第16話「第二のお姉ちゃん襲来」
「ようこそいらっしゃいました。龍姫族の都、グルンダへ」
咳か出始めてから一週間。
俺は両親、メイドさんや執事そして魔王親衛隊の一部と龍姫族に会いに来た。
龍姫族の都はアスモダイ城から馬車で大体一時間で、馬車に乗るという体験はあまりなかったため最初の方は楽しかったのだが、それも最初だけで段々とケツが痛くなりまぁまぁ苦痛だった。正直今すぐふかふかのソファに座りたい気分だ。
ちなみに、今回クリスは同行していない。
彼女は俺も行くということで勿論同行するつもりだったのだが、直前で風邪を引いてしまったため残念ながら留守である。彼女が一緒であればもう少し馬車も楽しかっただろうが…。
「久し振りですね、エルガー」
幾人もの護衛を侍らせながら奥から偉い人と一目でわかる人がやってきた。
頭からは俺たち魔族とは違う形のツノが二本生え、背中には大きな翼、腰からは太い尻尾をぶら下げている。顔には深い皺が刻まれているが、佇まいからものすごい貫録を感じる。見るだけで無意識に背筋を伸ばしてしまうほどだ。こんなん絶対王ですやん。
「ああ、久しぶりだね、ヴァリュナ伯母さん」
彼女こそが、龍姫族のリーダー、ヴァリュナ女王らしい。
…ん?
「伯母さん?」
「ああ。以前言っただろう?僕の母親は龍姫族だと。彼女の姉が目の前の女性、ヴァリュナ伯母さんだ」
なんと。それは知らなかった。
魔王の伯母が龍姫族の女王とは。魔族と龍姫族が親密だったというのは本当らしい。
つまり、ヴァリュナは俺の祖母の姉か。祖母の姉ってなんて言うんだろうか…。
「全く、公的な場では伯母さんはやめなさい」
「いいだろう?それより貴女はフリッツとは初対面だろう?自己紹介を頼むよ」
「はぁ…」
ヴァリュナは飄々とするエルガーに呆れながらも、俺の方を見る。
「私はヴァリュナ・フォン・ブレスロード。龍姫族の現女王です。貴方の大伯母にあたります」
彼女は芯の通った声で自己紹介をしてくれた。
どうやら大伯母と言うらしい。
「は、はい。僕はフリードリヒ・リグル・アスモダイです。よろしくお願いいたします」
「ほぉ。エルガーと違ってこの子は礼儀が正しいですね」
どうやら俺の態度は彼女のお眼鏡に適ったらしい。
「しかし、子供が一人というのは退屈でしょう」
「いえ、お気遣いなく…」
「…驚きましたね。本当に七歳の少年なのですか?」
はっ。彼女のあまりの貫録に、まるで取引先にするような態度をしてしまった。
ヴァリュナは七歳の少年に「お気遣いなく」と言われた衝撃で目を見開いている。
「はは。流石は僕の子、と言ってもらっても構わないよ」
「はぁ…ここまで来ると本当に貴方の子か疑ってしまいますね…。まぁいいでしょう、あの子を呼んできて頂戴」
「はい」
ヴァリュナは彼女の護衛の一人にそう告げる。
彼女の取り巻きは全員男だが、彼女と同じようなツノや翼を持っていた。恐らく龍人族なのだろう。以前クリスが言っていた通り、龍姫族は龍人族を配下としているようだ。
「あの子?」
「ええ、まだ貴方も見たことが無いでしょう。私の娘の一人です」
「…ああ、あの」
娘の一人と言うことは彼女は多数の娘がいるんだろうか。と、言うか大伯母の子供ってなんだ。従姉妹…でもないよな。又従姉妹?
