最終話 千年の時とクロガネさん

「クロガネさん……夢を見ているみたいです……」

 老人が嬉しそうに話しかける。


 クロガネは頭が混乱した。今自分の目の前にいる老人が、ついこの間まで一緒に過ごした弟分のような存在のコテツだなんて。しかもこの老人「五十年前に一緒に戦った」と言った。

 金の竜アルマの力を胸に刻み込み、それが完全に定着するまで氷漬けになって眠っていたのは確かだが、まさか五十年も経っているとは思わなかった。クロガネの感覚では数日程度のものだったからだ。


「本当に……コテツ……なのか?」


 クロガネは改めてコテツを名乗る老人を見つめた。そう言われればどことなく面影があるような気がする。髪の毛も白くなり、顔じゅうシワだらけとはいえ、この真っ直ぐに自分を見つめる目は昔のコテツそのままだった。


 老人はゆっくりと首元に手を回した。そして首飾りを取り外し、それをクロガネに見せる。


「それは……!」


 五十年前――クロガネにとってはつい先日の出来事のように感じられたが――別れる際にクロガネがコテツに渡した首飾りだった。古くなって色あせてはいたが、宝石の輝きは失われてはいなかった。ずっと自分がつけていたものなので、間違えるはずがない。


(※ そんな描写今までなかったのですが、第10話を改訂して首飾りを渡すシーンを追加しております)


「クロガネさんは言いましたよね、必ず戻ってくるから待ってろって。僕、ちゃんと待ってましたよ……クロガネさんが戻ってくるのを、待ってました」


「コテツ……本当にコテツなんだな……」

 クロガネは目の前の年老いたコテツを優しく抱きしめた。コテツも五十年ぶりの再会に涙を流して喜んだ。




「そうですか……そんなことが……」

 外の広場で、二人は切り株に腰掛けて話に花を咲かせていた。コテツはクロガネから、赤い竜との戦いの一部始終、そして金の竜との話を聞いて大きく息を吐いた。まさか赤い竜が登場した後にそのようなことが起きていたなんて……。コテツは遠い昔を思い出すように、空を見上げた。


 空は青く澄み切っていた。雲はゆっくりと西から東へと流れている。


「だからクロガネさんは当時と同じ姿形のまま、なんですね。僕なんかもう……クロガネさんの年齢を追い越してしまいましたよ」そう言ってコテツはしわが増えた掌を大きく広げて見つめた。


 クロガネはそんな仕草をするコテツを見て、かつてこの広場で木刀を振っていた頃の、若き日の彼の姿と重ねてしまった。


「俺もまさか五十年も経過しているだなんて思ってもみなかった……で、現状はどうなんだ? 王都は無事なのか?」


 クロガネの問いに、コテツは首を横に振る。


「あの戦いの後、王都は壊滅しました。生き残った人はいなかったと聞いています……」

「……ここまでは竜は攻めてこなかったのか?」

「はい、竜はあっという間に王都を破壊し尽くすとそのまま姿を消しました。あれ以来、竜が現れたことはありません」


 王都が壊滅したという噂はまたたくまに世界中に広がり、竜に恐れをなした人々は壊滅した王都からできるだけ離れた場所へと移り住むようになったのだという。王都の東に位置する、このイシの町の住人の多くも、東の街へと逃げたのだそうだ。


 ――なるほど、だから人通りも少ないし、人々に活気がなかったのか……クロガネはこの街の現場を理解することができた。コテツが話を続ける。


「王都は、人が近寄ることができないほどの状態になったことから「竜の谷」と呼ばれるようになりました。僕も若いときに興味本位で見に行ってみましたが……ひどいものでした」

「そうか……新しい王都はあるのか?」

「いいえ」

 少し悲しそうな顔で、またコテツが首を横に振る。


「王都とともに国王も亡くなったため、王国は崩壊しました。残された町はそれぞれ近くの国に合併されて今に至ります。このイシの町は、今では東の国アステカに属しています」

 そんな現状の確認から、コテツのこれまでの五十年の歩みなど、二人の話は尽きなかった。




 クロガネは数日、イシの町で過ごした後、旅立つことにした。

 目的地は竜の谷。かつて王都があった場所で、竜たちの猛攻に遭い壊滅したところである。王都がどうなってしまったのか実際に見てみたいという思いと、姿を見せなくなったという竜たちの手がかりが見つかるかもしれないという考えからだった。


「本当に……行ってしまうのですか、クロガネさん」

「ああ、俺はあの黒い竜を見つけて討たねばならないからな……コテツも達者でいろよ、そして……この町を頼んだぞ」


 クロガネが拳を握ってコテツの前に突き出す。コテツはそれを見ると、にこりと笑ってゆっくりと握り拳を作り、こつんとクロガネの拳に突き合わせた。


「頼まれました。クロガネさんも……気をつけて! そしてまた……帰ってきてください。ここはクロガネさんの家ですから」

「ありがとう」




「――こうしてクロガネはを出て、西にある竜の谷へ向かったのでした。……おしまい」

 ある老人がそう言って、分厚い本をゆっくりと閉じた。

 老人の読み聞かせを興味津々で聞いていた子供たちが「えぇ、続きはどうなったの?」「コテツは? コテツはまだ生きているの?」「クロガネさん、黒い竜を倒したの?」と質問攻めにする。

「ほっほっほ、それはまたの機会に話してあげるとしよう。今日はここまで。時間はいくらでもあるんだから。ほら、もうすぐ日が落ちる。また明日おいで」

 老人の言葉に、子供たちは素直に従い「じゃあ、また明日ね」といいを出て行った。誰もいなくなると、老人は本を持ってゆっくりと立ち上がった。そして窓の外、西に落ちてゆく夕日をじっと見つめる。


「アルマ……もうすぐよ。……ようやく……君にまた会える」


 窓に反射して写る姿は老人のそれではなかった。筋骨隆々な男の……クロガネの姿だった。彼は姿を使って、老人の姿で子供たちに自分の生きてきた歴史を読み聞かせているのだった。


ドラゴンスレイヤーのクロガネさん 第一部 完

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ドラゴンスレイヤーのクロガネさん まめいえ @mameie_clock

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