12 夢を視る陽
桂花宮家の地下牢へ幽閉された私は、誰を呪うべきか。疑心暗鬼を
「おかえり、
「
「私は咲雪が見てきた通り……妖でも妖狩人でも無い、ただの『人』だよ」
「ただの『人』が、妖狩人の
「そっか……咲雪が言うなら、私はただの『人』じゃないのかな。分かんないの、自分でも」
睫毛に透かす黒檀色の杏眼を伏せた秋陽は、己の胎を無機質に撫でる。
「
「秋陽は、『若葉色に輝く生命力』……
「触れる事も出来るよ。『私の大切な人達を殺そうとしたら、妖狩人達の生力を奪うよ』って、
「……なんで、秋陽の胎に……」
秋陽は問答に飽いたように息をつき、くしゃりと苦く笑った……ように見える。でも、違うと確信した。息は震えていて、涙が目尻に反射した気がしたから。
「さっきは、呆然としてた
翔星は秋陽に何と返したのだろうか。独りに耐えるような秋陽の声が、私に翔星の迷いを悟らせた。
「私に明かした通り、正治に殺意が生じると分かっていたんでしょ? 私達が
「……そうだね。だから正体が知られる前に、先手を打った。お義父さまを囁きで脅すと同時に、『桂花宮家初代当主』と同じ、生力を操る力を『癒しの力』として妖狩人達に見せて。何も知らない『生力由来術式家門』から集めた崇拝を盾にすれば、お義父さまは陽の下で、『人』の私と『この子』を殺せない。……それに、咲雪には穢れた私の
絹糸に縋るような秋陽の泣き
「秋陽がついたのは、『家族』の私を守る為の嘘でしょ。私を二度も救った秋陽は、私に何をしても良いの。私の
鉄格子は掴まれた。秋陽は杏眼を
「ならさ……もしも
守る覚悟が息衝く輝きで、頭を殴られたようだった。ごく普通の少女だった秋陽を『桂花宮家』へ迷い込ませ、変えてしまったのは誰か。秋陽の潤んだ瞳に映る、呆然とした『白魔ノ
「お願い、咲雪。いつか妖に化す『この子』が誰かを殺さないように、母として『悪の色標本』を与えてよ! 」
「揃いの『家族』の夢を……貴方自身ごと諦めるつもりだったの? 」
「……諦めたくなんかないよ。けど『この子』が生きてくれるなら、永遠じゃなくても季節は巡る。
檻の中から牙を剥いて、曖昧な『夢』を急速に喰い殺したくなった。驚愕した秋陽の手首を掴み、乱暴に引き寄せるくらいには!
「今生きているのは、
秋陽の細い手首の骨を軋ませるくらいに強く愛おしめば、私の手の内で温かく脈動した。こんな事くらいで、瞬く間に怯える秋陽は可愛い。『生き汚く足掻け』と私を怒鳴った渉の叫びは、硝子の破片として心臓に突き刺さり、私の血肉になったんだ!
