19 空約束の、皚き結替
私は惑う。檻の中で目覚めた
「悪い夢を視たんだ。
失われた安寧の夢とは、【
『
「僕の【未来視】を【
瑠璃牡丹の花簪と鈴を鳴らして、青ノ鬼は振り返った。燃える青玉の左眼とは異なり、黒の右眼は
「
「『ある惨劇』とは、含みのある言い方ね」
「例の『首謀者』が君に要求したのは、『後継の
「まさか……私との遊戯で得られなかった千里を狙って、『首謀者』が再び動くと? 」
「『
蓮池の夢で出会った『首謀者』が、
「……相見える『首謀者』の駒は、
『蝶』の群れを道連れに、
「なら俺は、檻から出られない
猫耳を顕現した智太郎は、水鏡の向こうで身を翻した青ノ鬼を睨む。溜息をつくように自然な威嚇だった。
「『桜下の惨劇』に無関係の僕自身は、出来るだけ干渉しないのが得策だ。助言で済ませられる内は、そうするさ。僕は、
「……分かってる。再会出来たとしても、説得には応じないはずだ。俺も
水鏡の無限世界が弾けて消えると、智太郎は躊躇いがちに私を見上げる。雪華の睫毛が開花すれば、潤む鮮彩が芽吹きゆく。切なく笑み崩れた私の子は、透明な
「ごめん、母さん……。俺は、千里を選んだ裏切り者なんだ」
「眠る渉は、智太郎が自分の一番を見極めて守ると誓える時を願ってたのよ。それは、私も同じ。……寂寞を覚えるには、少し早すぎたけれど。智太郎も、私と千里を繋ぐ『贖罪』について知っているのね」
「俺の口からは、とても恐ろしくて語れない。口にしてしまえば、千里と同じ願いを選んでしまうから。俺を恨んでいいよ、母さん」
私の背にしがみつく、小さな手の力は強かった。だけど、震えて離れていってしまう。産毛が
「可愛い智太郎が覚悟して選んだ道を、私が恨めるわけが無い。例え、それが私の
『隠世』で生きていた頃の
「……行ってきます」
行ってらっしゃいと返せば、涙を拭った智太郎は震える唇を笑みで引き締めた。花緑青の眼閃で陽炎を纏い、地上へと駆け抜けて行く。妖力を使うのは、幼い身体を補助する為だろう。鴉の意思を確かめる為には妖狩人達の機を見計らうべきか、と判断は揺らぐ。心が『
(( なぁに? 咲雪 ))
「……まだ呼んでないのだけれど」
銀鱗のビラ簪が鳴れば、『
「摘み喰い……させてくれるわよねぇ? 」
ひと睨みで
「勝手に齧ってなさい。貴方の趣味に付き合う気は無いの」
「喰らい合ってくれないなんて、咲雪はイケズなのね。反応が無いと、
「興味無いわ」
「私の意識は貴方と共に有るのに? 私ばっかり咲雪の心情が染み込む影響を受けて……不公平なんだから」
思わず覗き込むと、冴は紫黒色の睫毛を伏せていた。小さく震える艶先に、少女のような繊細さを知る。
「貴方でも、怯える事があるのね」
「怖いものだらけよ。貴方から『隠世』の在処を知って、『原初の妖』の配下の玩具達を手に入れるはずだったのに……知り得るのは、
「……反論出来ないわね」
「喰い殺されない内に、鳥籠から放したらどう? 」
彼女の
「雛鳥は一人では生きていけない。禍神にさせない為に、私達が居るの。翔星も同じ答えだったんじゃない?」
やがて冴は、深い溜息にて視線を逸らす。
「その通りよ。親馬鹿を発揮する所が間違っているんだから」
「貴方の愚痴なんて、笑えるわね。いつか、私を喰い殺すのは
「今生の愉しみは、誰にも奪わせたりしない」
唇の端を爪の甲で撫でた冴は、艷めく
「……見送る時は、貴方も静かな嘆きに立ち尽くす側なのね」
冴が私に話しかけたのかと思ったが、そうでは無い。彼女が静かに見つめているのは、眠る渉だった。『
――私の無謀を知れば、渉はきっと許さないだろう。
智太郎が恐れ、千里が叶えたいと望む『贖罪』の底をまだ知らず。青ノ鬼と交渉した、渉が目覚める未来が訪れても……半妖の死の運命が絡む私が傍に居れる補償なんて無い。渉が生きて帰って来てくれただけで奇跡なのに……
呼吸が乱れたまま顔を上げれば、若苔の朝露が煌めきを放つ。憂苦を蒸散した薫風が、
「初めから、
「馬鹿言え。役目を果たす時を決めるのは、彼岸桜と空のご機嫌だ。
放浪癖が絶えないという、
「雪みたいな子がいる! 」
鶯色の髪の彼女が無邪気な声で示すは、驚いた拍子に頭を縁側下にぶつけて悶絶する智太郎の事では無い! キラキラと
「ふふっ……ぬいぐるみみたいな小猫ちゃんは、ふにふにしても可愛い」
反骨心が煽られた私は、鼻で嘲る。猫は獣。そして、液体のように
「ねぇ、待って! 」
――私達の子が産まれたら、二人できっと桜の木の下を無邪気に駆け回る。
いつか、秋陽が語った夢物語の中に……私達は居るのだろうか? 例え、秋陽と渉が絵本の輪に居なくても、千里と智太郎も、私の……『家族』なんだろう。翔星が、無邪気に駆ける私達に鷹眼を見張った。形代の
羞恥が掠めるも、猶予は無い。宮本 都峨路までもが気づく前に、雪見灯篭へ滑り込んだはずが……縁側下を見
「こ……小猫ちゃんが……
智太郎が振り向けば、『不覚』とはっきり顰め面に書いてある。そのまま智太郎は過ぎ去ると思ったが、転んだ千里に視線を迷わす。やがて……片膝をつくと、瞠目する『幼い千里』の手を取った。
「いつか約束を裏切られようが、新しく誓ってやる。今も昔も『味方』の俺は、お前を鳥籠の中で孤独なんかにさせない。だから千里も……絶対に俺との約束を思い出せ」
真っ直ぐな瞳に宿る
「何言ってるの、
「小さい千里とは、まだ遊べない。だけど必ず迎えに来るから、『
拗ねたような朱を頬にのせ、智太郎はそっぽを向く。そっと手を離した智太郎が駆け出すのに、鬼ごっこはもう終い。残された千里に、私は隠れるのをやめた。現れた
「私は穢れた裏切り者なのに、馬鹿だよ。私達の
腹底から押し殺された悲鳴は、私の鼓動に爪を立てる。千里を見上げれば、潤む瞳孔は研がれ『紅紫色を変幻する青紫色』に杏眼が染まっていく。智太郎からの説得を躱し『願い』が揺らがないように、
幼い
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