第8話 そのバストは豊満であった

 この村に人間はいない?

 ジャックの言葉に、俺は眉根を寄せて聞き返す。


「どういうことだ?」

「あのね? キミの故郷では知られていないのかもしれないけど、〈人間〉っていうのはこの〈アイベル大陸〉に住む色んな種族の中でも、一番珍しい種族なの。そんでもって〈人間〉たちは王族とか貴族とか、まぁいわゆる上流階級な人がほとんどで、基本的に王都周辺とか大都市とかにしかいないんだ」

「ほぉ……人間が希少種族ねぇ?」


 なるほどな、道理で右を向いても左を向いても亜人種だらけなわけだ。

 けど、それは面白いことを聞けたな。早速、紀行文のネタになりそうな話じゃないか。

 俺は左腰に装備していた赤本(仮名)を開き、ブックホルスターにしまってあったペンで今の話を書き記していく。メモメモ、と。


「何してるのさ?」

「メモを取ってるんだよ。後で紀行文としてまとめる為にな」

「きこーぶん……って?」

「知らないか? 簡単に言えば、旅の記録をまとめて本にした物、だな」

「ふーん。こんな話、〈アイベル大陸〉じゃ誰でも知ってることだし、本にしたところで誰もわざわざ買わないと思うけどね。そもそも、本自体が高級品なんだけどさ」

「別に売る為に本を書くわけじゃないからな。いいんだよ」


 それより、こっちじゃ本は高級品なのか。となると現地での資料集めはなかなか難しいのかもしれないな。これも、一応メモしておくか。

 でこぼこの木製テーブルの上で俺がメモをしていると、その様子を興味深そうに見つめていたジャックが、不意に質問してきた。


「そういえば、キミの種族をまだ聞いてなかったね。あ、ちなみにボクは見ての通り犬の獣人、〈犬人種ハウンドマン〉だよ。シバケンは?」

「ああ、俺は〈人間〉だよ。亜人種じゃないんだ」

「え?」


 途端に、ジャックがクスクスと笑い出した。


「アハハ、まさか! こんな所に〈人間〉がいるもんか」

「本当だって。ほら、お前らみたいに獣耳が生えていたり尻尾が付いているように見えるか?」


 俺は腕を広げて体全体を見せるが、ジャックはいまだ信じていないようだった。


「またまたぁ。こんなみすぼらしくてクセ毛の〈人間〉がいるなんて聞いたことないよ」

「クセ毛関係無いよね!? はぁ、わからない奴だな。じゃあ一体どう言えば信じるんだ?」

「なら、ちょっと体を調べさせてよ」


 はい? こいつは何を言っているんだ?


「本当に亜人種じゃないか確かめるんだよ。ぱっと見じゃわからない所に特徴がある亜人種だっていっぱいいるからね」

「おいおい、調べるってまさかボディチェックする気か? 冗談じゃない。おい、こら、近付いて来るな。こっち来んな。セクハラだぞ?」


 俺の制止の声もお構いなしに、ジャックが立ち上がって歩み寄って来る。


「せくはら? 何を言ってるのかわからないけど、そんなに嫌がるってことはやっぱりウソ吐いてるんじゃないの?」

「おい、ふざけんなよ。何が楽しくて男に体をまさぐられなきゃいけないんだ。俺にその手の趣味は無い。そういうプレイは他所よそでやれ」


 席から腰を浮かせて後ずさりながら俺がそう言うと、


「はぁ?」


 今までで一番素っ頓狂な声を上げ、ジャックが片手で顔を覆った。


「……呆れた。キミ、?」

「へ?」


 今度は、俺が素っ頓狂な声を上げる番だった。


「お前……男じゃないの?」

「違うよ! ほら、よく見てみなよ! ボクの耳、ちゃんとピンと立ってるでしょ! 〈犬人種〉はこれが女の子の証なの! それも知らないの?」

「……あ、アハハ、まさか! だってお前、『ジャック』なんて男らしい名前なのに女って」

「そ、それはあだ名だよ! 本名は、その、ボクにはちょっと可愛らし過ぎるからあんまり言わないだけで……とにかくっ、ボクは本当に女の子なの!」

「またまたぁ。たしかにお前は女の子と言っても通じるくらいユニセックスな顔と声だけども、そう言い張るにはちょっとばかし体に起伏きふくが無さすぎるだろう」


 俺の意地悪な物言いが気に障ったのか、ジャックはいよいよムキになる。


「なっ? 失礼な! 服とローブ越しだからそう見えるだけだよ! 脱いだらちゃんと女の子らしい体型だよ! こう見えても結構グラマーさんなんだからね、ボクは!」

「へぇ。じゃあ、ちょっくら体を調べさせてくれよ」

「ぴえっ!? ななな、何言ってるのさ!? そんなの嫌に決まってるじゃん!」


 顔を真っ赤にして抗議してくるジャックに、俺は追い詰めるように続けた。


「おいおい、人の体を触ろうとした奴のセリフじゃあねぇな。それとも、そんなに嫌がるってことは、お前の方こそやっぱりウソ吐いてるんじゃないのか?」

「なっ……じょ、上等だよ! そんなに言うなら見せてあげるよ! ほら、好きなだけ調べればいいだろ!」


 いよいよ引っ込みがつかなくなったらしい。

 ジャックはヤケクソ気味にそう叫び、羽織っていたローブを無造作に脱ぎ捨て、着ていた服の胸元をガバッと開けた。

 果たして、そこからちらりと顔を覗かせたのは――。

 見まごうことなき、柔らかそうな双丘の谷間であった。


「…………マジでか?」


 ほ、本当に立派なが付いていやがった。

 それも結構どころか、グラビアモデルもびっくりのナイスバディじゃねーか! 

 こいつ、めっちゃ着痩せするタイプだったんだな……。


「あの…………なんか、すみません」

「……改めて自己紹介するね? 僕はジャック、十七歳。トレジャーハンターとして旅をしている、〈犬人種〉のだよ。フフフ、これからよろしくね……変態放浪作家さん?」


 そう言って微笑むジャックの目は、少しも笑ってはいなかった。

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