げたのはクレース。他の者たちも続いて腕を上げて叫んだ。





 レーノは倒れた妖精を見下ろした。その顔はふてくされているように見えた。


(く、そ。あと少し、だったのに)

「お前も結構頑張ったみたいだけど、残念だったね。最後になんかある?」

(僕は、無いけど。ある程は、満足してるし。でもそういえば……最後に言葉を、預かってる。クルルーイから)


 レーノの額に力が入る。


(ボクが、あなたに負けたら、伝える約束だった。まさか、ここまで見越していた、とはね)

「それは……それは流石に。いやクルルならありうるか……?」

(そのまま、伝えよう)





 レーノ、メルもそうだが、君にもしんどい役割を押し付けて申し訳ない。決して贔屓したわけじゃあなかったが、君たち二人が残ったな。だけど、レーノでなければ、きっとその状況は解決しなかったはずだ。


 僕は、先代会長の密偵としてたくさんの人を殺してきた。だからもし殺されたとしても、運命の報いだろう。むしろ僕を殺すのが、僕の人生で救ったただ二つだけの命ならば、それは本望だ。こんなに喜ばしい断罪は無い。決して恨んだりなんてしないさ。


 他の〝がらんどう〟のみんなには、付き合わせて申し訳なかったな……。けれどあの場でエックスは初めに、投降の選択肢を僕たちに与えたんだ。その上で、みんなは一緒に戦ってくれた。全くみんな、無鉄砲なやつらだったよ。


 そして最後に……レーノ、メルフィス……頼む。生きてくれ。僕の分まで。長く、永く。君たちは、僕の大事な家族だから。ありがとう。僕の家族になってくれて。

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