「ヴァリュナ様、お連れしました」
「ご苦労様。ほら、自己紹介を」
「は、はい」
その娘は、護衛の後ろから出てくる。
まず目を引くのは真っ赤な髪。深紅とも言えるその深い赤髪をツインテールにしている。キッっと上がった眦からは自信満々な印象を受けるが、彼女自体から受けるモジモジとした印象がそれにミスマッチしている。立派な一対のツノ、恐竜図鑑で見るような質感の翼に太い尻尾は彼女が龍人族に連なる者だという事を雄弁している。
身長は俺より頭一個半くらい大きいか。肩幅は意外とどっしりしていて、膨らみかけの胸、肉付きの良い太もも、少し荒れている両手。それらからは龍姫族のお姫様と言う文字だけを聞いて出来上がったイメージからは少し離れている気がする。
「は、初めまして!ヴェリーナ・フォン・ブレスロードです!」
彼女―ヴェリーナは少し緊張した様子で、しかし元気いっぱいに挨拶し勢いよく頭を下げた。
なんというか、あまり彼女の母親とは似ていないな。
ヴァリュナは見た目こそ老婆だがどっしりと構えていて視線が合うだけで緊張する女性だが、ヴェリーナは見た目は強気なツインテ女子だが動いている所をみると庇護欲が駆られるというか、放っておけない感じがする。
だがしかし、彼女の見た目から恐らく俺の年上だろう。
ふっふっふ。俺の『お姉ちゃん』センサーがビンビンに反応しているぜ…!
「ああ、よろしくヴェリーナ」
エルガーがそう言うとヴェリーナは頭を上げる。その時、彼女と視線があった。
「……!」
その瞬間、彼女は顔を少し明るくした。
な、なんだ。もしや彼女の弟センサーに俺が反応したのだろうか。確かに俺の弟力はクリスによって無理矢理高められているが…。
「それではヴェリーナ。貴女が遊び相手になってあげなさい」
「わ、分かりました、お母様」
ヴェリーナは俺の前までトコトコと歩いてきて、いきなりがしっと手を握った。
それはとても柔らかく……ない。それどころか少しゴツゴツしているような気がする。
「あたしの部屋へ行きましょう!」
「え?」
ヴァリーナは俺の返事も待たずにどんどんと歩き出す。強制的に俺は彼女に手を引かれる状態になった。
廊下をずんずんと歩くヴェリーナについて行っていると、執事のような恰好をした龍人族の男性と何人かとすれ違い、彼らは俺たちを視認するとその場で立ち止まり一礼する。
アスモダイ城はメイドさんの数が執事と比べ圧倒的に多いので何だか新鮮な気分だ。
前世はただのサラリーマンだった俺は未だにメイドさんや執事に頭を下げられるのに慣れることができていないが。
「ここがあたしの部屋よ!」
ヴェリーナに案内され部屋に入る。
最初に抱いた印象は、殺風景な部屋、だ。
彼女は龍姫族の長、ヴァリュナの娘。つまり王女だ。王女と言うくらいだからもっと豪華な部屋だと思っていたが、あまりそうではないらしい。
大きな窓が一つ、ベッド、本棚、机に一つの椅子。彼女の部屋にはそれだけだ。
そしてこの部屋には幼い少女であるヴェリーナと、これまた幼い少年である俺たち二人。それだけだ。
何も起きないはずが無い。何も起きないなら俺が起こして見せる。
「ここに座って!」
しかし、事を起こしたのは俺ではなくヴェリーナだった。積極的なアプローチ。『お姉ちゃん』ポイント+1。
ヴェリーナはベッドに腰かけ、その隣をバンバンと叩いた。
「でも、僕まだお風呂に入っていないですよ?」
今まで馬車に乗っていたとはいえ、今まで外にいた身としてはそのままベッドに腰かけるなど少し申し訳が無い。それが少女の物だったら猶更だ。
「そんなこと気にしなくていいわ、ほら」
「うわっ!」
ヴェリーナは俺の手を引っ張ると、無理矢理隣に座らせた。
…意外とぐいぐい来るな、この娘。だがこのフリッツ。強気な『お姉ちゃん』も嫌いじゃないぜ。
「さっきも聞いたと思うけど、あたしはヴェリーナ・フォン・ブレスロード。貴女は?」
「僕はフリードリヒ・リグル・アスモダイ。現魔王のエルガー・リグル・アスモダイの息子です」
わざわざ父親の名前も出したのは何も俺の父親魔王なんだぜマウントではない。
父親が魔王であるということを公言するのは自衛的な効果があるから自己紹介する際はエルガーの名前を出すようにとクリスと約束したのだ。正直ヴェリーナ一人で俺を同行できるわけはないと思っているが他でもないクリスお姉ちゃんとの約束だからな。俺が破る訳が無い。もし破ったら俺はアイデンティティを喪失し溶けて死んでしまうだろう知らんけど。
「そう。フリードリヒね。いくつ?」
「七歳です」
「そう!あたしは今年で十歳になるわ。だからあたしがお姉ちゃんね!」
キ、キターーーーー!お姉ちゃんアピール系『お姉ちゃん』ダーーーー!
