第6話「因果」

 視界に広がるのは、限りなく深い闇だった。


 頭の先からじんわりと世界が遠のいていく。


 テレビの音さえ異次元から頭上に降り注がれているようで、夢の中で聞こえているようだ。


 吸っても吸っても空気は喉で詰まり、悲鳴をあげることさえできない。


 滞った血流が脳内で爆発しそうだ。


 最後にわたしが見た彼の顔は、わたしの目の前にあった。


 目を見開いて歯を食いしばりながら、全体重をわたしの首に掛けた両手に乗せていた。


 ああ、そうか、わたし、死ぬんだ。


 人生の罰が当たったんだな、きっと。


   ◇


 高校の頃、クラス内でのいじめを見て見ぬふりをした。


 自分が標的にされたくなかったから。


 結局、主犯格の子もいじめられていた子も命を落とした。


 彼女らを殺したうちの一人なんだ、わたしは。


 

 短大生の頃、アルバイト先のコスプレカフェのメンバーで地下アイドルの活動をした。


 アルバイト代やアイドル活動のギャラだけでは満足いかず、ファンに手を出して金品を貢がせていた。


 献身的なファンたちのおかげでアイドルとしてひと花咲かすことができたけれど、熱愛が発覚した時には世間を騒がせてしまった。


 大事になりすぎて、わたしは芸能界を引退。相手とも縁を切った。


 今でも彼は、後遺症に悩まされているけれど。


 

 

 アイドルを辞めてから、経済的に苦しくなった。


 だから、地下アイドル時代からのファンに声をかけ、養ってもらうことにした。


 彼と生活を共にするうち、男の子供を身ごもった。


 それを伝えると、彼はわたしの前から姿を消した。


 わたしには父親もおらず、母も家政婦の仕事の中で事故に遭って他界していた。


 身寄りもなく、経済的に自分のことだけで精いっぱいだったわたしは、堕胎した。


 うっすら人間の形になりかけていたそれを殺してしまった罪悪感に苛まれ、自暴自棄になった。


 そうして、思い至ったのが、彼への復讐だった。


 復讐のためには整形をしようと思った。


 だからに死に物狂いで働いた。寝る間も惜しんだし、やりたくないような仕事もやった。そんな時、元アイドルの肩書は強かった。


 そうして彼への復讐を遂げたところまでは良かったのに。


   ◇


 ぎりぎりのところで意識を保っていても、ふと生きることを諦めれば帰って来れなくなりそうだった。


 どれだけ抵抗しても、男性の力には敵わない。喉が嫌な音を立てて潰れていく。


 たぶん、もうダメだ。


 この後、わたしがどうなるのかわからない。


 土に埋められるかもしれないし、燃やされるかもしれない。


 はたまた湖の底に沈められるかもしれない。


 これは、わたしのせいで命を落としたりひどい目にあったりした人たちからの罰なんだ。


 それなのに、自分だけが苦しんだと思っていた。復讐なんてしなければ良かった。


 そうすれば、こんなことにならなかったのに。


 幸せになりたかったなあ。


 幸せになりたかったなあ。


 幸せになりたかったなあ。

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復讐者 もり ひろ @mori_hero

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