第27話 彼らがナンバーワンギルド

 エックスと双子がそれぞれ構える。


 モルガナは咄嗟に考える。


 ――私は、どうしたらいい? 私の目的は、エックスを殺すこと。けれど今、それは不可能だ。エックスを殺すためには、まだこの立場でジッとしていなければならない。とはいえ、目の前でネクスィとベルカが見殺しにされるのを、私は……モルガナは、許すのか? 私にとって、大事なのはどっち?


「わ、私……」


 ――私の目的って何なのかしら。エックスを殺すこと、レーノたちを守ること、自分の正義を曲げないこと。全てを欲張るのは、もしかしたらできないんじゃ……?


「できればゲットしたいから可能なら殺さないでくれると嬉しいな~」


 モルガナがハッとしてメルフィスを見る。エックスは渋々といった声で返す。


「……可能ならな」


 ベルカとネクスィが姿を消したのを見て、エックスは後ろに引きながら廊下いっぱいに弾幕を張った。弾幕は機構剣一本分の面積に阻まれ、その透明な壁はエックスに素早く迫ってきている。いずれかが前方で防御して、いずれかがその後ろに控えて切りかかろうという布陣。


 エックスが右の手首を下に曲げると、分厚いガラスで防護された〝重さ〟のエーテル石が二つ、銃口から放りだされた。


「立つこと能わず」


 重力に視覚情報はない。しかしその重力の変化は、まるで黒い波が空間を勢いよく叩き潰したかのような錯覚をモルガナに感じさせた。エックスの目の前に二つの小さなクレーターができる。石の床であってその石が砕ける程に、クレーターには凄まじい力がかかっている。


 じわじわと、ネクスィとベルカの姿が見えるようになってくる。四肢を投げ出して、重力に抵抗できずにいる。肋骨は当然ダメになっており肺も潰されているため、息も吸えず呻き声一つを出すことすら叶わない。ここからの抵抗は絶対にないと確信して、エックスは加重を解く。


 モルガナは絶句した。


 ――双子が揃って、手も足も出ない。


「こんなものだな」

「おいおいやりすぎじゃないか。これ命を繋ぐだけでも大変なんだけど」


「適当を言うな。渦巻く妖精は人間を無理やり存命させる技が使えるだろう。——私は他の場所を見てくる」


「そっちも殺さず済むなら殺さないでくれないか?」


 エックスは眉をひそめる。


「なぜ?」


「ちょっと人間を使った実験を思いついてさ。あ、君にも同席させてあげるよ。拷問まがいのことをするつもりだから、ほら、きっと君の〝記憶〟の手札の足しになるはずさ」


「……理解した。それならそうしよう。メルフィスはモルガナの傍にいてくれ」


 言い残して階段を昇っていった。メルフィスが杖を振ると、渦巻く妖精が現れて双子に近付いていく。モルガナはあっけにとられていた。


「メルフィス、あ、ありがとうございました」

「あっは。一つ貸しだぜ。しかし欲張ってるな、君。それは長くはもたないぞ」


 モルガナは地面に倒れた二人の方へ行く。渦巻く妖精がネクスィを洗脳して、次にベルカの額に触れようとしたとき、彼女がぽつりと呟いた。


「そ、この……誰か……」


 見下ろしていたモルガナは、初め自分の事か分からずきょとんとする。


「この剣、持っていけ……」


 渦巻く妖精がベルカの額に触れた。


「——!」


 モルガナはここまで、出会った人間の全てから自分に関する記憶をもれなく奪ってきた。当然ネクスィとベルカもモルガナのことは覚えていない。ベルカのその言葉の真意はモルガナには分からない。ベルカは記憶の深層に近いところでモルガナとのやり取りを覚えていたのかもしれないし、命も微かに意識がもうろうとする中で、本来開かれないはずの記憶領域が開いたのかもしれない。


 モルガナはベルカの機構剣を取り上げる。ズシリと重い。あの重力の中にあって、傷一つつかない機構剣メカニカルブレード。それは、スーを倒したときにモルガナの握っていた剣。ブレードの先端は僅かに溶け固まってしまっている。


「持っていくのかい? そんなに大きな剣の扱いは難しいと思うけども」


 モルガナはブレードを見つめる。


「……ええ。持っていきますわ」


 妖精はおもむろにネクスィの服をまさぐり始めると、ポケットから一つの鍵を見つけてきてメルフィスに手渡した。


「ん、ありがとう。なんの鍵だろう」

「小さなカギですわね。扉の鍵とかではなさそうですわ」

「ふーん……隠し持ってたわけだし何か意味があるかもな。探してみるか」


 二人はそのカギ穴をネクスィの部屋の戸棚に見つけた。開けると、その向こうには吹き通しの小窓があり、そして中の止まり木ではフクロウが一羽眠っていた。足首に書簡を詰める筒が取り付けられている。フクロウは突然に光を浴びて、困惑しながら目を覚ました。


 ——伝書、フクロウ。





 七日目の午前、アタラクシアは第一キャンプに到達した。


「ここまで冒険者とすれ違わないのは妙だな……。人の気配もない。こちらの行動がバレたのか?」

「そんなことは無いと思いたいけれど~……」


 先頭を歩いていたエックスが橋を渡り切った瞬間、背後から轟音が鳴り響いた。連鎖する爆発に空間が揺れる。エックスが振り返ると橋は見るも無残に崩落していた。メンバーのほとんどが川に落ち、大河の激流に流されていく。傍にはレオランだけが残っている。


「レオラン! 流されたメンバーを助けに行け!」

「分かったわ!」


 レオランが姿を消す。エックスは素早く頭を回す。


 ――この大河は第二エリアに続いている。確か河が折れるところで浅くなる場所があったはずだ。各々ある程度の生存能力はあるし、命に別状はないだろう。メンバーの心配はない。情報が漏れたのも仕方ない。どれだけ最善を尽くしてもエーテルの組み合わせ次第で何だって起こる。だが、だがしかし。この状況は何だ。私だけを孤立させた目的が間違いなくある!


「いやあ……困っちゃいますよねえ……。もしアタラクシアさんが裏切るなら、ナンバーワンギルドはうちになっちゃうんですかねえ」


 声に振り返る。


「〝アタラクシア〟は離反。〝がらんどう〟は壊滅。こんな形で一位になったって、なーんにも嬉しくないですよ。街の皆さんからは、でもアタラクシアの方が強かったなあって言われちゃうかもしれませんね。はあ、がっかりだなあ。うちのメンバーはそんなことで満足するかなあ」


「……さあな。まさかお前も『一番』に対してこだわりがあるとは思っていなかったが」


「だからそうですね。ウチのギルドメンバーがせっかく危機を伝えてくれたので、リーダーとしてはそれに報いてあげなきゃいけないんですよ」


 ランは手足を獣化させる。鋭利な爪が伸びて黄色い毛並みに覆われていく。顔も骨格から変化しマズルが伸びて、犬か狼と混じったような見た目になる。爪の先で眼鏡を取って胸のポケットにしまう。しっぽが揺れる。


「せめて、最強の冒険者の座は、はっきりさせておきたいと思う次第です」


 ランは腰を下ろして武道の構えを取る。


「そうか。それはいい。私もそれを決めることには興味がある」


 エックスは両腕を前に向ける。

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