第28話 花火師 vs 粉砕機

 ランが前の足を踏み込む。地面が裂けて小石が浮かぶ。次の瞬間には、ランの姿が消えていた。それは音速の縮地。ランの掌底がエックスの腹に直撃する。弾丸を越えた一閃。衝撃波が左右の建物のガラスを割る。エックスの身体は宙に舞い、緩やかに回転している。


 ――直撃した。しかし、浅い!


「ひらめく羽を打撃で破壊するのは難しいだろう」


 エックスは宙を舞いながら両腕を広げて弾を乱射する。ランは素早く建物の陰に隠れる。エックスが着地したのを聞いて、再び建物の外に飛び出た。


 ランの走り出しで後方の壁が崩壊する。通りに出て一歩、地面が揺れて砂が浮かぶ。次の一歩、浮かんだ砂の粒が砕け散る。エックスに再び音速の打撃を打ち込む。次は爪を前に伸ばした貫手。


 エックスはひらりと身体を返してかわす。遅れてやって来た衝撃波にエックスはまた宙へ吹き飛ぶ。


 認識よりも早い一撃。しかしそれは物理的な動きである以上、必ず空気を押しのける。エックスの軽さは羽を越えた。もはや人の手で捉えることはできない。


「そしてお前も軽くなる」


 ランが足元を見ると、〝重さ〟のエーテル石が輝いた。ランは素早く後方へ回避するが、しかし僅かに浮遊感がかかる。着地まで一秒。エックスが弾幕を張る。


「地面から離れればそのスピードも意味はあるまい」


 ランはなんてことなく空を蹴って射撃を回避する。続けて何度か空を蹴って、エックスの遥か頭上へ。


「点でダメなら面で行きましょう」


 ランの二つ目のエーテル石が光る。ランが地面に向かって付き下ろしたその掌底は、手の平から可視性の青い波を放った。それはランの手の平から拡散していき、傍から見ればランを頂点とした三角のピラミッドが出来たようになる。これは空気を伝わる〝振動〟。


 一瞬で降りた青い帳からエックスは逃れられない。


 地面に叩きつけられて武装のいくつかがひしゃげる。ランは再び空を蹴って素早く着地し、クレーターの傍で再び構える。


 エックスは膝をついて立ち上がった。仮面に手をかけ外すと、中からだぼだぼぼと熱い血液が流れ出た。透き通る金色の髪と浅瀬の様な青い瞳が明らかになる。仮面を力強く投げ捨て、じわりと口角を上げる。


「……楽しくなってきた」

「武装頼りかと思ってたら、意外と丈夫じゃないですか」


 エックスは周囲に〝重さ〟のエーテル石を追加で二個射出する。


「並列だ。立つこと能わず」


 ランは重くなる身体を感じて素早くその場を離れる。同時に攻撃しようとしたが、それはエックスの自爆で防がれた。ランはダメージを負ったがエックスは無傷。一枚のごく薄い紙のように、爆風を受けてキャンプの上空へと吹き飛んでいる。自爆を繰り返してどんどん距離を離す。


 ——あっちが身体を軽くしている以上、この場一帯に重力がかかっているわけではない! なら重力は点で降ってきているはず!


 絶え間ない弾雨の中、ランは建物の壁を破壊しながら全力で走り抜ける。ランが建物を一つ突き抜けると、遅れて重力が降ってその建物が破壊される。加重はランに追いつけない。


 ——追いつけないなら先に置くだけだ!


 エックスはランの進行方向、数十メートル先の更地に加重を仕掛けた。しかしランはそこに踏み込む直前で進路を直角に変える。


「——!? 重力は目に見えないんだぞ、なぜ今のが回避できる!?」

「勘ですねえ!!」


 ランはエックスを再び射程に捉えて掌底を放つ。青い衝撃の射程内の構造物は、もれなく粉々に砕け散る。腕を捻って撃ちだしたために、波の中心は渦巻いてエックスを巻き込まんとした。エックスはすぐさま身体を重くして一気に降下し、地面に伏せて波から逃れる。


