第9話「初めての魔術」

 この世界の魔術には五つの属性がある。

 火炎・氷結・電撃・疾風・治癒の属性があり、治癒以外の四つの属性は主に攻撃に使われるため合わせて攻撃属性と呼ばれることもある。

 魔術を使える者は魔術師と呼ばれ、一般的な魔術師は一つか二つの属性を扱え、才能がある物は三つ使え、天才と呼ばれるものは四つ使える。五つ全ての属性を扱える者は稀代の魔術師。同じ時代に二人といない、最早怪物だ。魔術師が得意とする属性は両親のそれを引き継ぎやすいと言うが、確かな法則が見つかっている訳では無い。


 また魔術には位があり、初級・下級・中級・上級・最上級と五つに分類される。高位な魔術である程威力も高いものが多いが、その分消費魔力や難易度も高いとされる。

 初級はその属性に適性があれば基本は誰でも使えるくらいの難易度らしい。

 下級は魔術の勉強をしっかりと積めば使えるらしい。この下級魔術が使えるかどうかでその者が魔術師の適性があるか否かを見定めるようだ。

 中級は普通の魔術師であれば、魔術師としての人生を歩むことを決め、相当の努力を行いようやく使えるようになるレベルのものだ。一般的な魔術師は中級魔術は一つしか扱えず、二つ以上の属性を中級まで極めることの出来る人物は稀らしい。

 上級の魔術となってくると天賦の才を持っているかどうかの話になり、努力ではどうにもならないレベルとのこと。上級の魔術を使える者は上級魔術師と呼ばれ、どの国でも重宝され、宮廷魔術師にも上級の魔術を使えると言う理由だけでなれるくらいの代物だ。

 最上級魔術。これは最早現存するかどうかも怪しいレベルのもの。言い伝えなどでは見れるものだが、今現在使える者がいるかどうかは不明らしい。


 と、今までの説明を聞いてもらえると、魔術って結構難しいと言うのが分かるだろうか。才能があっても使える属性は三つで、基本は一つか二つ。しかも一人前の魔術師でも中級レベルの魔術は一つの属性しか扱えない。

 つまり一般ぴーぽーが魔術に人生を捧げても最終的に火炎属性は下級、電撃属性は中級が使えて人生を終えました、となってしまうということだ。

 しかし目の前の少女、クリスティーナ・リグル・アスモダイは違う。

 彼女は疾風・電撃属性を中級、氷結・治癒属性を上級まで習得しているらしい。

 先ほどまでの説明を聞いた上では、彼女のスペックは化け物級だ。


 いや、そもそも、彼女は化け物そのものと言ってもいい。

 メイドさんに聞いた話だが、彼女は魔術の才だけでなくとんでもなく頭も良いらしい。なんと彼女は十二歳にして王立で最新鋭の学校に入学し飛び級して首席で合格。その一部を除いて細身な身体からは想像がつかないが剣術にも優れ、学校内の剣術大会では準優勝という結果を収めているらしい。しかも彼女以外は全員年上だろうに人望に溢れ生徒会長にも就任する優れっぷり。そしてアスモダイ城に帰ってくるとこうして俺に魔術の手解きをしつつなんと十七歳にして家臣として魔王の統治を手伝っているというのだ。

 優秀過ぎないか?何故エルガーは俺を後継者に?どう考えてもクリスの方がいいだろ。

 しかしよくよく聞いてみると当の本人は魔王に全く興味が無いのだとか。優秀過ぎるが故の達観というやつか。それなら何故家臣はやっているのかと思ったが、彼女とエルガーである取引をした結果らしい。


