第2話 生意気な面のガキ

 「な、何で俺がこのクソガキに!?」


 これは夢では無いのか、そう思い頬をつねるもただただ痛むだけで夢が覚める気配はない。

 夢の中では足が遅くなるとか重力が無くなるとかよく聞くが、その場で素早く足踏みをしても何の問題もない。


 「夢じゃないのか……よりにもよってこんなクソガキに……?嘘だろ?」


 徐々にこれが現実である事、そしておそらく自分がプレイしていたルーンファンタジーの世界である事を理解し始め戦慄した。


 そう、俺が転生してしまったのはモーブ騎士爵の長男、ショーワルと言う少年だった。


 ルーンファンタジーではその名の通り実に性格の悪いモブキャラとして登場し、プレイヤー達に散々ヘイトを向けられるキャラだったりする。


 ショーワルはモーブ騎士爵家の生まれで、父親は腕っ節の強さから騎士爵を賜っていてフレイの家、クエストル公爵家と仲が良く、作中ではコネでフレイの護衛として付き従っているが事あるごとに陰口や嫌がらせでフレイを追い詰めていくクソガキだ。


 フレイが最凶最悪の精霊を召喚してしまうのもこのガキのせいである。


 クエストル公爵は優れた政治の手腕だけではなく、個人の持つ武力を尊重するいわゆる脳筋であり、モーブの優れた腕っ節に惚れ込み色々と便宜を図ってくれたり使用人をくれたりと至れり尽くせりだ。


 作中ではその息子であるショーワルにも期待しており娘の護衛に付けるのだが、それが全ての誤りだった。


 ショーワルは自分の立場を利用し最終的にはフレイに邪霊との契約を迫りラスボス化を進める事になる。


 モーブも領地を持ってはいるが実質クエストル公爵家専属騎士の様なものである。


 「どーすりゃ良いんだよ……こんなん」


 俺は……ショーワルは頭を抱えて蹲る。

 よりにもよってこんな汚れ役に転生してしまうとは運がない。


 「いや?これは寧ろチャンスなのか?俺がフレイを追い詰めなければ邪霊との契約イベントは発生しないもんな?」


 こうなればもはやヤケだ。

 なってしまったものは仕方ない。

 俺は今配られたカードで勝負をし、何とかフレイのラスボス化を止め、正しき道を歩ませねばならない。


 「よし、そうだよな、やるしかないもんな」


 今思えばこのショーワルもその身に余る権力と全能感に狂わされた哀れな子供の一人である。

 ならば俺は大人として、何故か人格を乗っ取ってしまったプレイヤーとして、ショーワル自身にも正しい道を歩んでもらわねば困る。


 俺は気つけの為に軽く自身の頬を叩くと改めて鏡を見直す。


 「相変わらず生意気な面だな……このガキ……」


 目つきは悪く、笑おうとすればニチャリと音のなりそうな悪人スマイルになる。

 何でこの時点でこんな悪役が似合う感じに育ってんだよ、教えはどうなってんだ、教えは。


 「まずはやるべき事を整理しよう」


 まず1にフレイを追い詰めない。

 これは当たり前のことだが、もしそうなればフレイはラスボスルートまっしぐら。

 最後は主人公に胸を貫かれて絶命する事になる。


 そして2、この世界でゲームと同じように成長できるのかの確認。

 俺はフレイを歪ませる気は毛頭ないが、残念ながら作中ではショーワル以外にもフレイを歪ませる原因は沢山ある。

 その中でも避けられない戦闘はある訳で、それを乗り越えるにはモブキャラと言えど力をつけなければならない。


 最後に3、フレイの護衛騎士になる。

 上記2点を遂行する為にも俺は誰よりフレイの側にいなければならない。

 これに関しては作中では自然と護衛騎士になっていたので余り心配はしていない。

 最悪父親を説き伏せれば良いだろう。

 作中ではショーワルの父親は出てこなかったがまぁどうにかなるだろう。


 「1と3はどうにでもなるが問題は2だな」


 既に何十周とクリアしたゲーム故、成長システムは誰よりも知り尽くしている、が、この世界でゲームのシステムがどこまで通用するのか、主人公とモブキャラの成長にはどれだけの差があるのかがわからない。


 「色々試したいんだが……どこに行けば良いんだ?ってかそもそもこの家には何があるんだ?」


 寝巻きのまま姿見の前でぶつぶつと呟いていると、不意に部屋の扉がノックされた。


 「ショーワル様、お目覚めですか?」

 「え?」


 入ってきたのは若い女のメイドだった。

 それもとびきり美人だ、腰まである茶髪が歩くたびにサラサラ揺れて光を受け艶めいている。

 キューティクルの化身か?


