Chapter 1-1

 寝ぼけ目をこすり、扇空寺京太せんくうじ きょうたはその場で大きく伸びをした。

 ここは彼の通う高校の屋上だ。昼休みと放課後は、ここで惰眠だみんむさぼるのが彼の日常となっていた。


「あ、起きた起きた。ちゃんと寝れたー?」


 頭上から聞こえてきたのは、クラスメイトの少女・神埼空かんざき そらの声だった。

 ボブカットの髪をふわりと揺らし、中腰の姿勢で京太の顔をのぞき込んでいた。


 京太は彼女の質問に頷く。


 快晴の空には春らしく穏やかに雲が流れていく。気温は暖かで、桜の散り切った五月半ばである今、風は爽やかに吹き抜ける。


 京太はむくりと起き上がり、立ち上がって首の関節を鳴らす。


「空、今日すき焼きにするけど食いにくるか?」

「え、いいのー? 行く行くー!」

「よし、んじゃ、紗悠里に連絡しねぇとな」


 京太はスマホを取り出して電話をかける。

 数度のコール音がしたあと、馴染みの声が聞こえたので来客があることを伝える。


「紗悠里、今日は空も連れて帰るからよ、準備の方は頼むぜ。……ああ、んじゃあな」


 電話を切って、さて、と京太は一息吐く。


「晩飯までどうすっか」

「んー……。もっかい寝るー? 膝まくらしたげよっか?」

「お、そいつぁありがてぇ。んじゃ、早速……」

「待てぇい! そこのフジュンイセーコーユーの常習犯どもー!!」


 京太が空の膝を借りてしっぽり始めようとしたその時だ。

 颯爽さっそうと、ビシッと指を差してくる女生徒が現れた。

 小柄な身体、ツーテールにまとめた長い髪が特徴的な、まるで小動物のような少女だ。


「なんだよ、お前か。せっかくいいとこだったのに邪魔すんじゃねぇよ」

「あ、ちょ、真面目に聞きなさーい!」


 ぷりぷりする彼女を無視して、京太は寝転がろうとする。

 彼女は風代朔羅かざしろ さくら。小学生にしか見えないが、れっきとしたであり、京太たちのでもある。


 空も空で、そんな二人のやり取りはどこ吹く風。朔羅に向けてにへらっと手を振る。


「朔羅ちゃんこんちはー。今日もかわいいねー。VF-31Cのガウォーク形態並みにかわいいよ」


 いや、まったく意味がわからん。


「そ、そうかな? で、でへへ」


 お前もそれで顔赤くすんな。


「どうでもいいけどパンツ見えてんぞ」

「朔羅パイセン、相変わらずパンツがドスケベ過ぎる……!!」

「うぇひぅっ!?」


 ふわりと見えていたのはピンクなのか黒なのかよくわからないアバンギャルドな色合いの布地だった。

 慌ててスカートを抑える朔羅。違う意味で顔を真っ赤にして、今度は拳を振り回してくる。


「さ、朔羅ぱーんち!!」


 しかし渾身のパンチも、京太が先に彼女の頭を掴んだだけで届かなくなってしまう。

 ぐるぐると腕を振り回す朔羅の後ろから、別の女生徒の声がする。


「朔羅。またペース乗せられてるわよ」

「うぇい!? な、なぎさ! これはち、ちゃうんびゃよ!?」


 朔羅は、背後からの冷ややかな声に背筋を立てて、壊れかけたブリキのおもちゃのような動きになった。噛んでる噛んでる。めっちゃ噛んでる。


 朔羅の後ろから現れたのは、眼鏡を掛けた落ち着いた雰囲気の女生徒だ。生徒会の腕章を付けた彼女こそ、この学校の現生徒会長、穂叢ほむらなぎさだ。


 腕組みをしたまま歩くので、その上に乗った一部分がたゆんたゆん揺れる。ばいんばいんと言ってもいいかもしれない。


「京太ー。見過ぎー。なぎささん、多分なんとも思ってないと思うけど見過ぎ」


 完全にバレてた。


「扇空寺君、友人の色恋沙汰にあまりとやかく言うのも野暮だけれど。あまり目立たないようにしてもらえるかしら」

「へいへい、そいつぁ結構」

「今日もあいかわらず、賑やかですねぇ」

「水輝」


 そこへなぎさに続いて現れたのは、人の良い笑顔をした、金髪碧眼の美少年だった。

 この月島水輝つきしま みずきという少年、京太とは昔馴染みの間柄である。


「ま、そんじゃ、帰るか。みんな今日の仕事は終わりなんだろ?」

「あっ、そうそう! だから迎えに来たのにいちゃついてるんだもん、羨ま……じゃなくて!!」

「なんで急にキレてんだ、お前。あ、そうだ。晩飯決まってねぇならウチで食ってくか?」

「え、いいの!? やったぁ!」

「――朔羅。今日は予定があるでしょ」

「僕も今日は済みません」

「そっか。ま、しょうがねぇな」


 そうして彼らは、それぞれの帰路に就くのだった。

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