 平らになった両者間、エックスが先手を取って射撃を浴びせる。


「光栄に思え。私の花火を見せてやる」


 エックスの代名詞、〝花火〟。ランの視界が鮮やかな火花と煙で埋まる。それは爆ぜるたびに灼熱の熱風と、太鼓の内側のような衝撃音を起こす。


 目前から浴びせられた爆音にランは一度びくりと身体を震わせたが、すぐに青い振動を起こして火花と熱風をかき消した。


「何が来たって粉砕してやりますよ」


 花火師 vs 粉砕機。勝負は大詰め。


 エックスは自爆を繰り返しながらランの掌底を回避して、再び舞い上がり爆撃に移る。ランは一歩ずつ地面を砕きながら、掌底の乱打で弾を迎撃する。飛び回るエックスと、追いかけるラン。二つの影の境界線では常に爆発が起こり続けている。


 ひときわ大きな爆風の後、それをかき消すように特大の花火が爆ぜた。それは連鎖して七色の花を咲かせ続ける。


 自分のすぐ上空で爆ぜる花火。ランの犬耳が思わず伏せる。その瞬間、一気に体が重くなって足が地面にバキリとめり込んだ。


 ——……!? 加重に追いつかれた!?


「爆音は本能に刻まれた原初の恐怖! 意識せずとも体の動きは鈍る!」


 エックスが爆風と共に地面を滑ってくる。砂ぼこりが舞う。


「お前は自分でも気づかないうちに、重力に追いつかれるほど足を止めていたのだ!!」


 それは〝記憶〟の光を浴びせるのに十分な隙。


 エックスの左手が鼠色の光を放った。一週間分の拷問の記憶がランを襲う。シンプルな痛みから理性を冒涜するものまで、世間一般で拷問と呼ばれるもの、そのオンパレードを体感させる。


「やったか……!?」


 ランの掌底がエックスの腹に直撃した。青い閃光が身体を貫通して背中から放出される。エックスは思い切り血を吐いて膝から崩れ落ちた。


 ランも少し消耗しているようで、はあはあと息を荒くしていた。エックスを見下ろす。


「いやあ、勉強になりました。なんだかんだ爪に針を刺す奴が一番嫌でしたねえ」


「流石に……それはおかしいだろう。これを喰らった人間は、半分は廃人になり、残りの半分はトラウマに怯え震えるはずだ」


「おかげさまで内臓を抉られるくらいの痛みまでなら耐えられるようになったんですよねえ。殺されないって分かってれば、ちょっとした悪夢みたいなもんです」


「いや、それでも……。一週間にもわたる苦痛だぞ」

「一週間? 拷問がですか? 三日で終わりましたけど」


「なに? そんなわけがない。〝記憶〟のエーテルで妨害したならともかく…………」


 ——とも、かく。


 エックスは全てを理解した。


「——クソ。体よくぶつけられたのか。ラン、構えろ。敵が来る」

「え? 敵って——」


 景色が歪み、メルフィスとモルガナが並んで現れる。続けてメルフィスが杖を前方に掲げると、景色が千切られ異界が姿を覗かせる。


「エックスは手負いだ。クリシチタ、やれ」


 クリシチタが完全に顕現する。木彫りの銅像のような見た目に千本の腕。右手に持った無数の武器を振りかざす。


 エックスが叫ぶ。


「避けるな、潰せ!!」

「心得た!」


 ランが掌底で振動を放ってクリシチタの右腕の大半を消し飛ばす。クリシチタは衝撃で右半身からのけぞったが、しかしそれでもランの身体には、まるでいくつもの武器が直撃したかのような斬撃が発生した。


 エックスはランが注目を引いたこの隙に、左腕をクリシチタに向けて拷問にかけんとする。その動作とほとんど同時に左の肘から先が、モルガナの機構剣に切り飛ばされた。


「モル……ガナ……!?」


 ランは血反吐を吐きながらもエックスを連れてこの場から離れようとした。しかし足が動かない。見ると黒く蠢く液体に足元を押さえつけられている。しかもその粘性の液体は異常に〝重い〟。ランは力むが敵わずに、あえなく地面に倒れ込む。


 クリシチタは右腕の再生を待たずに、今度は左腕で無数の印を組み始めた。ランの全身、そしてエックスの四肢が石化する。


 次第に砂ぼこりが晴れていく。第一キャンプの残骸が周囲に広がる。

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