第三章「穿山甲」⑭

「扉が開いてる!」

 前を行く藍那が、石蔵の方を差してそう言った。秋人にもそれが見えた。ここからでもわかるほどに甘い匂いが漏れてきている。

「……これ以上はまずいな」

 藍那は足を止める。

「秋人君、予想以上に『月鱗』の気配が強くて、私はもう近づけない。だから、君に『苗床』の保護を頼みたい。石蔵の扉さえ閉じれば、この匂いも雨に流れるはずだから」

 保護、と藍那は言った。それは実質的には隔離を意味する。もう一度、魚月の周囲を閉ざせ、ということだ。

「あいつは……」

 秋人は何かを言い淀んだ。

「あいつの名前は……魚月といいます」

 それだけ言って、秋人は雨の中を駆けていった。

 それが『苗床』の子の名前なのか。

 もっと早く、聞いてあげればよかった。

 黒い雨雲がひしめく空。大粒の雨が打ちつけてくるのも構わず、藍那は天を仰いだ。

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