第12話 本当に些細で臆病な幸せ

おじさんと、智がダブル退院した。

サラの帰国も一週間後に迫っている。

結局退院するまで、おじさんからは何も言ってこなかった。

確実にサラが自分の娘だというのは分かっているはずだし、心の整理つくまでと思ったが、やはり会う気はないのかと思った。

ならばこれ以上の追及は双方を悲しませるから、もうあたしとしては何も出来ない。

ではサラはというと、思ったほどショックを受けていない。

サラにとって一番怖かったのは。

パパに露骨に迷惑そうな顔をされて、辛辣な言葉や、サラやサラのママに対する、一欠片の愛もないよいうな言葉を聞かされる。

それが怖かった。

だから会ってみれば良いおじさんで、いや会うなんてことではないか。

見たという程度、それでも傷つくこともなくパパを見ることが出来た。

ただそれだけで満足している。

そんなサラが、かわいそうで仕方が無かった。

だってサラは夢見ていたはずだ。

パパに抱きしめられて、優しい言葉をかけてもらう。

たったそれだけのこと。

そんな程度すら、サラは与えてもらえず、それなのに、パパは良い人だったなんて言っている。

そんなサラがかわいそうを通り越して、憐れにさえ思える。

でも、もう何もできない。

おじさんは、最後の均衡を保って。

名乗らなかった。

もしこれ以上のことをすれば、その最後の均衡が崩れるかもしれない。

そしたらせっかく満足だとサラが自らの心を偽っているのに、その均衡すら壊してしまうかも知れない。

いやここまでで、おじさんが、名乗りで無かったことを考えると、本当にこれ以上のことをすれば、双方の均衡を壊してしまう、それだけは避けなければ。


サラが帰国する日がやってきた。

あたしは空港まで送って行った。

チエックインまではまだかなり時間があったので、どこで時間を潰そうかなと思ったけれどサラは展望デッキに上がり、飽きずに眺めている。

なんか飛行機が見たいなんて、子供みたいだなと思った。

「飛行機が見たいなんて男の子みたいだね」

「違うよ、この街を見ていた」

サラはこともなげに楽しそうに言う。

違うのだ、サラは飛行機の離発着を見ていたのではなかった。

それはもう来ることのない名古屋をその目に焼き付けようとしていたのだ。

まあセントレアだから、名古屋とは言っても、という感じだけれど、最後だから、サラの好きにさせた。


サラには最後にここで一番高いご飯を奢った。

そして売店をながめていると、智から電話が入った。

智は今日は就活絡みの予定で外せない、最も、暇だからといって、サラの見送りにこさせるのもどうかなという感じだけど。

無論智がくるというなら別だけど。

「どうしたの、今サラと二人で展望デッキだよ」

「大変だ」

「えっ」

「今サラちゃんのパパから電話が入って」

「うん」

「サラちゃんへの手紙が送られてきた」

「なにそれ」

「手書きの手紙を写真にとって。SNSで送って来た」

「なにそれ」

「とりあえず転送する」

「うん」


あたしは複雑な思いで読んでみた。

最後まで読んで、

だったら。

という言葉を心の中何度も叫んだ。


「サラ」

「うん」

「パパから手紙が届いているよ。読む?」

「えっ、本当に」とサラはとても嬉しそうだった。

私は智からもらった写真のデーターをサラに見せた。

「ごめん。紗羅」

「どうしたの」

「読んでもらっていいかな」

「ああ。そういうこと。了解」そういってあたしはサラのパパの手紙を読んだ。

そしてわかりにくいところを解説してあげた。

先入観とかあたしの思いを入れないようにするのは、かなり大変だった。

ともすればサラのパパの悪口になってしまう。



サラへ


サラ、よく聞いてほしい。

今回は本当に済まなかった。

私がお前のパパだよ。

はじめに紹介されたときはそんなこと微塵も思わなかった。

次に何処から来たかを聞いて、もしやとも思ったけれど、そんなことあるわけないと思った。

そして君の身の上を聞いてもまだ半信半疑だった。

