春と珈琲

 先輩の手は大きくて無骨な手だ。握ってもゴツゴツとしていて、柔らかくはなく、けれど私の手をすっぽりと包み込んでくれるから安心感だけは凄い。

「先輩の手、相変わらず大きいですねぇ」

 ほら、私の手が物凄くちっちゃく見えますよ。感嘆混じりに息を漏らしつつ、繋いだ手をまじまじと見つめながら言った。先輩はそんな私を見て「俺の手がデカいんじゃなくてお前の手が小さいんだよ」と笑う。その様子が、ひどく大きな男の人に見えて、少しドギマギする。一歳しか変わらないはずなのに、時々こうして先輩が大人の男の人のように見えることがある。何も変わらない、いつもと同じ、出会った頃からの先輩でいるはずなのに。ずるいな、と思う。私がどれだけ先輩に釣り合うように背伸びしてみても、先輩は微笑み一つだけで私の先を行く。私の心を揺さぶる。現に、不意に黙った私を見て心配そうに顔色をうかがってくる先輩は、眉を下げていて犬のように可愛いのに、それでもどこか大人の雰囲気を醸し出している。歳上というフィルターに通して見えているからかもしれない。それでも私よりずっとずっと大人になってしまったのだ、先輩は。心配をかけまいと笑う私を見て、安心したように笑う先輩の目が私を慈しむように、愛を叫んでいるように融けていることに気付いて。また先輩の甘さで溶けそうだ。むずがゆさから苦いものが欲しくなってきた。

「先輩、温かいコーヒー飲みに行きましょ。肌寒くなってきちゃった」

「近くに喫茶店とかあったっけか」

「それを今から探すんですよ!」

「つまりはお前にもわからないと」

 えへへ、と誤魔化す私を見て、先輩は仕方ないなと肩をすくめる。そんな会話をしながら歩いていると、近くの川にひらりと舞い落ちた桜の花びらが視界に入り、そろそろ春も終わりに近付いてきたのだと気付いた。こうして手を繋いで休日を共に過ごしている私と先輩も、あの桜のように人生のつかの間の一時としてこの日々を過ぎていくだろうか。将来、一緒にいなかったとして。「あの頃は私達ふたりとも青臭い子どもだったね」なんて笑い合うのだろうか。……そう思うとなんだか少し悲しい気がする。まあ、私と先輩は春の風や桜のように一瞬で過ぎ去るような関係でもなければ、思い出にもなるつもりはないけれど。春の夜のように居心地が良く、桜を運ぶ風のように自由な私達。それと甘い先輩に対する特効薬の苦いコーヒー。それさえあれば、私はきっと先輩とならどこへだって駆けていける気がする。先輩だって多分、そう思っているはずだ。

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