Column.4 いや、あんた「そういうの」じゃないでしょう

~Julia's story~



 咲良が何の目的で私をランチに誘ったのか謎だと感じていたが、なるほどおそらく、この間上原さんとの飲み会に私を誘わなかったことに負い目を感じていると見える。話した内容も大変お粗末なもので、今までありとあらゆる先輩方に散々聞かれたような陳腐な質問を繰り返した上で、取り繕ったかのように小学生時代の話を振ってきたのだった。

 それにしても、よく小学生の頃の話なんて口に出せるよなあ、と感心する。私が咲良の立場だったら、あの頃の話なんて忘れたいだろうし、口にも出したくないだろうし、なんなら、私に話しかけるなんてこと、絶対に避けたい。





 自分で言うのもなんだけど、私は小学生の頃、クラスの中心にいた。一方で咲良は、教室の端で分厚い眼鏡をかけ、本を読んでいるふりをしながら、クラスの動向を観察しているような女の子であった。案外おどおどした印象はなかったけれど、彼女はかなり友だちが少ないようであったし、担任にもしょっちゅう怒られていた。


「そんな小さい声では、誰にも意見を聴いてもらえないぞ」

「こんなにいい天気なのに外で遊ばないなんて」

「どうして皆の輪の中に入っていかない?」


 普通、咲良みたいな地味な生徒のことなんて教師はついつい忘れてしまうものである。しかし、私たちの五、六年の頃の担任の矢代先生は、咲良のことを執拗に気にかけたのだった。咲良は確かに大人しい子どもであり、積極的に発言をする方ではなかったけれど、授業中に指名されて口を開くときは決して声が小さい方ではなかったし、半ば言いがかりみたいな理由で注意を受けていることもあった。最初、彼女がどうしてそのような目に遭っているのか分からなかった。大人しいだけで、無害なのに。授業中におしゃべりをする女子のグループよりも、先生の発言にイチイチ突っ込みを入れようとする男子よりも、よっぽど無害なのに――

 その理由に思い当たったのは、転校してから一か月も経たない頃だったか。男子が彼女を呼ぶときの「秀才清水」「天才清水」というあだ名を聞いたのだった。咲良は、とても頭の良い子どもだった。そして、そんな彼女は周囲の児童たちよりも大人びていて、担任のことすら、どこか冷めた目で見ているように感じるときがあったのだ。

 そのことを知った私は、無性に腹が立った。何よ、頭が良いって。先生にまで目を付けられるほど頭が良いって、どういうこと? そんなわけないじゃない、私が一番に決まっている。前の学校でだってそうだった、私はいつも一番成績が良くて、顔も可愛くて、リレー選手にはなれなくても、学芸会では必ず主役で。全部一番だったんだから。今に見ていなさい、私がどれだけ賢いか皆に分からせるんだから――

 心の中に灯った炎は徐々に、徐々に大きくなっていく。だからあの頃、咲良に教室で話しかけられたときも、あまり愛想のよい態度をとれなかったことはよく覚えている。





 ランチの後、オフィスに戻ると同期の男性に声をかけられた。


「さっき、企画部の先輩と外行ってた?」

「いや、清水さんっていう、商品開発部の人。となりの部署だよ。まさか知ってるの?」

「直接は知らない。だけどあれだろ、幼馴染なんだろう? いいよなあ、頼れる先輩が知り合いだなんて」

「清水さんは頼れるって感じじゃ――」

「あと、可愛いし、おしゃれさんだよな。先輩に業務外のこと相談するのって勇気要るけど、幼馴染なら気軽に相談できるじゃん、『オフィスカジュアルってどんなん着ていけばいいんですか?』みたいな」


 ふいに、あの頃と同じ気持ちが芽生えたのを感じた。――どうして、私が咲良なんかに服やファッションのことを相談しなきゃいけないの? 咲良は、子どもの頃はいつも色あせたトレーナーや毛玉のついたジャージを履いていて、髪の毛に寝ぐせが付いていても平気そうだった。今でこそ多少は化粧をするようになったり、パーマをかけたりするようにはなったみたいだけれど、貧乏な男性ウケ重視って感じの地味なコーデ、私は耐えられない。私は、子どもの頃からいつもおしゃれ番長と言われ続けていた。中高時代、クラスのみんなは私の制服の着こなし方を真似したし、大学生時代も何度か雑誌やインターネット記事でファッションスナップを掲載されたこともある。――これだから、何もわかっていない男は。

 私は同期の男性の言葉を無視し、自分のデスクに戻った。――ランチ一つで、よくこれだけ不愉快な思いができるものだ、とあきれる。



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