補論5 太平洋戦線と欧州戦線に与える影響

 作中世界では、すでにインド洋での英東洋艦隊の敗北によって欧州戦線にも影響が出始めています。

 史実では行われたマダガスカル攻略作戦の中止がその最たるもので、作中世界では今後も似たような問題が生じ続けるでしょう。

 恐らく、ミッドウェー海戦によるアメリカ海軍の大損害、B作戦による日本海軍のインド洋進出などの影響もあって、史実では一九四二年十一月に実施された連合軍による北アフリカ上陸作戦「トーチ作戦」は実施出来ないはずです。

 史実では、一九四二年四月、マダガスカル総督ポール・アネはヴィシー政権首席ピエール・ラヴァルより、マダガスカルの港湾に日本海軍の潜水艦が到着したら協力するように、と命じられています。

 連合軍によるマダガスカル上陸が行われない作中世界では、依然としてヴィシー・フランス政権は植民地に対して一定の求心力を持ち続けることになるでしょう。

 そうなりますと、北アフリカには戦艦リシュリュー、ジャン・バールを擁する強力なフランス艦隊が連合国と敵対するという状況が生まれます。

 リシュリューは四〇年のダカール沖海戦での損傷が癒えておらず、ジャン・バールに至っては未完成状態でしたが、ダカール沖海戦で失態を犯し、インド洋、ミッドウェーでそれぞれ海軍が大損害をこうむった英米軍は北アフリカのヴィシー・フランス艦隊を過度に警戒すると思われます。

 史実トーチ作戦では戦艦マサチューセッツ、空母レンジャーが参加していますが、作中世界ではこれらの兵力を太平洋に回航する必要があることから、なおさらヴィシー・フランス艦隊を排除して北アフリカに上陸船団を送り届けるための艦艇が不足するでしょう。

 そうなりますと、インド洋での日本海軍の通商破壊作戦の成果もあり、ドイツのアフリカ軍団は進撃を続け、アレクサンドリア、カイロなどを陥落させてスエズ運河を確保出来る可能性が生まれます。

 また、インド洋はエジプト戦線のイギリス軍への補給ルートであるばかりでなく、三本の援ソルートの内、ペルシャ湾ルートが通っています。

 日本海軍によるインド洋での通商破壊作戦やセイロン、マダガスカル上陸などは、必然的に独ソ戦にも影響を与えることになるでしょう。

 ドイツ軍による夏季攻勢であるブラウ作戦は、一九四二年六月下旬より開始されます。

 同時期、英米は大規模な援ソ船団であるPQ17船団をソ連アルハンゲリスクに向けて出港させます。この船団はドイツ軍の攻撃によって商船三十三隻中二十二隻が撃沈される大損害を受け、一時、ノルウェー海経由の援ソ船団が中止されるという影響を与えました。

 作中世界でもこの船団は大打撃を受けるでしょうし、その後の援ソ船団に英米側が躊躇する結果も同じだと思われます。

 ただし問題は、次の援ソ船団の時期です。史実では地中海戦線が落ち着いたために護衛艦艇を増強出来た九月二日に、ようやくPQ18船団が出港しますが、これも前回ほどではないせよ、大損害を受けてしまいました。続くJW51船団が出港したのは十二月で、この船団を襲撃しようと出撃したドイツ艦隊の間に、史実ではバレンツ海海戦が発生しています。

 作中世界ではマルタ島などを巡る地中海戦線は落ち着くどころかインド洋で日本海軍が暴れ回っている影響で敗勢に陥っているでしょうから、イギリス海軍も援ソ船団の護衛に艦艇を回す余裕はなくなると考えられます。

 むしろ、イギリスとしては自国が戦争遂行に必要な物資を得るために、インド洋航路の維持を重視するようになるはずです。インド洋はオーストラリア、ニュージーランドから食糧を英本土に輸入するための重要な海上交通路でしたから、ここを遮断されれば英国民が飢えていきます。

 さらに当時、ビルマを失ったイギリスはインドに必要な米をエジプトから輸送していました。ベンガルの石炭も、イギリスの戦争遂行能力を維持するために重要でした。

 インド洋航路を遮断されることになれば、当然、イギリスとしてはその代替としてアメリカからの物資供給に頼らざるを得ないわけです。

 第二次世界大戦におけるアメリカの大戦略は、基本的に欧州戦線重視でしたから、イギリスの窮地を見過ごすことは出来ません。ソ連に向けるはずだった物資などは、イギリスに流れていくことになるでしょう。

 こうなると、最早英米としては援ソ船団どころの話ではありません。アメリカはイギリスを戦争から脱落させないために必死になるでしょうし、イギリスのチャーチル首相としても自国の戦時経済の維持を第一にせざるを得ません。

 スターリンは激怒するでしょうが、ソ連はひとまず、最も妨害を受けにくい太平洋ルートからの援助物資で独ソ戦を乗り切らねばならない事態に陥ります。

 そうなりますと、ドイツのブラウ作戦は史実以上の成功を収めるでしょうし、スターリングラードの戦いも激戦にはなるでしょうが、辛うじてドイツ軍が撃退することは出来ると思われます。ただし、流石にバクーまで進撃することはドイツ軍の補給能力を考えると不可能で、その手前のどこかで進撃が停止してしまうと考えるのが妥当でしょう。

