エピローグ 息吹

  


 僕と彼女のあいだにある

 ──息吹いき


 今日も隣で安らかに寝つく彼女に、僕は安堵する。

 以前、不眠に悩まされていた僕は彼女のおかげでいつの間にか普通に眠れるようになった。

 それに今や、子ども達もいてくれる。


「ぅん!」

「!」


(息が漏れただけか……かわいいな)


 僕の眠りは相変わらず浅い。何かあると直ぐ起きる癖も治らない。良いのか悪いのか、でも眠剤に頼っていた頃に比べればマシだ。


「ん……」


(今日は息漏れが多いな─、疲れてるのかな? ふふ、笑み付きが艶っぽいな)


 僕の彼女は子どもを生んだにも拘わらず体型も顔の瑞々しさも、何一つ変わらない……と、思うのだが。

 本人は目皺が増えたとか、シミがどうとかぼやき、顔の手入れを欠かさずしている。


(女性って大変だな)


 横にある寝顔に安堵するも、僕の心臓は違う高鳴りを見せる。


(……犯したいなぁ)


 彼女こいつは「奥さん」になっても僕にとってはまだ「彼女」だ。以前、彼女がよくぼやいていた通り僕は、エロ魔人らしい。

 彼女にまだ触れ溺れたい。しかし、そうもいかない現実の歯痒さが身に染みる。子ども達が寝入るのを見計らい蜜事に入るが物足りない。もの凄く彼女こいつを貪りたい。


(致し方ないかぁ、チビは授かり物だからな)


 昔のようにりたい放題とは……。


(うんうん)

 と、納得している僕の横で、のそのそと心地よい感触が動く。

 

「……あれ? 寝ないの」


 眠そうな彼女は瞼をこすり、僕に擦り寄る。


「いや、寝るよ」


 僕がキスをすると返してくれる、そんな彼女が好きだ。


「明日は久々に二人だね」

「うん、ふふ大丈夫?」

「大丈夫。四人の古参方がちび達見てくれるから」

「ふっ、あの子達リュックにおもちゃ詰め込んでたわよ」

「かわいいな」


 小さいながらも自分のしたいことをきちんとするあの子達が可愛いと思うのは、親バカ?


「今、あの子達の事考えてる?」

「あれ、わかった?」

「うん、顔に出てるもの」


 目元を緩ます奥さんに僕は相槌をうつ。微笑する彼女に僕は見惚れた。


「ミニ怪獣共は起きてこないよね?」

「どうして」

「僕のが我慢できない」

「こら、つまんないッぁ─ん!」


 この先も僕は彼女に飽くことはない、肉体の繋ぎも心のつなぎももっとより深く……。


 その日の夜。久々に甘い閨を、まったり過ごした。


(うぅ体が重い。昨晩激しぃ、じゃなかった……!)


 目を開けると、息子のくりんと澄んだ黒い瞳に僕は嚇された。

 いつからいたんだろう。僕の胸の上でおもちゃの剣を振り回し、頭を何回か小突いていたらしい。


「えいっ、えい」

「イタッ……、痛いよ、おはよう」


(柔らかいおもちゃで良かった)


 挨拶を交わすとチビ助の体がふわっと、浮いた。僕は「ん?」と考え、訊き慣れた笑い声を耳にし上半身を起こした。


「息子の……裸より、奥さんの裸が見たかったなぁ」

「あ”?」

「冗談だよ。今度いつ孫が出来るんだ。楽しみだな」

「まったく! いつだろね?」

「ほぉら、ちび。おまえのパパすっぽんぽんだぞ?」

「すっぽんぽ─ん!」


 父さんの口調をマネし、はしゃぐ息子がいる。僕はその無邪気な反応に頬を緩めた。


「何勝手に寝室に居るのさ」

「だってなぁ、騎士さまがパパ、パパ言うから」


 我が子を肩車する父は僕の知る父とは違い、鼻の下を伸ばしでれでれしている。父は爺になると孫に甘いとは訊くが、本当にそうらしい。

 だって目前の父は孫に骨抜かれ、威厳も何もへにゃらとしていた。


(丸いなぁ。僕の小さな時もあんな感じだったのかな? 何にせよ喜んでるからいいか)


 僕は二人を直視し額に手を当て、ふむりと笑んだ。完全に布団から出ると、父からある衣装が渡される。


「ほら寝坊助、着替え」

「ありがとう」


 父さんから受け取ったその服は……。


「うむっ、馬子にも衣装だな」

「馬子って─、うんいいや。さん驚いてた?」

「おお! 煌びやかな目ん玉がいつも以上にくりりとな」

「それは良かった。サプライズの甲斐あったよ」

「あれは泣くぞ?」

「どうかな? だと嬉しい」


 渡された服を着終えた僕に息子は「パパ、おうじ!」と首を傾げ、長い睫毛をパチパチ何回も瞬かせた。


「カッコイイ?」

「うん、でもヘン」

「変か、ふふ。おまえも大きくなったら多分着るよ?」

「え~どろあそびができない」

「しなくていいよ」


 どうやら、おちびちゃんは余所行き服を着せられた際、叱られる言葉が頭に焼きついてるらしい。

 感心、感心─と、思っているともう一人、小さいのが現れた。眼の前のお姫様に僕はにこりと綻んだ。

 双子は本当に似ている。でも僕の所は性別が違うので助かっている。


「パパ~、おひめさまいるよう?」

「お姫様? キミではなく?」

「うん、キレイなの!」

「それはそれは」


 ネクタイを結びつつ僕は娘の言葉に、頬を緩ます。

 僕を眺め、普段と違う格好に目を輝かす娘は息子と同じことをぼやいた。

 