「秋陽が生きて、その子を産める場所を私が探してあげる。 秋陽の天敵が『正治』でも……私の天敵は違うの」
誘惑を潜ませて嗤う私に、秋陽は呆然と瞬く。涙伝う秋陽の頬を撫でて慰め、私は自らの内側へと瞼を閉ざす。
『
(( 魅力的な提案ね。渉の傷の掌握を盾にして、貴方を内側から食べようと思ってたのに……自ら私を悦ばそうだなんて、咲雪は頭がおかしくなったの? ))
『正気かどうかなんて、私を
冴に掛けられた『
(( 私を頼った事は褒めてあげる。咲雪は
『胎の子が生まれて、半妖の私が死にかける時が来たら、全部喰いつくしていいわよ。生きたまま、齧り始めても構わない』
(( まぁ、なんて素敵なの! 本当は新鮮なまま、全部食べたいけれど……良いわ。貴方を甘やかしてあげる。願いは何? ))
『秋陽と胎の子を、
(( あら、怖い。でも咲雪に縋られるのは、心地いいから……戯れに正治さんと遊んであげる。今私は仕置の
『私が信頼してるのは、『私を喰らいたい』という冴の貪欲さだけど。『
(( ふふ……
『……殺されない程度にしておきなさい』
私は、戸惑う秋陽へ瞼を開く。命知らずな快楽主義だが……欲に従順な冴は、やはり使える。秋陽の為に私が天敵に縋ろうとは、正治にも予想出来ないだろう。
「仮寓を得た。その内翔星も合流するはずだから、心配しなくていい」
「……
「そんなに不安そうな顔しないで、秋陽。竜口 冴としたのは、良い取引だったんだから。彼女は、秋陽とその子を必ず守ってくれる」
冴の
「私は咲雪が心配なの。その
『浸』の術式も、冴の本性も、秋陽に口外は不可能。真実を共有出来るのは、共に『浸蝕』された彼だけだ。
「あの女へ……
地下牢への階段を駆け下り、私を蒼黒の
「共存する為に、取引しただけ。対価は後払いなの」
「言うつもりは無いんだな……。一つだけ確約させて欲しい。咲雪が死ぬような取引じゃないと」
「そうね。壮健に生きている私が失う物なんて無いから……そんなに怖い顔しないでよ、渉。急いで駆けて来たのは、冴から『取引』の一部を聞いたからでしょ? 」
「……冴から、秋陽さんを『竜口家 別邸』へ案内するように、告げられた。敵の口内に飛び込むような物だが……秋陽さんは仮寓を信じるか? 」
「私が信じてるのは咲雪だよ。このまま黙ってお義父さんに殺される訳にはいかないの。でも……咲雪が」
強い希望の燈を杏眼に宿したのに、私を捉えた秋陽はすぐに臆病になった。
「私は『永久幽閉』なのよ。私が心配なら、正治に勘づかれる前に早く仮寓に向かって、『守護役』の渉を返してくれる? 秋陽が無事じゃないと、綺麗な檻で心穏やかに過ごせないじゃない。
「……私は咲雪を『救えた』って言えないよ。檻の中で守る事しかできなかった。我儘だけど……『家族』の咲雪と一緒に行きたかったな」
渉に連れられた秋陽との再会は、何時になるのか誰にも分からない。正治の殺意が消えない限り……私を振り返る秋陽は『桂花宮家』へ帰れない。言霊を恐れる私達は、永久の別れになる可能性を口に出来なかった。
地下牢への扉が閉ざされれば、檻の中の私に
首に立てた爪の代わりに声を凶器にし、天へ慟哭する寸前……聞こえるはずが無い羽音がした。
「いつもそうだ。咲雪は死に瀕しても、私に助けを求めようとしない。お前には『救い』が必要だというのに」
「父親
私が牙を剥いて咆哮すれば、応えるように鴉の羽が乱舞する。漆黒の両翼が開かれれば、浮世離れした美麗さを体現した男が現れた。黒耀石の
「ならば私が、咲雪が本当に欲する『救い』に答えを出してやる。……咲雪の母親は、涙流す娘を檻に閉じ込める事を望むのか? 」
慈愛隠せない鴉は、私が果たせなかった慟哭より、胸の内を辛い切望で刺激した。私の涙掬う白い掌は、体温を感じないのに……滑らかで優しくて『母親』みたいだったから。
「『隠世』で生きていた頃の
視界が涙で煌めくままに瞬けば、鴉は『微笑する私』に化す。白銀の髪靡かせる『白魔ノ猫』だけが、地下牢に座る。鴉の
「追いかけるべき先は、分かっているか? 」
「誰が、秋陽に仮寓を与えたと思っているのよ」
私を演じる鴉に嘲りを返すと、『普通の女』の服が放られた。全く……何処まで【遠距離透視】で視ていたのやら。白い袴から空色のワンピースに着替え、簡単に開いた檻を潜り抜けて振り返れば、目を開けた鴉は『薄情な私』らしく瞬きを返した。私を衝動的に助けただけで、案外事情を分かっていなかったり……するかもしれない。憂いのある雰囲気纏う鴉は黙っていれば、『全能』だとこちらが勝手に錯覚してしまう。
「……ありがとう、
地上への戸に手を触れ陽光を浴びる私は、鴉の完璧さを壊したくて、思い切り笑みを送ってみた。一瞬瞠目した彼は、誤魔化すように
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