「な、なんで急に泣くの?どこか痛いの?」
「だ、大丈夫です。それより、ヴェリーナさんが年上ならヴェリーナお姉ちゃんって呼んでもいいですか?」
「お姉ちゃん…!いいわよ!」
フ、完璧だ。
「それで、ヴェリーナお姉ちゃん。何をして遊びますか?」
「そうね…。あ、お本を読んであげるわ!」
ヴェリーナはベッドから降りると、本棚の方へ歩き出す。
本棚にはたくさんの本が入っていた。活発そうな印象とは裏腹に実は読書家なのだろうか。
彼女は迷いなく一つの本を取って帰ってきた。
「これを読んであげるわね」
その本のタイトル……読めない。
俺はこの世界に産まれてから、しっかりこの世界の言語を学んだ。勿論その過程では文字だって学んだ。
しかしこれは当たり前のことだ。地球に幾多の言語があるように、この世界にはもたくさんの言語があるのだろう。
…ん?
「ヴェリーナお姉ちゃん、これ何語ですか?」
「え?あ、そうね。フリードリヒは魔族だものね。これは龍人語で書かれているわ」
「でもヴェリーナお姉ちゃんは今僕と同じ言語を使っていますよね」
「ええ。小さい頃に魔族語も習ったの」
と、言うことはヴェリーナはマルチリンガルってことか。十歳にして二つの言語を操るとは、中々できることでは無いよな。しかもある言語で書かれている本を読みながら同時に違う言語に翻訳をするというのはただ違う言語を読むだけとは難易度が違う。
「すごいでしょう!」
エッヘンと胸を張るヴェリーナ。うむ。可愛い。実際すごいし。
「すごいです!」
「そうでしょうそうでしょう!それじゃあお姉ちゃんがお本を読んであげるわね。あ、少し読みづらいかしら。よいしょっと…」
ヴェリーナはそう言うと、更に体を密着させてきた。
うーむ刺激が強い。あまりの刺激の強さに俺の『お姉ちゃん』センサーがオーバーロードを起こしそうだ。あ、なんかいい匂いがする。
「それじゃあ読むわね。お姉ちゃんのお話、しっかり聞いているのよ。ゴホン。『むかしむかし、世界では七つの種族が―――』」
ヴェリーナが俺の隣で本を読んでくれる。
彼女が開いている本の文字は読めないので、必然的に彼女の声に集中することになる。
…いかん。こんなザ・『お姉ちゃん』が隣にいるにも関わらず少し眠くなってきた。
ほぼ一日馬車に乗っていたため、あまり寝れなかったのだ。馬車は睡眠には適してなさすぎた。
ここは『お姉ちゃん』との距離を縮めるチャンス。寝るわけにはいかないのだが…。
俺は次第にうつらうつらと舟を漕ぎ始め、やがて意識を手放してしまった。
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