 まあそんな話はいいか。なんて言ったって今日は俺の初魔術体験なのだからな。

 今までは座学としてクリスの部屋でお勉強をしていたが、今日からはいよいよ実践。俺たちはリーサとリーセと一緒に中庭に繰り出した。


「それでは、まずは初級の魔術から。そうね……『氷弾アイスバレット』にしましょうか」


 『氷弾』。氷結属性の初級魔術だ。小さい氷の球を作り出し、前方に発射するというシンプルな魔術である。


「じゃあフリッツ、よく聞いておいてね?」


 クリスはそう言うと咳払いを一つし、右手を前に出した。


「『魔術の祖よ。我に豪氷の力を以ってかの者を穿つ力を――氷弾』」


 クリスが詠唱を始めると右手に魔法陣が浮かびあがり、詠唱が終わると豪氷にしてはちんまい氷―拳より一回り小さい氷の球が現れて、前方へと…植えられている樹に直撃した。初級の魔術であまり威力はないのか、樹の表面が削られはしたが、折れそうな気配は感じられなかった。人に当たれば……擦りむいて出血くらいはするかな、と言った具合だな。小さい氷を投げられているようなもんだからな。当たった場所が悪ければ怪我はするだろうが死に至るような代物じゃないな。

 俺がこの魔術―『氷弾』をそう分析し、いよいよ俺の番かと胸を高鳴らせていると、クリスが先ほど『氷弾』を放った時の体勢をとった。


「今のは少し手を抜いた『氷弾』よ。魔術と言うのはその魔術にどれくらいの魔力を込めるかある程度はこちらで制御できるわ」


 ふむ、同じ魔術でもどれくらい魔力を使うかは自分自身である程度は決められると。なるほどな。おそらくだが、魔力を多く込めればそれだけ威力の高い魔術を放てるということだろうか。

 まぁ自分で考えても仕方がない。折角クリスが実践で教えてくれると言うのだからな。

 

「『魔術の祖よ。我に豪氷の力を以ってかの者を穿つ力を――氷弾』」


 嘘だろ。クリスの右手に現れたのは先ほどよりも一際大きい―拳二つ分はある氷の塊だった。あんなものが自分に向かって撃たれたら死んでしまう…!

 しかしクリスは氷を出現させた後は、それをポトリと地面に落とした。

 これを先ほど同様樹に向かって撃ってしまったら間違いなく折れてしまうので、それに対する配慮だろうか。


「こんな風にね。でも最初からこの威力の魔術を使うのは難しいと思うわ。私は魔力量が多い方だし…」

「魔力量…?」

「ええ。そうは言っても可視化することは出来ないわ。体力と一緒よ。ずっと走っているとやがて疲れ、走れなくなってしまうでしょう?魔術もそうで、際限なく魔術を使うことは出来ない。いつか魔力が切れ、魔術を使えなくなってしまうの。体力と魔力量は鍛えられるか否か、という違いもあるけれどね」


 分かりやすく言うのであれば、ここにMP4を消費して使える魔術『氷弾』があるとしよう。それは本来小さい氷の塊を前方に射出するかすり傷程度の威力の魔術だが、MP12を消費することでそれより大きい氷の塊を生み出せる『氷弾』を使えるようになる、ということか。

 もし強大な敵がいるならば後者の『氷弾』を使う方がいいだろう。しかしそればかりを使っていると前者の『氷弾』と比べ三倍早く魔力が尽きてしまう。考えなしに後者を連発すればいい訳では無いと言うことだ。

 しかし、俺には魔神と交わした契約がある。それによれば、俺はお姉ちゃんが周りにいれば、魔力量が増えるらしい。

 俺は周りを見渡す。

 こちらを期待の込めた眼差しで見つめるクリス、頑張って下さーいと右手を挙げるリーサ、クリスの魔術で生み出された氷塊をつんつんと突いているリーセ。

 三人のお姉ちゃんがいるのだ。人数によって魔力量は更に増えるのかは知らないが、三人もいればきっといい結果が得られるだろう。

 俺は胸を高鳴らし、先ほどのクリスの体勢を真似、構える。

 

「『魔術の祖よ』」


 詠唱の始めを唱えると、身体のうちの何かが騒めくような、蠢くような奇妙な感覚を覚える。前世では経験したことのない感覚だ。これが魔力というやつなのだろうか。


「『我に豪氷の力を以って―――!?』」


 そこまで唱えるとざわざわと蠢いていた魔力が暴れ出し、右手に集中するような感覚。それがあまりにも急で、右手から何かが、得体のしれない何かが出そうな気がした。

 俺は慌てて尻餅をついてしまう。今のが魔術…?詠唱を唱えるにつれ、自分の中の魔力が自分の制御を外れ暴れる感覚に慌ててしまってつい詠唱を止めてしまった。

 あれだ。初めてチェンソーを起動させた時にねえ!これで合ってる!?なんか怖いんだけど!?って言って動かすのをやめる現象に近いかもしれない。チェンソーなんか使ったこと無いが。


