第4話 ふかしジャガイモの食べ方を知る


 ◆


 多少のお金はあるにしても、この街の事などまったく知らない。

 思えば嫁いで来て以降、仕事で忙しかったザイスドート様から「一緒に街に降りよう」と言われた事はなかったし、私自身も特に街に対して興味を抱いた事が無かった。

 その程度の私だから、当然どこに行けば食べ物が買えるのかも知らない。結局二人に案内されるままにお店に入り、彼らが欲しいという物を三人分購入した。


 そうして連れて来られたのは、一軒の家。

 苦心して、重いドレスの水を絞ってから私が中へと入ると、中はほぼ全てが見渡されてしまうくらいの広さしかなかった。

 隙間風は吹き込むし、薪がパチパチと爆ぜる音にまじって雨漏りの下に置いた器を上から水がピチョンと打つ音がするけれど、それさえ許容すれば雨ざらしになる事はない。

 

 私はもちろんのことどうやら彼らにも着替えの服は無いらしく、濡れネズミのまま髪を拭く事もなく、二人は早々に温かな火の側へと座り、紙袋の中を漁って買ってきた丸い包みを取り出している。


 両手で包み込めるほどの大きさの包みを、まずノインが一つ取り、ディーダも一つ取って、すぐ近くの床にポスッと置いた。

 玄関からそれらをボーッと見ていると、暖炉の火だけしか光源の無い薄暗い室内の中で、ディーダが私を振り返る。


「んっ!」


 顎でしゃくるのは「こちらに来い」という意味だろうか。再び袋を、今よりも少し私に近い位置に置き直した彼に従って、恐る恐る部屋へと入る。

 

 暖炉にかなり近づいて、その温かさに思わずため息が漏れた。

 二人とも、入ってきた私に怒りはしなかった。少し安堵して、私も袋の中へと手を入れる。

 触れたものは、温かな熱を帯びていた。カサリと包みを開けてみると飾りっけのない薄茶色の部分が出てくる。球体状だ。まん丸ではなく、所々凸凹とした武骨な印象の野菜である。

 

 ふかしジャガイモ。


 看板に書かれていた文字を思い出して、なるほどと思う。

 しかし一体どうしたら。

 今まで私はジャガイモは、どれも一口大に切ったものをスプーンやフォークで食べた事しかない。それは、レイチェルさんに「役立たずの貴方が貴族の食事を取るのは勿体ない」と言われ、食事に関する制限が増えて以降も変わらなかった。


 こんな口よりずいぶんと大きな状態で、食器もなしに、どうやって食べるのが正解なのか。思わず眉尻を下げてしまう。

 パンのように、一口大に手でちぎって食べればいいのだろうか。しかし薄皮に包まれた表面からは湯気が立ち上っている。皮の中はもっと熱そうだ。

 

 一人途方に暮れていると、目の端にちょうどノインが入った。

 彼はまず、ジャガイモに両手の親指を突き立てた。真ん中から、ジャガイモがパカッと二つに割れて、その間から湯気が逃げていく。

 その断面に、彼はフーフーと息を吹きかけた。そうして少し湯気の出がマシになったところで、豪快にパクッと食いついた。


 なるほど、あぁして食べるものなのか。

 半ば感心しつつ、私も真似してみる事にする。しかし領の親指を突き立てた所で、何やら横からハフハフという荒い息遣いが聞こえた。


「ちょっとディーダ、だから毎回言ってるじゃん。そうじゃなくても猫舌なんだから、熱いものを食べる時はどれだけお腹が減ってても、かぶりつかない方が良いって」


 見れば、口を開けて必死に息をしている涙目のディーダがそこに居た。

 ノインが呆れ声を出すが、口の中の対処に精一杯ですぐには言葉が出てこない。


「……はー、死ぬかと思った」

「じゃぁ冷ましなよ」

「あ? お前みたいに一回割ってから食えってか? そんな面倒な事やってる暇があったら口に入れた方が早ぇだろ! そもそも熱いものにありつける事なんて滅多にあることじゃねぇんだから、普段は大して困ったりしねぇよ!」


 どうにか咀嚼したディーダの語気が荒い言い訳は、下手をすれば八つ当たりだ。

 が、ノインは慣れているのだろう。特に気にした様子もなく、むしろバカにするようにフッと笑う。


「何言ってんの。現に今、かなり困ってたじゃん。泣きながら言われても説得力ないよ」

「うっせぇ、泣いてなんかないわっ!」


 言いながら目元をごしごしと擦っている時点で、最早強がりでしかない。しかしノインは興味を無くしたのか、それ以上の追撃はせず「ふぅん? まぁ別に、好きに食べたらいいけどさ」と会話を投げて自分のジャガイモに向き合う。


 あぁはならないように気を付けよう。

 ディーダの失敗を教訓に、私はちゃんとジャガイモをきちんと真ん中から割って、息を吹きかけ、思い切ってパクついた。


 冷えていた体に、程よい温かさがとても優しい。

 咀嚼すれば簡単に口内で砕けたそれは、おそらく調味料の類を使っていないのだろう。仄かな甘みの優しい味だった。


「……おいしい」


 ホッと息を吐くかのような小さな感想が口から洩れた。

 ディーダがフンッと鼻を鳴らし、ちょっと馬鹿にするように言う。


「大袈裟だな、お前。こんなの普通のジャガイモだろ」


 そう言うわりには、彼の手元には既に元の半分以下になったジャガイモがある。

 まるで説得力がない。彼の子供らしさを見て、思わずフフフッと笑ってしまうと、おそらくバカにされたと思ったのだろう。カッと頭に血を昇らせて、叫ぶように言い訳を重ねる。


「べっ、別にこれは、単に腹が減ってただけで!」

「あー、まぁ確かにさっきの腹の音、かなりすごかったもんね」

「うるせぇノイン、黙ってろ!」


 吠えたディーダに、ノインが楽しげな笑い声で答えた。


 きっと普段からこんな感じなのだろうな。彼らの仲良しな日常が透けて見えるようだな、と思った。

 二人とも同年代に見えるけれど、年子の兄弟か何かだろうか。いや、見た目にはあまり似ていないから、もしかして。


「お二人は、ご親戚か何かなのですか?」

「あぁ? 何でそんな話になるんだよ」

「何というか、雰囲気的にそうなのかな、と」


 私のそんな言及に、ディーダの眉間に皺が寄る。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る