 一九四二年後半から一九四三年前半の独ソ戦は、スターリングラード―アストラハンを結ぶヴォルガ川の線で両軍が対峙する膠着状態に陥ると考えられます。

 一方の太平洋戦線では、一九四二年十月以降にアメリカ軍がガ島に上陸したとしても、両軍の戦力差から考えてガ島攻防戦は日本側の勝利に終わるものと考えて問題ないでしょう。

 アメリカ側は空母決戦や潜水艦からの雷撃によってワスプ、レンジャーを失い、サウスダコタ級戦艦もガ島飛行場砲撃を目指しながらも、史実第三次ソロモン海戦の逆版のような形で彼女たちを失う結果になると思われます。

 ガダルカナルに上陸した海兵隊への補給を維持するために駆逐艦や潜水艦による補給を行えば、その分、米豪航路の船団護衛が疎かになりますし、アメリカが魚雷を改良する作業を中断して史実日本のような「運貨筒」の開発に注力すれば、それだけ日本の輸送船が大きな被害を受け始める時期を遅く出来ます。

 さらに、史実では手遅れになってから始められた日本海軍による対潜機雷堰の設置ですが、米軍の反攻時期が遅れれば遅れるほど、機雷設置のための時間的・艦艇的余裕は増えるでしょう。

 いずれ米軍による中部太平洋への大反攻を受けるにせよ、史実よりも余程防衛体制が整えられた絶対国防圏で、日本は米軍を迎え撃つことが出来るはずです。

 その時の主要な戦艦と空母の戦隊は次のようになっていると思われます(一九四五年六月と、史実よりマリアナ沖海戦が一年以上遅れたと想定)。


第一戦隊【戦艦】〈大和〉〈武蔵〉〈信濃〉

第二戦隊【戦艦】〈長門〉〈陸奥〉〈日向〉

第一航空戦隊【空母】〈大鳳〉〈白鳳〉〈神鳳〉

第二航空戦隊【空母】〈翔鶴〉〈瑞鶴〉〈雲龍〉

第三航空戦隊【空母】〈赤城〉〈加賀〉〈天城〉

第四航空戦隊【空母】〈蒼龍〉〈飛龍〉〈葛城〉

第五航空戦隊【空母】〈隼鷹〉〈飛鷹〉〈龍鳳〉

第六航空戦隊【空母】〈龍驤〉〈瑞鳳〉〈祥鳳〉

第七航空戦隊【空母】〈千歳〉〈千代田〉〈日進〉


 雲龍型三隻と、大鳳型の内、大鳳の他、ミッドウェー海戦後に建造が開始された大鳳型三隻の内、二隻までが竣工したという想定です。

 大型、中型、小型と合わせて二十一隻の空母を擁する艦隊が出来上がりますが、問題は各空母が搭載機の定数を満たせているか、というところでしょう。

 また、終戦のための外交工作がどこまで進んでいるかによって、その後の大日本帝国の進路は決まってくるでしょう。

 薔薇色の未来は描けないにせよ、それでも史実より余程満足いく戦いを挑めるものと考えます。

 作中世界でも、帝国海軍は最後まで米軍に対して痛撃を与え続けて欲しいものです。


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  あとがき


 これにて、今作「暁のミッドウェー」は完全に完結となります。

 ここまで補論も含めて35話にわたるお付き合い、心より感謝申し上げます。


 補論の部分についても様々なご意見・ご感想を頂き、筆者とは違った視点で考察されておられる方もいらっしゃり、大変興味深く思いました。

 そうした様々な可能性を考え、物語としていくのが架空戦記小説を書く醍醐味であるのでしょう。

 拙作「蒼海決戦」シリーズと今作「暁のミッドウェー」はあくまでも太平洋戦争(大東亜戦争)中の歴史改変しか行っておりませんが、まだまだ架空戦記小説も含めた歴史改変小説は奥が深いものだと、改めて感じました。


 現在連載中の異世界和風ファンタジー戦記「秋津皇国興亡記」も、元々は「日本が鎖国をしないで近代を迎えたら」というIFに着想を得て書き始めた物語ですが、執筆のための史資料を読み込めば読み込むほど戦国期から昭和戦前期に至までの数百年の間に無数の可能性があったことが窺い知れて、史実日本の選択に対するある種の悔恨のような感情を覚えます。

 拙作「秋津皇国興亡記」はまだ近世と近代の狭間の時期を描いている最中ですが、作中世界で本格的な近代を迎えた時、史実日本が採れなかった選択を架空国家「秋津皇国」どう選ばせていくのか、今から悩みの種ではあります。しかし、それもまた歴史を題材に小説を書く面白さでもあります。


 「秋津皇国興亡記」はイラストレーターのSioN先生にお願いいたしまして、表紙風イラストなどを描いて頂きましたので、ご興味のある方は是非ともご覧になって頂けると幸いです。


 それでは、長らくにわたるお付き合い、誠にありがとうございました。

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暁のミッドウェー 三笠 陣 @MikasaJin

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