「大丈夫?フリッツ」


 クリスは心底心配した顔で手を差し伸べてくれた。俺はそれに甘え立たせてもらうと、今の現象を説明する。


「初めはそんなものよ。詠唱を唱えるとそれに呼応して魔力が働き、詠唱を唱え終わるとその魔力が魔術となって現れる…。だからその暴れる魔力に慌てず詠唱を終えなさい。きっと数回唱えれば慣れるわ」


 クリスが言うには、先ほどの魔力の暴走のような物は特に問題ないらしい。そういう仕様ってことか?

 俺は服に着いた土を軽く払うともう一度先程の体勢をとる。

 一つ咳払いをして仕切り直しだ。


「『魔術の祖よ。我に豪氷の力を以って―』」


 詠唱するとさっきと同じ現象、魔力が暴れ、右手に集まるような感覚。しかしクリスを信じて詠唱を続ける。すると、右手に水色の魔法陣が浮かび上がり、氷塊が出来ていく。


「『かの者を穿つ力を―氷弾』」


 俺がそう告げると、拳より一回り小さい氷塊は前方に放出され、先程クリスが同じ魔術『氷弾』を当てていた樹と同じものに命中した。

 狙ってやったとはいえぶっつけ本番でよく当たったものだ。

 それと、今の魔術の行使で詠唱の仕組みが少しわかった。

 『魔術の祖よ』。こう唱えるとまず身体の魔力が活性化される。この言い方で合っているかはわからないが、このフレーズで体内の魔力に「今から魔術使いますよ」と合図を出しているのだ。

 『我に豪氷の力を以って』。こう唱えるとその活性化された魔力が氷塊を形作っていく。おそらくこれが魔術の本体…この『氷弾』であれば放出される氷塊を作るフレーズだ。

 そして最後の『かの者を穿つ力を―氷弾』。最後まで唱えるとこれまでの詠唱で出来上がった氷塊を前方に打ち出す。

 この三つのプロセス、「活性化」、「形成」、「放出」を詠唱で行っている…んだと思う。


「たった二回目で初めての魔術を成功させるなんて!やっぱり貴方は優秀ね、フリッツ」


 クリスは称賛の言葉と共に俺を正面からハグした。

 そうか…俺、今、魔術を使ったんだな。前世では創作物でしか見なかった現象を自分が使ったと言うことに今更ながら感動を覚える。

 し、しかしクリスさん、正面からのハグはまずいです。当たってますよ!

 …まぁ俺はまだ五歳。身長は彼女の胸に届くか届かないかってくらいなんで当たってるのは頭頂部なんだがな。くそぅ…いつかは顔面から………いやいやいやいや、落ち着け俺。相手は実姉だぞ…!


「今のでフリッツには氷属性が使えるのが分かったわね。この調子で他に何が使えるのか試してみましょうか」


 そういえば一人の人が使える魔術の属性は普通で一つか二つだったな。目の前のクリスは四つ使えるが、それは普通ではない。むしろ彼女は希少である。


「その人がどの属性を使えるのか、というのは分かるものなの?」

「両親が使える属性は適性のある傾向は高い…けれど絶対ではないわ。適性は見ただけでは判断するのは無理。だから一通り全部使ってみるしかないのよ」

「へぇ…。ちなみにお父様とお母様は――」

「あら、何をしているの?」


 この声は昔はよく聞いていたが最近めっきり聞く機会の減っていたものだ。


「お母様…!」


 そう、我が母、ニクシーである。

 俺が産まれて三年ほどは基本俺の部屋にずっといたのだが、俺が三歳になりメイドさんたちに教育を受けるようになるとあまり姿を見せなくなった。邪魔にならないようにだろうか。


