3章 AIでしか絵の描けない国

26話 異世界に行こう!


拝啓


 非実在の親父殿、母上殿。変わらずお過ごしですか。

 東京の街は酷い有様です。


 東京はラスコーが書記長拉致のために陽動で行ったインフラ攻撃から、まだ完全に立ち直れていません。水道水は茶色に濁ってるわ、スーパーに生鮮商品が入らないわ、時たま停電するわで迷惑この上ありません。

 しかも、市民の生活は不便になっているのに治安維持の警官だけは街中に大量に動員され、ステインとしての活動が更にやりにくくなりました。理日田のおっさんは俺に捕まって欲しいんでしょう。きっと俺のことが嫌いなんだ。


 この惨状を打開すべく、警察には一刻も早くラスコーを捕らえてほしいのですが、テロリストたちへの尋問も上手く行っていないようです。捕らえたテロリストたちは大した情報を持っていなかったり、意味不明なことを言うばかりでお話にならなかったり、相棒がこんがり焼いて現在も集中治療室にいたりと、どうしようもありません。いっそ拷問でもしたらどうか、と理日田のおっさんに言ったら


「私の目の黒いうちはそんなことはさせん。そもそも苦痛によって引き出した情報には信頼性がなんちゃら」


 と説教をくらいました。やっぱりおっさんは俺のことが嫌いなんだ。


 とはいえ、与えられた仕事はこなさなければなりません。この国の治安を守るべく、不肖鍵巣ヒオリ、粉骨砕身の思いで仕事に臨みます。どうか架空の親父殿と母上殿には応援していただきたく存じます。


標準歴2044年 11月1日 鍵巣ヒオリより


フィクションの親父殿、愛する母上殿へ


追伸

 ところでこの手紙って書く意味ありますかね。悩める息子に虚無な両親からのアドバイスをお待ちしています。


 ◆


「こんな仕事辞めてやる!」


 ステインの衣装に身を包んだヒオリは中野区のアーケード街で叫ぶ。日がほとんど落ちた夕方の商店街をステインと、それを追う十数人の警官が駆けていた。


「止まれステイン!」

「逃げるなゴラァ!」

「皆さん伏せて!」

「発砲開始!」


 警官たちの怒号と共に銃声が響き、警官の拳銃から発射されたゴム弾がヒオリの背を容赦なく叩く。


「痛たっ! 痛てっ! やめ! やめて!」


 逃げながらも懇願するが警官たちは追撃の手を緩めない。ヒオリは大型の商業施設の中に逃げ込む。かつて「オタクの九籠城」と言われたこの商業施設ブロードウェイも、かつての大規制の影響で寂れ、店舗は軒並みシャッターが降り無人地帯になっている。ヒオリは警官たちを中に誘い込むと、小型の吸着機構のある爆弾を天井に投げ起爆させた。

 小規模な爆発が天井を破壊し瓦礫の山となって警官たちの行く手を遮る。


「はっはー! ざまぁねぇぜ!」


 ヒオリは背後の警官たちを嘲笑いつつ追跡から逃げおおせる。しかし、よそ見をしていたため道路に飛び出し、


「ぎゃっ!」


 自動運転の配送トラックに轢かれ死んだ。


 ◆


「大人は噓つきだ」

『ヒオリ、どうかした?』


 自身を轢いたトラックにしばしの間引きずられたヒオリは、冷たい地面に倒れたまま、体が回復するのを待ちながら通信相手の草間に愚痴る。


「ライトノベルだと、不慮の事故で死ぬと異世界に転生して、色んなスキルでヒーローになれるって」

『……そう』

「しかもそこではダークエルフとか、ケモミミ娘とか、奴隷娘ちゃんたちとの美少女ハーレムを作れるって」

『……ヒオリ』

「なのにどうですか?! トラックに轢かれた俺がたどり着いた場所は高円寺の八百屋さん前! 周りにいるのは買い物に来たおばちゃんたち! 全然違うんですよ! ラノベ作家共は青少年をだまくらかす極悪非道の詐欺師集団だ! 許せねぇ! 今すぐ小説投稿サイトのアクセスログを――」

『ヒオリ、特殊広報活動はいったん終了』

「すいません。言い過ぎました。まだ存在を消さないでください。お願いします」


 ヒオリは目の前にいない草間に対し、地面に仮面を被った頭をこすりつけて詫びる。


『そうじゃない。長官からヨシュクシステムのエリア値に変動がないと連絡を受けた。効果がないため特殊広報活動は暫く停止になる』

「……どっちにしろ俺が悪い話じゃないですか。すみません」


 世間が持つステインへの印象は変わっていた。箝口令を強いていたはずの学校でのステインの戦闘の様子が外部に漏れたためだ。今まで自由のために戦っていた反逆者が紳士的だった『ラスコーの子ら』に牙を剥いた。その理由が当然公表されることもなく、ステインには体制側に転向した、という噂がまことしやかにささやかれるようになってしまった。

 今日ヒオリが大量の警察官に追われたのも、市民に敵と思われたからだった。警察の強引な職務質問から助けた市民に急所を蹴られ、悶絶していたところに増員されていた警察官たちが現れ追われてしまった。もはやステインは大衆のヒーローとしての役目を果たせなくなっていた。


『あの時のヒオリの任務は書記長の護衛だった。あなたの正体が露見する危険は冒せないし、ステインとして戦ったのは最善の行動』

「そう言ってもらえると、助かりますけど」

『今は次の動きに備えましょう。今から迎えに行く』


 通信が終わる。体が回復しきったヒオリはよろよろと立ち上がった。周囲の主婦が奇異の目を向けてくる中、その場を後にしようとする。


「あーみなさん、お騒がせしました。すぐ帰りますんで、はい」

「ちょっと、ステインさん!」


 主婦たちの内の一人から上がった声にヒオリは足を止めてしまった。


「聞いてたら、随分な物言いじゃない。確かに別嬪じゃないかもしれないけど、あんな風に悪しざまに言われたらいやな気分になるわ」


 あたりからは同意のざわめきが聞こえ始める。


「それはあの、言葉のあやというか……」

「それに高円寺うちのことも酷く言ってるじゃないか」


 ヒオリが倒れていた近くの八百屋の店員も目つき鋭くヒオリの言葉を非難する。


「いや、あんまこっち来ないから馴染みがないだけで悪く言ったつもりは……って痛ったぁ!」


 ヒオリを囲む群衆の一人が投げた缶詰が仮面越しに当たり、ヒオリは頭を押さえる。たじろぐヒオリだが、周囲の者たちはステインへの糾弾を止めない。


「うちらを馬鹿にすんな!」

「この差別主義者! 何が反逆者ヒーローよ!」

「くたばっちまえ!」

「痛たっ! ごめんなさい! 許してぇ!」


 ヒオリは高円寺の街で、恐ろしい形相を浮かべる地元愛溢れた群衆に、警官たちに追われるよりも長く追い立てられることになってしまった。

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