14 我らの花檻に、金閃
乾燥
「臨月に喫煙とは、頂けないな」
『
「私にとって
ため息を
「咲雪が守りたいのは、胎の子だけじゃないだろう」
檻の間から、刃風が白煙を切り裂いた! 私は突きつけられた
「姿を消した秋陽さんと翔星の居場所を、そろそろ吐いたらどうだ? ……俺は二人が
重厚な声と刃の水平線が、私達を唸る殺意で繋ぐ。真っ直ぐな
「二人は、
正治は苦く顔を顰めた。私にはそれが、己を殺そうとしているように見えた。
「恐れが情を上回る限り、不可能だ。『妖』は、『人を渇望する
この男は『原初の妖』を良く知っている……。
正治が『隠世』を探していた理由は、『妖』という玩具を渇望する擬似妖力由来術式家門とは違う。『人の世』を脅かす根源たる、『原初の妖』を滅する為か……。
同じ恐れを知る私なら、正治の殺意を解く糸口を手繰り寄せられる。まだ遅くは無い、と正治を睨めつけた刹那――苦い金属音を連れて、金雷が閃く! 檻から抜かれた正治の太刀が、
「何故……ここに居るの、
がらんどうな逆光を背負う彼は、秋陽と共に
「父上……俺は、貴方の間違いを正しに来ました。
「……何? 」
流石の正治も、冷静を保てない。
愚直な翔星は、冗談が言えない男だ。
「俺が、彼らの半
乾いた嗤いで肩を揺らす翔星に、私は
「災厄からは守れなかった……。
要らない息を吐き出した。鉄格子に縋っても、青白い目眩には逆らえず俯けば、重い鼓動が臨界へ冷えていく。硝子の水鳥さえ、鳴かない静けさ。内なる
『
心臓から弾けた花緑青の陽炎越しに、ただ理解した。眼前の
「最期の問いに、それでも産みたいと言ったんだ。……秋陽は己の死を受け入れたのかもしれない。俺には受け入れられ無かった……秋陽が生きていなければ、『次』なんて無いのに! 」
同じ淵に居るはずなのに、翔星は金の閃光で往く! 己の影から『狼の妖二体』を遣わして。忌まわしい翅の毛並みをもつ
「かつて、人を喰らった日本狼は滅んだ! 日本狼よりも遥かに危険な生き物である妖は、このまま人に淘汰されなくてはならない! 」
荒々しく叫んだ正治は、地下牢を跳び回る影と金閃を睨む! 眼前の鉄格子を蹴った狼の妖は、正治の刃閃を
「淘汰など間違いだ! 日本狼が狼犬となり得たように、人は妖とも共存出来るのだから! 父上は、人を忘れられない『妖の可能性』を、咲雪に見出したから生かし続けたのでしょう! 」
交わした刹那。眉は顰められているのに、正治が私へ向けた眼差しは純真に『何か』を求めるようだった。目を逸らした正治は、白金の太刀を地に突き立て金雷を爆轟の如く放つ! 偉大なる金雷の華先は、狼の妖二体と
――視界が金雷に眩む中、洗朱の
「正治さん?
「竜口 冴……。何故、翔星を選んだ! 」
「妖との共存を掲げる翔星の信条は、『竜口家』の利益になるだけですよ」
良い歌でも聴くように小首を傾げ、冴の
冴の唇は、(( たべられたいの? )) と紡いだ。
否。
「
腐肉の絶望を切り裂いた翔星の声は、脳裏に陽を蘇らす。怯えを垣間見せた
【月桂花の枝は、傷だらけの手で折られた。捧げる為の花瓶は無い】
「正治、貴方は優しい人なのね。優し過ぎて……愛した
私を見つめるのは、虚ろに放心する正治だけだった。亡くした人が、現実の私達の元へ帰ることは無い。
「まさか、
「正治は殺意を保てない。私と秋陽を娘のように思ってくれる、優しい人だもの。可愛い初孫なんて、滅茶苦茶に愛でられずにはいられないわよ、絶対」
「それはどうだろうか。俺の柱は、『原初の妖』への
「なら、貴方の孫を信じてみてもいいんじゃない? 『人』の心を、保ち続けられるかどうか。少なくとも貴方は、眼前の
翔星に白金の太刀と鞘を奪われても、正治は抵抗しなかった。試しの一振は、
「
「そんな紛い物を手にした所で、お前は本物には成れない。それは、『秘ノ得物』では無いのだ」
「ええ、分かっています。桂花宮家には、『初代当主の白鞘』しか残されていない。この太刀は……金の稲妻の
煌めく
「導くべきお前達が道を踏み外せば、私は千里を殺す。少々早いが、隠居の身として見守らせて貰おう。……ただの孫煩悩な男で居させてくれ」
正治は
地下牢へ駆けてくる渉の声がする。独りでは無い事に、息を吐こうとした瞬間……小さな破裂音に戦慄し、息を止めた。己の膜の音だという奇妙な実感が、足を伝う確信になる。
――破水したのか。
秋陽は、生きて帰れなかった。私が生きて帰れても、秋陽にはもう触れられない。弱い私は賭けをするしかなかった。 死んで跡を追うか、生きて遺言を辿るべきか。どちらが私の道になるのか……。
ここは、私の生まれ故郷じゃない。
異端の地に根付いた、柘榴は割れるのだ。
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