第四部 レークランド対決記

第一章 学問の街

第53話 初めての大都市

「〈――そこで旦那が尋ねるんだ。『どんな味だい、竹さん?』。そしたら竹さん、苦い顔をして、『うん、ちょうど豆腐の腐ったような味がする』〉……お後がよろしいようで」


 語り終えた俺がお辞儀をすると、ジャックたちがパチパチと拍手を送ってきた。


「いやぁ、ボクもう笑い過ぎてお腹が痛いよ! 面白かったなぁ、シバケンの顔!」


 いや顔かよ!

 たしかにちょっと演技を入れて語ったりもしたけどもさ。


「ふ、ふふふ……で、でも、少し気の毒ですよね? 自業自得とはいえ、腐ってしまったものを食べざるを得ない状況に追い込まれてしまうなんて……」

「知ったかぶりは痛い目を見る、といういい教訓なのです。シバケン君にしては、なかなか含蓄のある話だったのです…………ふふ、ふ」


 ラヴラもリアもそれぞれに感想を述べながら、思い出し笑いが止まらない様子だ。


 すごいな、暇潰しにちょっと小噺を披露してみたらこの大ウケだ。これが伝統芸能のパワーか。


 時空を超えてなお人を笑わせる我が故郷の文化の凄まじい力に軽く感動を覚えながら、俺はそよ風舞う見渡す限りの草原に視線を移した。


 澄み渡る青空と、大地を恵む緑の絨毯とのコントラストがよく映える。今日は絶好の旅日和だ。


「しっかし、こういつまでも景色が変わらないと、本当にちゃんと進んでるのか心配になってくるな。今、どの辺りまで来てるんだ?」


 荷台の壁部分に寄りかかりながら、俺は御者席で手綱を握るシビルに問い掛けた。


 今まで馬車の操縦は、ジャックは〈犬人種〉なのに犬アレルギーという奇病を患っている、ラヴラは力加減が上手くいかない、の二重苦によって常に俺が担当するしかなかったのだが、パーティに彼が加わったことでドライバー要因が増えたのは僥倖だった。


 巧みにガルムを操るシビルが、俺の言葉に周囲を指差した。


「案ずるな、ちゃんと進んでいる。この調子で行けば、もうすぐレークランドが見えてくる筈だ。それに…………ほら、見てみろ。だ」


 シビルの示す方向に顔を向けて、目を凝らしてみる。

 右斜め前方、離れた場所に、荷馬車の一団が移動している様子が小さく見て取れた。更に周囲を見渡せば、広い草原の遠く向こうでポツリポツリとそんな集団がいる。


「お~、あれは旅商人とか旅芸人の一団だね」

「なんでわかるんだよ」

「だって普通に見えるじゃないか。ほら、あっちの馬車は商人キャラバンの旗を出してるし、その向こうの一団は馬車で移動型の小さい舞台を引いてるでしょ?」


 マジでか。俺なんか辛うじて馬車だってわかる程度だぞ?


「普通に見えるって、お前どんだけ視力良いんだよ。なぁ、ラヴラ?」

「え? い、いえ、私も普通に見えていますが……」

「リアも普通に見えるのです。シバケン君は目が死んでいる所為か視力も低いのですね」


 なんなのこの子たち。視力も超人並みか。

 さすが亜人種は伊達じゃねぇな、おい。


「そうだ。シバケン君に良い目薬を処方してあげます。一滴垂らせば効果はてきめん。今までとは段違いにはっきりと見えるようになりますよ、心の眼で」

「それ、俺絶対に失明してるよね……?」


 リアが懐から取り出した怪しい瓶を速やかにしまうように言い聞かせて、俺はもう一度、ほとんど点のようにしか見えない同業者たちに目を向けた。


「ってことは、あいつらも皆レークランドを目指してるのか?」

「だろうな。何しろレークランドは大きな街だ。ペンブローク王国中から人が集まってくるといっても過言ではない。商売や見世物もさぞかし捗るだろうからな」

「ふふふふ、ボクはいつでも準備万端さ! この日の為に、今度も大量に武具を用意したからね。スパニエルの時以上に稼ぎまくるよ! シバケンにもしっかり働いて貰うからね」


 へいへい。それに関しちゃお前が店長ボスだ、言われなくてもやりますよ。


「初めてで慣れないこともあるかもだけど、ラヴラも武具の実演、しっかり頼むよ」

「え、ええ。でも、やっぱり私なんかで大丈夫なのでしょうか?」


 不安そうに胸に手を当てるラヴラの肩を、ジャックが元気づけるように叩く。


「大丈夫だって! ラヴラは実際に戦闘職なんだから、キミが使って見せれば凄く様になるし、いい宣伝になると思うんだ。これでバカ売れ間違いなしだよ」

「ほ、本当でしょうか? 私の所為で、逆に足を引っ張ってしまわないでしょうか?」

「演劇よりはずっと簡単だよ。そんなに気にせずに、普通に武具を使ってくれればいいさ」

「……そ、そうですよね。そこまで気にしなくても、大丈夫ですよね?」

「うん、勿論!」

「はい! 主役はあくまでも武器や防具! 私が上手く実演できたかとか失敗したとか、お客さんにとってはきっとどうでもいいことですものね!」

「あ、あはは……今日もラヴラのおとぼけは絶好調だなぁ……」

「前向きなのか卑屈なのかよくわからないのです……」

「……む? おおっ、皆見てくれ。どうやら見えてきたようだぞ」



 シビルの声に、全員が顔を上げる。


 草原の所々に点在している、背の高い森林地帯。斜め前方に見えていたその森林地帯の奥から、うっすらと街の影が姿を現した。


「へぇ──あれが、レークランドか」

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