10 青風に鷹は裂き、虎は唸る
「急ぎ伝える! 『
荒い息を吐いて、駆けてきた
「これから翔星も向かうのでしょう?
「身重のくせに、何を言っているんだ! 良いわけが無いだろう! 」
翔星を睨んで立ち上がった今の私は、言葉を失った隣の秋陽と同じく妊娠中期、五ヶ月目にあたる。白袴を着た私の胎の膨らみは、傍目には分からないくらい。
「安定期だからって、正気に聞こえないのは理解してる。けれど『亀甲竹の竹林』は、間者である
「自分を、渉を守る為の囮にする気か 」
「半分はね。私は、もう『家族』を失いたくないの。胎の子も、父親が居なくなる事を望んだりはしないはず。相手の
「だが……どちらにしろ、咲雪の
「翔星さん、お願い。咲雪を行かせてあげて。
「当たり前でしょ。秋陽も私の『家族』なんだから」
愚かな私の肩をもち、秋陽は綺麗に微笑を返した。待つばかりの歯痒さを、同じ『母親』である秋陽は誰よりも理解してくれていた。
「……渉に一生恨まれるな」
翔星は苛立ちを隠せずに、逆立った黒茶色の髪をかき上げた。裏腹に、花緑青の陽炎を纏った
「いってらっしゃい。……生҉力҉が҉視̶̡̛҉̸̧͠͠҈̶̷̵̴̨̧̛̛҇͆̒͋͐͢͜͢͜͡͝҈̷̵̶̸̧̡̡̨̛̛̣̱̰̗҇̏͢͝͞҈̡͔͡҈̧҇え҉̨̰̬̀͒̂̕る̵̡͖̩͇̪҇͒́私が…お義父さんを止҉҉め̵̷…҉̛͢な҈̨̛きゃ……-҈̨͎̟͂̅͐̕に化҈̢̲̮̣̿͂̇͌͑͠҈̴̨̦̩̎̆̈́̓͠すこ҉の҉̢͞子-҈̨͎̟͂̅͐̕-され҈̢҇る前に…҉̛͢」
秋陽が呟いた言葉を、耳障りな
薄暗い竹林を抜ける
「
冷静な翔星を一瞥すれば、予言通りに地鳴りがした。地を蹴った私達が左右に散れば、
「今度は
強拍子で攻め立てる甲高い鳴き声に煽り見れば、凶暴な
――陽の支配者は、
白銀の
「やはり、
「封印はあと三つ。渉は何処なの? 」
竹林は、亡き兄妹の民家以外に
「……き……」
横切った呻き声に左を向けば、竹林に虎。腹の縞模様に、獣の多眼。振り回された長得物から、
「咲雪……何故、ここに 」
「そんなに傷だらけなのに、分からないの? 私と子供を一生待たせるつもりの渉を、引っぱたきに来たのよ! 」
咆哮した苛烈な激情は、全身を突き抜ける! 渉を抱く自分に、何処か冷静な自分が驚愕した。泣き
「身重なのに馬鹿だ。咲雪はもっと冷静だと思ってた」
「渉が帰って来ないから、冷静な『母親』が出来ないの。猟犬なんてもうやめて、 帰ろう」
「せっかく『外』で会えたのに、つれないのね。咲雪」
溶かすように甘い女の声は怖気がした。紫黒色の髪を纏めた銀鱗を模すビラ簪が、歩む度にシャナリと鳴る。私を捉えた
「
「冴と呼びなさいと言ったでしょ、聞き分けが無い子。
「一体、何を……竜口家が『秘ノ得物』と咲雪を狙う『首謀者』じゃないのか?」
渉を庇い、得物を構える私と翔星に、冴は口元を袖で隠して嗤う。
「随分流行ってる
「同意。我々は、
「その蛇みたいな『
「
渉の隣で消失する虎の妖の首には、赫赫たる光の残骸が見えた気がしたが、弥禄を妖狩人らに突き出せる証拠など、立ち所に消えた。私を装う誰かの『手紙』が、灰と化したように。
「桂花宮家から
「これは、正当防衛だ。
「正気か、貴様ら……」
「勿論、正気じゃないわ。
冴が小首を傾げて翔星を嘲笑えば、彼らの背後から無数の蛾で構成されたような、翅の毛並みをもつ『狼の妖二体』が現れた。
そして……冴を守護するように朧に漂うのは、『人魚』。洗朱の背鰭は『リュウグウノツカイ』にも似ているが、背骨が露出している。人間に似た
「妖の封印は、六つだったはずでしょ。何故、
「よく数えてみて……咲雪。
まるで、おはなしにならない。狂気に嗤う冴と弥禄は、私達を虚言で絡め取ろうとしているかのようだ。彼らが欲しいのは、私だけ。渉と翔星は、
「渉を支えて、あの民家まで逃げられるか。咲雪」
「何言ってるの翔星、 置いて行けるわけが無いじゃない! 」
「これはただの時間稼ぎだ。増援の妖狩人達の前に晒されれば、コイツらも
一対の戦輪を両手に、鷹眼に
「翔星、絶対に帰って来て。秋陽が待ってるのは、私達三人なんだから」
「帰るのは『家族』なんだから当たり前だろう、フラグを立てるな。いいから行け」
渉を支えた私は頷き、花緑青の陽炎で疾走を開始した! 最中、馬鹿みたいなことを考えてしまう。私が一方的に嫉妬して嫌っていただけで、翔星は愚直な
振り返るのは、親愛なる翔星への礼儀に反する。生きる私達が愚直に目指すべきは、『亡き兄妹の民家』だけだ。
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