だってそうでしょう、あまりに偶然が重なりすぎる。

怪我をして、たまたま入院した病院に、フィリピンに残して来た娘が研修に来ていて再会出来るなんて。

まるで一生分の幸運を使い果たした気分だった。


だってそうだろう。


サラが日本に来ている時に怪我をして無かったら。

サラには逢えなかった。


サラが看護師の研修をしていなかったら。

サラには逢えなかった。


サラが研修をしている病院に担ぎ込まれ無かったら。

サラには逢えなかった


隣のベットに智くんと、紗羅さんがいなかったら。

サラには逢えなかった。


紗羅さんがフィリピンとのハーフで無かったら。

サラには逢えなかった。


でも。

もう疑わない、サラ、お前は私の娘なんだ。

パパは神様が会わせてくれたと思う。だから。

ここはサラが言うように。ハレルヤプレイスなんだ。


本当は名乗り出たかった。

「サラ」と言って抱き締めてあげたかった。

何処かに連れていってあげたかった。

美味しいものをたべさせてあげたかった。

ママの話を聴きたかった。

でも同時に僕は尻込みをしてしまった。

日本にいる家族、それもパパにとっては大事な家族なんだ。

本当に大事な家族なんだ。

でも信じて欲しい。

パパはママのことを本当に愛しているんだ。

そしてサラのことも。

でも日本にもパパには家族がいる、どちらも大事なんだ。

どちらかを選ぶことがパパにはできない。

なんて勝手なことをと、サラは言うかもしれないね。

でもそれが今のパパなんだ。

本当に申し訳ない。

今回はサラに名乗ることができなかった。

でもサラが本当にいい娘に育ち、頑張って生きて来たこと、そははよくわかった。

今回は名乗り出られ無かったけれど、サラのことは愛しているよ、もちろんママも、決してサラとサラのママのことが、邪魔だとか、そういうことではない。

いつか必ずサラとママに会いに行くよ。

それまで元気で体には気をつけるんだよ。



愛する娘。サラへ




サラは黙ったままどこか遠くを見つめていた。

まあ、おざなりというか。

どっちつかずの、当たり障りのない手紙ではあったけれど、おじさんが悪い人ではないというのはわかったし、サラを無視したり、遠ざけたりということはしなかった。


まあ、最悪の出会いでは無かったとしておこう。


でもひどい手紙だ。


おじさんとしては最大限のことをしたということなんだろう。

そこについては評価はするけれど。

ひどい手紙だ。


でもサラは違っていた。

ポロポロ涙を流し、泣いている。

あたしは、こんな手紙に騙されちゃだめだ。

なんて言葉は言えなくなった、サラにとって、それは明らかに歓喜の涙だ。

やはりここは、この名古屋は、サラにとってハレルヤプレイスなんだとおい知らされた。


解せないものを感じつつもあたしはサラをひっぱって写真を印刷できるところを探した。今はコンビニのコピー機でプリントできる。

サラはそんなあたしを驚きながら見ていた。

「そんなことができるんだ」

「現物は、郵便で送ってあげる」

「ありがとう」その言葉は、今までにないくらいの感謝に包まれていた。

こんなものとは思ったがサラがそんなに嬉しがっている姿は単純に私も嬉しかった。

そして智の言葉を思い出した。


サラちゃんがどう思うかだろう。それが幸せなら、水をさすことはない。


そうだサラは今、幸せなんだ。

こんなにも、些細で、臆病な幸せなのに。

それでもやっぱりサラにとっては幸せなんだ。

ならそれでいいのかも知れない。


そしてサラは、帰っていった。

あたしはサラの乗った飛行機が 飛び立ち、見えなくなるまで、展望デッキにいた。

そして

「サラ。また来るんだよ」と呟いて。大きく手をゆっくりと、

何度も。

何度も。

振った

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ハレルヤプレイス 帆尊歩 @hosonayumu

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