「あらお母様。今はフリッツに魔術を教えているところです」

「ええ!フリッツ貴方魔術に興味あったの!?」


 ここにもリーサの被害者が。


「ええ。よかったらお母様からもご教授願えませんか?」

「ふふ、いいわよ。私、魔術には自信があるんだから!」

「あらフリッツ?私に教わっていたのにお母様からもだなんて贅沢じゃないかしら?」


 やる気満々なニクシーの横でクリスが頬を膨らませていた。

 もしかして、俺に対する独占欲でも発揮されたのだろうか。可愛いな。


「でも、私が使える魔術って、粗方クリスも使えるのよね」

「そうなんですか?」

「ええ。私が使えるのは氷結・疾風・治癒属性ね」


 おっと、三つが全てクリスと被っているな。先ほどクリスが言った通り、彼女は親の遺伝を色濃く受け継いでいるようだ。

 クリスは氷結・疾風・電撃・治癒。ニクシーは氷結・電撃・治癒。つまりエルガーは最低でも電撃属性を使えると言うことか?断言はできないがな。


「ちなみにそれぞれ何級まで使えるんですか?」

「ふふん。私これでも妖精族ですからね。全部上級よ」


 …俺はひょっとしてクリスに嘘をつかれているのではないか。 

 普通極められるのは中級が一つだろ?クリスといいニクシーといい少しインフレしてないか?

 疑問に思った俺は控えているリーサとリーセに聞く。


「ちなみに、リーサお姉ちゃんとリーセお姉ちゃんは魔術は使えるんですか?」

「この流れで聞きます!?」

「坊ちゃんの鬼畜!」


 なぜか怒られた。


「私は火炎を中級、治癒を低級です…」

「私はその…肉弾戦が主なので…!疾風属性を低級だけです…」


 メイドの肉弾戦ってなんだよ。

 いや、彼女なりの言い訳だろう。ここは優しさでそのツッコミを胸にしまった。

 ちなみに肉弾戦が主なのがリーセで属性二つ使えるのがリーサだ。

 しかしリーサが二属性。リーセが一属性。ようやく普通の魔術師に会えたって感じだ。いや、二人とも本職はメイドなんだが。

 …そう考えると普通のメイドが魔術を使えるのっておかしくないか?それも中級だろ?


「あはは。自分で言うのもなんだけど私とクリスが特別出来る方なのよ。私は元々魔術が得意な妖精族の産まれだし、クリスはそんな私と魔王エルガーの子供だからね」


 なるほど。ニクシーの言い方から察するにエルガーも魔術が得意なようだ。つまり魔術が得意な者同士の子供はそりゃ魔術得意でしょってことか。

 これは期待してしまうな。俺も魔術が得意な可能性が高いぞ。


「それに、リーサたちも充分すごいのよ?リーサは中級が使えるしリーセも本当に肉弾戦になると強いんだから」

「いや、メイドさんに肉弾戦って…」

「あら、言ってなかったかしら。リーサとリーセは確かにメイドだけど貴方の護衛も兼ねているのよ」


 ご、護衛?俺の脳内にはグラサンを付けスーツを着たムキムキマッチョSPが浮かび上がる。

 そんな想像とはかけ離れた容姿をしている彼女たちはなぜか照れたように両手を頬に当て腰をくねらせていた。


「ば、ばれてしまいましたか…」

「これまで淑女のメイドを演じてきたんですが…」


 照れ要素あったか?


「二人とも結構強いんだから。そうだ、貴方サリヤに武術を教わっているんでしょ?手合わせしてもらったら?」

「お母様、フリッツはまだ五歳。手合わせなんて…」

「貴女は相変わらずフリッツに甘いわね~。こういうのは小さい頃からしておくのよ」

「私は大歓迎ですよ!私の拳を避けられますか~?」

「ふふ、任せてください、私、治癒魔術使えますので」


 彼女たちが和気藹々と話しているのを見て、やはり家族というものはいいな、そう思った。

 前世では俺は独身で一人暮らしだった。可愛い可愛い弟妹はいたが俺が独り立ちをして十年弱は経っていたから、こういう家族団欒って空気は久しい。

 ふと、俺はこの風景を守って行こうと思った。俺は将来魔王になると言われた。しかし俺が魔王になった先のビジョンは全くと言っていいほど見えなかった。魔王になれと言われても何をすればいいのかわからなかったからだ。

 しかし今、目標の一つができた。俺が魔王になったら、いやなるまでも、俺は彼女らを、俺の家族を、この城を守っていきたい。そう思った。












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