第24.5話 一方その頃 ~ザイスドート・ドゥルズは想いを馳せる2~



 一体何が気にくわないのか、レイチェルはフィーリアをどうにも好きになれないようだった。


 思った事はすぐに口にする素直なレイチェルと周りとの調和を考えて言葉に気を遣うフィーリアでは、元々性格は正反対だ。それが災いして一方的な状態になっているのは、レイチェルが来てわりとすぐに感じていた。

 が、フィーリアに話を聞いてみると、別にレイチェルの事を嫌っているようではなさそうだ。となれば、とりあえずはまだ嫁いでまもなく屋敷に慣れていないレイチェルに配慮するのが良いだろう。


 どうせ慣れれば上手く折り合いも付くだろうし、レイチェルも今は、フィーリアに少し物を言うだけでどうやらスッキリしているようだ。手を上げるようならば未だしも、そうでないのならここは少しフィーリアに我慢してもらおう。

 そう思って、そう伝えた。フィーリアはもちろん「分かりました」と言った。

 その後に続いた「社交、あまりご無理をなされませんように」という言葉に癒されて、私は一層「大丈夫だろう」と思った。

 それ以上、この件について考える事は一旦やめた。が、先日だ。


「ザイスドート様、私、あの女が目障りで目障りで仕方がないのですけれど。そろそろ『処分』してもいいのでは? 貴方にとっても不要でしょう?」


 リビングのソファーで寛いでいた家族団らんの時間、彼女のあまりにも「当然そうでしょう?」と言わんばかりの言葉に、私は一瞬言葉を詰まらせた。


 目障り? そんな事は思った事がない。

 そういえば最近は、私がフィーリアを構えば構うほどレイチェルの機嫌を損ねると分かったから、あまり彼女に声は掛けない。そうしている内にあまり姿を見なくなったが、だからといって不要だなどと思った事など一度だって無い。


 が、有無を言わせぬ物言いに「もし私がここで本音を言ったら」と考えた。

 もしかしたらフィーリアが害されるのではないか。私の目の届くところでならばいい。すぐにでも止めにいけるから。しかし陰でフィーリアが折檻など受けたなら。そんな危機感に苛まれた。


 ジワリと手のひらに汗をかく。

 それはダメだ。でも、せっかく社交が上手く回っているのである。それにはレイチェルの――彼女の後ろの侯爵お陰である部分が大きい。今彼女の機嫌を損ねることは避けたい。


「――そうだな」


 色々と考えて、決めた。


 彼女を逃がそう。危害を加えられない所に。

 少し経てば、きっとレイチェルの頭も冷えるだろう。そうすればまた、戻してやればいい。

 

 フィーリアは、私の決定に異を唱えない。

 いつでも言葉足らずな私の心を察し、私を癒してくれる女性だ。今回もきっと何も言わずとも、私の愛情を察するだろう。


 だから、雨降りしきる中、彼女のために心を痛めながら演技をした。


「フィーリア、お前はもう要らん」


 そんな言葉で、彼女を逃がした。



 『婚姻契約』を保ったままにしたのは、彼女が戻ってくる場所を残しておくためだ。レイチェルを説得するのには少々骨が折れたが、それもフィーリアを守るためには致し方ない労力だ。

 

 もし彼女が平民街で行き倒れていたら、その時はどうにか助けよう。そう思い、少しの間見張りを置いていたものの、どうやら彼女は雨風を凌げる場所を見つけたらしい。私が渡していたお金で、きちんと食事も摂っているとか。

 ならばいい。フィーリアには不便な生活を強いてしまうが、今は必要以上の行動を起こしてレイチェルに事の次第が知れる方がマズい。少し我慢してもらおう。


 フィーリアのあの、氷を優しくとかすような陽だまりのような柔らかな笑顔が、少し恋しい。

 が、彼女が我慢しているのだから、私も我慢せねばなるまい。



 しかし、今頃何をしているだろうな。



 きっと知らぬ土地、知らぬ環境で心細い思いをしているだろう。

 人と話すのが苦手で、取り立てて突出した得意事も無い。実家も取り潰された今、優しいが何かと地味で生活力も無い彼女を本当の意味で必要としてやれるのは、最早私だけなのだから。


「ザイスドート様、少し二人で庭園を散策しませんこと?」


 レイチェルが、腕に手を絡め体を寄せてくる。

 女物のきつめの香水が鼻を掠め、「そういえば、フィーリアは香水の類はしなかったな。代わりにいつも、石鹸のいい香りがした」などと、また彼女に思いを馳せる。


 安らぎの地は、やはり近くにある方がいい。だから早く、現状が好転すればよいのだが。

 私はそんな風に思った。


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