「パパおうじ?」

「そう、王子似合う?」

「ヘンなの~」

「変?! ママはお姫様なのにパパは変なの?」

「う~んねぇ、しろいおうまは?」

「馬?!!」


 わが家自慢の宝物はおっとりさんとはつらつさんに分かれている。


「キミもママとお揃いお姫様だ。かわいい」

「へへへ」


 白いパーティードレスを着る娘のスカートレースがフワフワ、足を動かすたび小刻みに揺れる。

 ちょこちょこした動きがお人形みたいだ。


(かわいいな)


 この歳の子どもは着せ替えが楽しめて嬉しい。奥さんも喜びながら服を選び着せている。

 特に女の子は可愛い。大きくなったら奥さんに似て美人さんかな、なーんて父親の色眼鏡か。


「さて、お姫様ママを待たしては怒られるな」


 僕はチビ達を両腕に抱え、着替えを済ませた彼女の元へ向かった。

 リビングで腰掛けるウエディング姿の彼女に僕は、心がときめいた。

 そんな年甲斐もなくと思われるかもだが本当に目を奪われた。頬の色は化粧チークで判らなかったけど、照れているんだとすぐ僕に伝わった。


「二人で……出掛けるんじゃなかったの?」


 僕を見るや奥さん彼女は立ち上がり、裾を踏んだ。


「危ない!」


 僕は子を腕から降ろし、急いで彼女の身体を受け止めた。

 僕は彼女に心酔している。腕に抱いた瞬間、美しい花嫁に理性タガが弾けた。


「ヤバッ」

「なに?」


 僕は周囲を物ともせず自然に、口づけを交わした。


体外たいぎゃいにしやぁ~せ」


 僕は母から、後頭部にきつい拳骨を一発食らった。


「!!」

「!」


 僕と彼女は赤面し、母はツノを出し父は呆れた。彼女の親御さんもこちらを見て、溜息混じりの笑顔を僕に向ける。


「もう! バカ」

「だって、我慢が」

「もう! そんなことするからほらっあそこ!!」


 彼女の指差す方を向くと、僕たちの双子が愛らしいキスを交わしていた。


「かわいいじゃないか」

「あんっ可愛いけど! あれ、外でしたらどうするのよ」

「あぁ~!」


 綺麗なお嫁さんに叱られる小さな吾子二人は無邪気に微笑み、互いが見つめ合うと「チュッ」としていた。

 奥さんは怒るも周りは「可愛い」と、和む。


「これは暫く続くぞ?」

「うん、可愛いから僕は許すけどね」


 破顔さす父の横で僕もにんまり口角を上げた。すると「コホ、ン、ン」と、僕に言いたげに小さく咳き込む奥さんが視界に入り込んだ。


「あなたは本当にっ」

「まぁまぁ、可愛いからいいじゃない。それより写真撮ろうよ、公園で」

「もう!」


 笑う僕らはさておき、少々ご立腹な奥さんは両親に促されていた。


(父さん、泣くどころか叱られたよ)


 外の桜は満開の時季。


 白い花びらは陽に透かされ薄ピンクが溢れ、ひしめき合う情景ある。

 彼女と出会い何回もの四季を、逢瀬した公園。


 行き交う人や、雑談、遊びで賑わう彼等は僕らを注視するや、祝福の賛美を手向けてくれた。若い子達には写真を仕切りに強請られ、忙しくも愉快だ。

 新しい門出とは大袈裟だが、僕たち家族の新しい記念日が出来た。


「桜、綺麗だけど。もう見納め」

「うん、その前に来られて良かった」


 花散り舞う。その風に吹かれ、ウエディングベールを揺らし、美人顔を上げる奥さんがいる。

 僕は心情を搦め捕られ、いても立っていられない。


「……!」

「……もぅ……そういうこと──」


 照れる花嫁の頬は化粧をしていてもほんのり、桜色に。

 僕たちを彩る景色と同じだった。


「綺麗だ、このまま時間が止まれば良いのに」

「ダメよ。時は動いているから綺麗なんでしょ?」


 彼女にイッポン──、られた。


 僕と彼女のあいだにある色々な思い、想い出。

 これからも色々な季節を、数々の景色を捉えていくのだろう。


「今日で節目の十年目」

「あらっ、覚えてたの」

「うん、僕が告白した日だもの」

「……もしかして衣装コレはそういう?」

「うん、式挙げてないし、僕なりのなんだけど」

「呆れた」


 惚け顔の奥さんからキスされた。いつもなら「恥ずかしい」とか「外でするモノじゃない」などと、散々怒鳴る奥さんが。


「(──!)心臓が止まった」

「ふふ、ふっ。たまには?」


 一瞬だけど僕の時間が止まった。


「さて、おちびちゃんは預けたからこれからは二人の時間。まだあるわね?」

「そうだね。どこに行く?」


(この先は幸せハッピーでもなくだからといって不幸バッドでもなく……)


 どんな終わりがあるかなんてそんなもの分かりゃしない。ただこの先なにがあっても彼女と伴に、僕は歩むだろう。


 僕と彼女のあいだにある様々な時間、折々な四季を。


 ……ずっと巡りたい。





◆◇◆ ◇◆◇ご挨拶◆◇◆ ◇◆◇

 今までご愛読ありがとうございました。これにて「息遣い」終演です。

 本当に沢山の方々に応援され支えられ、このように終わらせられたのはうれしいです。

 もし、番外編を書くことがあればまたお付き合いください。

 

 本当にありがとうございました。

           珀武 真由  

◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇ ◆◇


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息遣い『僕と彼女の四季巡り』 珀武真由 @yosinari

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