第36話 生きる理由を与えるために
街は阿鼻叫喚の地獄絵図。モンスターが跋扈して住人を襲う。たちが悪いことに、彼らはただ殺そうとはしない。腕をちぎり、足をもぎ、内臓を抜き、なるべく苦しめるように振る舞う。死体運びと宵の明星のメンバーが駆けずり回ってモンスターと戦っているが、数が違う。救いの手は、全く足りていなかった。
この広場でも殺戮が行われようとしている。一人の青年が宙を泳ぐ魚の群れに囲まれている。青年は銃を打ち込むが、魚の水のような体にはあまり効いていない。身体の端から食いちぎられていく。
「が、ああああ!」
無茶苦茶に腕を振り回すも効果はない。
「だ、誰か……!」
その時、青年の頭上に火炎が放射された。魚の群れの一部が蒸発する。群れは一度散り散りになったが、少ししたら再び集まってきた。彼らは次の標的を、火炎を放った少女に決める。
「こ、こども!? おい、に、逃げるんだ!」
杖を前に構えた少女。いや、幼女。齢は五才に満たない。
「逃げて! これには私の炎が効くから!」
魚の群れが宙を泳いで少女へ向かう。少女は〝精神〟のエーテルで自身を鼓舞する。
「大丈夫、大丈夫……!」
杖を向け、炎を放つ。それは見事に群れの中心を貫き、魚は全て蒸発した。
「や、やった!」
喜びも束の間、少女の周囲が陰る。少女が振り返ったときには既に、トロールの拳が振り下ろされていた。
モッカは襲い掛かってくる冒険者たちを直接殺そうとはしない。〝磁力〟で剣を奪い、攻撃もできるだけ四肢を狙う。
「洗脳された冒険者は絶対に殺すな! 命を奪わず無力化しろ!」
辺りに残った冒険者たちは満身創痍。もはや数も両手で数えられる程。彼らはギルド管理協会本部の前まで押し込まれていた。
「モッカさん、そうは言っても無理があります!」
「このままだと削り殺されちゃいますよ!?」
渦巻く妖精の操る冒険者の数は増え続けていた。戦いの中で、妖精は余裕のなくなった冒険者たちを洗脳して回っていた。当の妖精は現在、自身の操る冒険者たちの後方でニヤニヤとして余裕綽々。
妖精の視界が陰る。見上げると、モルガナが剣を構えて振りかからんとしている。
しかしエックスの対空射撃によって、剣を振り下ろすのは叶わない。ブースターで回避して裏に着地して射撃するも、それはメルフィスの創る防護壁で通らない。妖精の傍には、この二人が常に控えている。
モルガナの死角からイノシシ型のモンスターが迫る。モルガナの防御は間に合っていなかったが、代わりに一人の冒険者が蹴散らした。彼女はすぐにモルガナの背に着く。老齢で長身の女性。長い白髪を頭の上でまとめている。
「あ、あなたは?」
「私は〝跳ねる死体運び〟のリーダー、シャクヤと言うわ! 初めまして、お嬢さん」
二人はお互いの背中をカバーしながら襲い来るモンスターに対処する。シャクヤは左右に一本ずつライフルを構える。
「か、片手でライフルを!? お元気ですわね……!」
このライフルは撃ち終わる度に〝時間〟が巻き戻り弾丸が回復する。リロードの手間がいらない無限の弾薬。
シャクヤは反動に身体を揺らしながら、しかし「ハッハア!」と楽しげに撃ちまくる。最中、ちらりとモルガナに目をやる。
「ちょっとあなた! 妖精があの大物を出せないのは、あなたの左腕のエーテルを警戒しているかららしいわね。それなのにこんなに前に出たらダメじゃないの!」
「そ、そんなことを言ったって、戦わない訳にはいきません! それに実際、早く誰かが妖精を切り殺さなくては!」
「そのためには妖精が盾にする冒険者たちを殺さなければならないわねえ」
「じゃあどうしろと!?」
前方を向いていた妖精がふと、モルガナとシャクヤがいる方へ振り返った。
「お嬢さん。モッカも、考えなしに不殺を命令しているわけではないのよ。私たちには、全ての障害を完全に無視した完璧な勝利条件があるのだから」
「完璧な——勝利条件?」
少女が痛みを予見して目をつぶってから数秒、しかしいつまで経ってもトロールの拳は降ってこない。恐る恐る瞼を開くと、目の前にはトロールの代わりに一人の男が立っていた。息を上げて、殴り飛ばしたトロールを眺めている。
「……お父、さん?」
男は少女の声に笑顔を向け、膝を曲げて返事をする。
「うん。待たせたね、グロリア」
「お、お父さん……!」
グロリアは涙ぐんでカスカルに抱き着く。カスカルもグロリアを抱き返す。しかし向こうでは、トロールが起き上がろうとしている。
「感動の再会なところ悪いけど、アイツも一筋縄じゃいかないわよ」
「そっすね。……グロリア。あっちのお兄さんを連れて安全なところまで逃げられる?」
「うん!」
「よし、じゃあよろしく頼んだよ!」
少女は青年の方へ駆けていく。クレースはフッと笑う。
「アンタも困った娘を持ったみたいね」
カスカルは肩をすくめる。
「はあ。全くっす。というか、宵の明星のみんなはグロリアの傍を離れて何をしてるんすかね? 後でみんな説教っすよ!」
モルガナの方へ振り返った妖精。モルガナは攻撃を受けるかと身構えたが、しかし妖精の焦点はモルガナよりもさらに後方にある。モルガナも妖精の視線を追って西を見る。そこには一人の人間が立っていた。
「俺がメルフィスの杖を奪う。それが、勝利条件だな」
「ええ、その通り。随分待たせてくれたわね」
ゲヘナがシャクヤの傍に参上する。その装備はかなりボロボロで、相当の激戦を終えてきたのであろうことが推察された。
「申し訳ありません! 遅くなりました!」
「構わないわよ。とはいえギリギリね。じゃあ私たちは、火の粉を振り払いましょうか」
「はい!」
二人はモッカの方へ跳ねていく。
男がモルガナの傍に歩いてくる。
「よく粘ったね。上出来」
モルガナは呆けている。
「後は任せて」
そのセリフに、モルガナはなぜだか噴き出した。男は困惑する。
「え、な、なに? なんか変なこと言った?」
「い、いいえ。なんででしょう。なんだか面白くって」
モルガナは微かに微笑んだだけだったのに、その瞳に涙を浮かんで不思議に思った。
「一つおたずねするのですが、あなたが戦うのはなぜなのですか?」
「え? う、うーん? それは……俺に責任があるから、かな」
「責任というと?」
「これは、メルフィスの始めた物語だから。俺には責任を取る義務がある」
「それは、あなたとメルフィスが兄妹だから?」
「そして、大事な家族だからだね」
「そういうことなら私にも戦わせてください。これは、エックスの始めた物語でもあるのですから」
男はモルガナの素性に気付く。そして、こちらも軽く笑った。
「しょうがない。それなら、困った兄妹にお灸をすえてやるとするか」
「理解しましたわ」
二人は並んで武器を構える。レーノは左手に拳銃。モルガナは右手に機構剣。
「そういえば。モルガナ、俺は君を死なせないための言葉を用意してきたよ」
「奇遇ですわね。私もです」
七日前、死ぬつもりでフロンティアに踏み入った二人。どちらも同じように、自分の兄妹を自分の手で殺してから、その後を追おうとしていた二人。
「今、聞いてくれるかな?」
「では私も言わせてもらいますわね」
息が合う。
「エックスを救おうか」
「メルフィスを救いましょう」
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