 「いかがなさいましたか?」

 「え?いや、えっと……」


 間違いなく見覚えがあるんだよな〜……

 あっ、そうそう!!確かモーブ騎士爵家にクエストル公爵家が遣わせた使用人の1人だっけ。


 確か男爵家の令嬢とかじゃなかったっけか?

 本来なら騎士爵家より上の身分だがクエストル公爵の命で嫌々ショーワルの世話をすることになったってサイドストーリーで言われてたっけ。


 「あっ、ミレナ!!さん!!」

 「へ?は、はい、確かに私はミレナで間違いございませんが」


 おっといけない、思い出せた高揚感でつい名前を叫んでしまった。

 あまり不審がられても困るし……まぁショーワルの幼少期時代なんてストーリーにはほぼ出てこないから何をすれば怪しまれないかなんてわからないのだが。


 「何か私に御用でしょうか?」

 「あっ、いえ……えーっとですね……ちょっと身体を動かしたいんですが、庭かどこかに案内してもらえたらなって……」

 「それはお稽古をすると言うことですか?」

 「え?まぁそんな感じです」

 「……畏まりました。ではまず御着替えから……」


 何となく納得のいかなそうな顔をしていたミレナだが、いつの間にか取り出した着替えを持ってこちらに寄ってくる。


 「いやいやいや!!自分で着替えれますから!!」

 「昨日までは御着替えからお風呂まで私にお任せくださっていましたよね?何かお気に触る事をしてしまいましたか?」

 「いや!!あ、今日!!今日から自分の身の回りの事は自分でやります!!」

 「しかし……ショーワル様御一人では着替えはおろか頭もご自分で洗えないではありませんか」


 流石に着替えさせてもらうのはなぁとか思っていたがショーワルがまさかそこまで人任せにしていたとは……いや、年齢的に考えると妥当なのか?ってか今の俺って何歳だ?

 あっ、そうだ。


 「ミレナさん、俺、もう何歳だと思ってるんですか?」

 「はて?先日6歳になったばかりかと」

 「そう!!俺ももう6歳です!!着替えぐらい自分だけで出来なければ父上に合わせる顔がありません!!」

 「ショーワル様……」


 6歳だったかぁ……と言うか割と好感触なリアクションだな、何というかアレだ、悪ガキがいきなりお手伝いをしてくれるようになった感じと言うか、怪しみつつも感動を覚えてる……そんな感じの顔だ。


 ミレナを部屋の外に追い出すと短い手足で何とか着替える。

 原料は麻か何かだろうか?動きやすいシャツを着て外に出るとミレナが驚いたような顔で迎えてくれる。


 「まさか本当に御一人で御着替えなさるとは」

 「これぐらい余裕です」

 「旦那様にご報告しておきますね」

 「それは恥ずかしいのでやめてくださいね」

 「時にショーワル様、何故急に喋り方を御変えになったのですか?」

 「え?あぁ、いや……これも父上のような立派な騎士になるために?」

 「……」


 何故無言なんだ!!怖いだろ!!

 明らかにミレナさんから俺を見る目が変わってきている気がする。

 ボロを出すわけにはいかないのでさっさと案内して貰おう。


 「さっ、早く行きましょう!!ミレナさん!!」

 「……畏まりました」


 前に立つミレナの後ろをちょこちょことついていきながら屋敷の間取りを暗記していく。

 騎士爵とは言うがなかなかどうして立派な屋敷だ。

 訓練法によっては1人でやりたいやつもあるし、今後は自分だけで訓練場まで行けるようにならねば。


 「ショーワル様、訓練場に到着致しました。普段であれば旦那様も剣を振っている時間ですが、本日は書類仕事に勤しんでおられます」

 「そうなんですね」

 「お稽古との事ですが、何をお使いになられますか?」

 「えぇ〜っと……」


 訓練場の片隅には小さな物置があり、そこには雑多に木製の剣や槍、その他諸々の道具が積まれていた。

 その中でも俺が選ぶのは……


 「これにします!!」

 「へ?」


 農業用のぼろっちいクワだった。

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