第四節:布屋の店員・フィーリアは、貴族ギャップを売れ筋にする。

第25話 私、充実した雇われ店員ライフをはじめました



 陽光が差し込む布屋『ネィライ』の店内で、店内の美化活動に勤しんでいた。


 壁一面に並ぶこげ茶色の棚から一段分、商品を傷めないように注意しながら布束を引き抜く。空いた棚には雑巾を掛け、うっすらと積もっていた埃を拭きとって、布束の方にははたきを掛けて、再び棚へと戻す。その作業の繰り返しだ。

 しかしそれが意外と大変。一束の布は意外と重く、出し入れするだけで重労働だ。

 が、だからこそやりがいもある。


「よし、今日も昨日より少しだけ店内が綺麗になりました……!」


 店番の合間にしている掃除も、既に店内の半分くらいまでは済んだだろうか。 小さな充足感に包まれながら、そんな事を考えた。


 掃除はいい。

 特にこの店内には、元々色とりどりの布や糸がたくさんある。それらが、ほこりを取り除く事で少しずつ色鮮やかになっていっているような気がして、初めてこの場所を見た時にその色彩豊かさに目を奪われた私は一層、嬉しくなった。



 バイグルフさんから「店回りの事をする人材をちょうど探していたんだが、あんた俺に雇われないか?」と言われてから、早十日。

 ディーダとノイン伝手で斡旋してもらったこの仕事は、私に日々新鮮味を与えてくれている。

 どんな事でもやっていてまったく飽きないし、むしろ楽しい。労働の担い手として雇われたのだから、これでお金も貰えるらしい。

 初めての労働ではあるけれど、人柄の良さが分かっている相手の元に雇われるので、幾らか緊張せずにいられる。私にとって、ここはとても良い働き場所だ。


「おーい、リアー。ちょっと手伝ってくれー」

「あ、はーい!」


 店の奥から聞こえたバイグルフさんの声に、少し声を張り上げた。


 雇われた日にバイグルフさんに名を問われて、咄嗟に名乗った『リア』という名で呼んでもらえる事も嬉しい。



 『ネェライ』での仕事内容は、お客様への対応を含めた店番の他は、店内の掃除と陳列が主なところだ。

 しかし仕事は、必ずしもそれだけではない。


 幸いにも今、店にお客様は居ない。もし来たら、あのドアベルがちゃんと知らせてくれるだろう。

 彼に応えて店頭に背を向け、店の奥へと歩き出した。


 店頭ほどではないけれど、奥には広めの部屋があった。

 まん中にドンと大きな作業用テーブルが置かれ、壁際には大きな足踏みミシンが二台。他にも店頭には出していない糸や布の他に、様々な型紙を収納している棚や裁縫道具が並べられている。

 バイグルフさん曰く「先代まではどうやらここで服を作り店頭に出していたんだがな」という事だ。


 そんな彼に一つ相談されたのは、働き出してちょうど三日目だっただろうか。


「どうやら俺は、デザインと色のセンスが壊滅的らしくてな。作ったものがまったく売れない。仕方がなく今までは外から買い付けてきたものを店頭に並べていたんだが、縫製スキルは先代から一応継いでいるんだ。本当は自分で作りたい。もしリアが協力してくれるなら、少しは自分でも売れるものが作れるかと思うんだが」


 思えばたしかに店頭には、裁縫道具や材料こそズラリと並んでいるものの、既製品の数は少なかった。

 働く立場としても、目の保養という意味でも、私が彼の助けにならない理由はない。「どこまで力になれるかは未知数ですが」と、微笑み交じりに告げれば「それで十分だ、ありがとう」と彼にお礼までもらってしまった。

 そんな彼にここに呼びつけられたという事で、大体彼の用事は知れている。


「なぁリア、これとこれどっちが良いと思う?」


 顔を出せば案の定、作業用テーブルの前に布を広げている難しい顔をした男性を見つけた。彼はこちらを振り返ることもなく、仁王立ちに両腕を腕の前で組んで「うーむ」と考えこんでいる。

 テーブルの上に広げられている布は、深緑と黒の二色だった。すぐ横の棚に真っ赤な布も置いてあることから「おそらくこの赤い布にどちらを合わせるべきか、悩んでいるのだろう」と推察できる。


「そうですね……黒の方が良いのではないでしょうか。赤に緑を合わせると、何となく目に優しくない気がしますし」

「うーん、確かに……」

「明るい赤ですから、黒を入れる事で少し引き締まった印象になる気もします。逆に白を組み合わせるとエネルギッシュな感じというか、爽やかでありながら赤の鮮烈さがより際立つ配色になりそうですね」

「たしかに」


 私には特に専門的な知識がある訳ではない。ただの色に関する感想、直感、感覚的な印象を言っただけに過ぎないのだが、こうも深く「うんうん」と同調してもらえると、何だか自分が配色の第一人者にでもなったかのような誤認を抱きそうになる。

 己への戒めも含めて「あくまでも私個人の意見ですが」と付け加えるが、彼はやはり「十分だよ」と、ニカッと笑みを返してくれた。何だかちょっとこそばゆい。


「ところで、これで何を作るのですか?」


 気恥ずかしさを紛らわせる事も兼ねて、話を気になっていた方へと振る。

 すると彼は、そこでやっと私の方を振り返った。


「あぁ財布を作れないかと思って」

「財布、ですか?」


 彼の答えは私にとって、予想外のものだった。思わず小首をかしげてしまう。


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