第5話 生まれた願いは儚い夢想



「あぁ? こんなのと血が繋がってるわけないだろ」

「そうなのですか?」

「ボクもこんなガサツなのと同類だって言われてるみたいでやだなー」

「あぁ? 何だとっ?!」

「それだよそれ」


 ノインが言いながらジャガイモをかじる。


「っていうか、ただ寄せ集まってるだけだろうが。血なんて繋がってねぇよ。貧民同士じゃ一緒に住んでても普通はそうだろ」

「そうなのですか」

「何でそんな事も知らねぇんだよ」

「えぇと、それは……」


 まさか「貧民に、今日初めて会いました」とは言えない。

 実家の領地では、孤児院はあっても『貧民』は見た事が無かったし、この領地に嫁いで以降は、『そう呼ばれている人たちが居る』という事こそ知っていたけれど、進んで知ろうとはしなかった。


 その事が少し、後ろめたい。

 そう思う自分も申し訳なくて、思わず口を噤んでしまう。


「そういえばアンタ、さっきも随分と常識外れな事をしてたね。お陰でディーダの慌てようったら……フッ」

「ノインてめぇ笑うなよ! 大体あれはこの女が、ジャガイモ三つ如きに大金貨を5枚も出すからだろうが!」


 あんなの誰でも驚くわ、と吠えるディーダは私の内心になどきっと気付いていないのだろう。


「チッ、あんなに金があるなら、もっと良いもん強請ねだるんだったぜ」


 そんな事をぼそっと言いながら、ディーダは最後の一口を口に放り込んだ。

 いじけたようなその物言いが、年相応を思わせる。



 私もジャガイモを食べながら、気が付けばまた微笑を浮かべていた。そんな自分に気が付いて、何だか不思議な気分になる。


 ――いつぶりだろうか。笑ったのは。


 日々の忙しさが、旦那様には相手にされず、息子にも第二夫人にも邪険にされる日々が、最後に笑った日を私に思い出せなくさせていた。

 だからこそ、こうして全てを失った今、笑えている自分がひどく奇妙だ。


 失ったのに笑えているのは、きっと彼らのお陰なのだろうな。そう思いながら二人を盗み見る。


 彼らがこうして一緒にご飯を食べてくれなければ、そもそもあの場で出会えていなければ、私はきっと今も尚、すべてを失い行くあてもなく、一体どうしていただろう。



 まだ外では雨がザーザーと降っている。温かな火の前でこうして雨宿りをさせてもらえる幸運を噛み締めるように目を伏せた。


 この場所はひどく心地よい。

 埃っぽいし、雨漏りもしている。隙間風だって吹いているけれど、ここはとても温かい。


 ――ここに、居たいな。


 心の中に生じた願いが、ポロリと口に出なくてよかった。


 彼らの中に入れてもらえるだなんて、そんなのは高望み過ぎる。

 彼らは単に、惨めな私に同情をしてくれただけだ。そう自覚していなければ、傷付くのは私自身だ。


 ザイスドート様に棄てられた痛みさえまだ忘れられていないこの心で、もしまた何かに失望したら。せっかく私を助けてくれた彼らに、要らぬ濡れ衣を着せたくはない。


 体と共に、心も雨宿りさせてもらった。だからもうこれで十分だ。

 彼らのような子供達がを普通に生きているのだとしたら、大人の私が「できない」なんて、弱音は吐けないだろう。


 もう誰にも必要とされてはいない私だけど、出来る範囲で生きていこう。身を寄せる場所もないけれど、それでもどうにか、私なりに。


 そうと決まれば、早々にここを出なくては。

 まだ婚姻契約が有効である以上、伯爵家との縁は切れていない。もし万が一私の身に何かがあった時、彼らに迷惑をかけてしまうかもしれない。


 親切にしてくれた彼らだから、私の突然の提案を受け入れてくれた優しい彼らだから、余計な事に巻き込みたくない。

 だから食べたら、素性が知れる前に早く。

 そう思うのに、何故だろう。瞼が重い。上がってくれない。


 手のひらの、食べかけのジャガイモの熱がポカポカと温かい。パチパチ、ピチョンピチョンという音が、耳にとても心地よい。

 多分たくさん歩いたから、疲れてしまったのだろう。まるで体に掛かる重力が倍になったかのように重たくて、床に沈むような感覚を抱く。


 意識がゆっくり落ちていく。


「ねぇ良いの? なんか寝ちゃいそうなんだけど」

「はぁ……まぁしょうがねぇだろ。今日の宿代代わりは貰ったし、外で寝たら間違いなく朝には金を盗まれてるぞコイツ。なら置いといて、また恩返しにせびれば俺達は明日も飯が食える」

「確かに合理的だけど、本気で言ってないでしょソレ」

「うっせぇよ」


 どうしても抗う事の出来ない睡魔の端で、そんな二人の話し声が聞こえた気がした。


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