第二部 スパニエル訪問記
第一章 中小都市スパニエル
第15話 《鍛冶職人》のスキル
ウィペット村を発ってから、数日。
空高くに輝く太陽の直射日光が、のどかな街道を進む俺の黒いヨレヨレパーカーにやたらと熱を帯びさせる。うだるような暑さ、とはいかないまでも、さすがに少し蒸し暑くなってきた。
いい加減、ここらでひとつゆっくり涼みたいところだが、生憎と眼前に長く伸びている石畳みの街道には、木陰の一つも見当たらない。
ああ、喉が渇いた……。
「なぁ、ジャック。そろそろ操縦を変わって欲しいんだけどな?」
俺はパーカーの首元を摘まんでパタつかせながら、日差し避けの布のお陰で快適空間となっている荷台に座るジャックを振り返った。
「なに言ってるのさ。さっき交代したばっかりだろ? まだ変わってあげないよ」
ジャックはヒラヒラと手を振ってにべもなく拒否してから、
「フフフ、まさか二人旅にこんな利点があるなんてね。移動中に鍛冶ができるなんて、一人で旅していた時には考えられないことだよ! お陰でここ最近は仕事がはかどる、はかどる!」
言って、荷台に積まれた袋から、時折鼻歌さえ歌いながら何かを取り出していく。青みがかった綺麗な石や、何かの動物の骨や皮。ジャックがこれまでに集めた武具の素材の数々だ。
よりどりみどりのそれらを前に、それからしばらくの間、荷台の側面に貼り付けられた何枚かのメモ用紙(俺がジャックの知っている武具レシピを口述筆記したものだ)を難しい顔で眺めた後、ジャックは何事か決まったという風にポンと手を叩いた。
「うん! 今日はショートソード五本、ヨロイガニの盾六枚、それから矢とか爆弾とかの消耗品をいくつか……これでやってみよう!」
言うが早いか、ジャックは取り出した素材の内のいくつかを選んで手元に寄せると、腰回りに装備していたポーチから小型の金槌を取り出した。
そのままひとつ大きく深呼吸をして、
「――よしっ」
短くそう呟き、並べられた素材の数々を金槌で軽く叩き始めた。
途端にそれぞれの素材が仄かに光を帯び、互いに引き寄せられるようにして一つ所に集まっていく。
あっという間にバラバラだった素材たちが一つの塊となり、独りでにその形を変え、最後に一際大きく光り輝いたかと思えば、次にはそこに一本の立派な短剣が出来上がっていた。
「……よしよし、まずは良い出来の一本ができた」
素材を集めて叩いたら、あとは勝手に出来上がる。三分クッキングもかくやというほどのお手軽さだが、これがジャックの習得している「スキル」、《鍛冶職人》の基本技能だ。
鍛冶、なんて言うから炉とか金床とかの大道具を使ったもっと大掛かりな作業を想像していたのだが、この世界ではどうも違うらしい。
「スキル」を習得している者であれば――勿論、そこには個人個人の腕や習熟度の差はあるが――このように簡単に物を作り出せる。それが、この〈アイベル大陸〉で暮らす者たちの共通認識であるようだ。
「『スキル』ってのは、つくづく便利なシステムだよなぁ」
「まぁ、同じ作業をするんでも、スキルがあるか無いかでだいぶ効率が違うからね」
ジャックはその後も調子良く金槌を振るい続け、荷台には続々と新品の武器や防具、小道具などが置かれていく。ここ数日の同じような作業のお陰で、今や荷台には人一人がやっと座れるようなスペースしか残っていなかった。
「さぁ、それだけ作れればもういいだろ。そろそろ操縦を代われ下さい」
「フン、フン、フフ~ン! ワフッ♪」
返事が無い。どうやらただの屍……ではなく、完全に熱中しているようだ。
このままこいつがこの調子だったら、俺がずっと馬車を操縦することになっちまうのか?
「嫌だなぁ。はぁ、早くスパニエルの街とやらに着かないもんか…………お?」
いまだなお途切れる気配のない長い石畳の街道に、いい加減飽き飽きして肩を竦めたとき。
真っ直ぐに伸びていく街道の遠く先から、微かな喧騒が耳に届いた気がした。
「なんだ? 何か聞こえたような……」
怪訝に思って目を凝らしてみれば、細長い棒状の物を振り回している人物が、何やら数匹の獣にしきりに飛びかかられている光景が目に入ってくる。
荷馬車が彼らに近付いていくにつれ、それがどうやら、何者かが数匹の獣に襲われている場面らしいとわかり、俺は慌てて荷台のジャックに呼び掛けた。
「おい、ジャック」
「ジャックは取り込み中で~す。だから何も答えられませ~ん」
「答えてるだろうが。おい、ふざけてる場合じゃないんだ。この先で、誰かが何かに襲われてる」
俺の切羽詰まった口調に、そこでようやくジャックは面を上げて、荷台から御者席越しに前方を見やった。
瞬間、ジャックの目が思いっきり見開かれる。
「ほ、本当だ!? あの人──魔物に襲われてるよ!」
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