第8話

出版社のメディア編集部を訪れた。


デスクに顔見知りの人物を見つけると会釈をした。会議室に通されて、一連のあの話を持ちかけた。


「先日の件ですが、龍喜さんに証言が取れたんです。」

「それで、彼は何と言っていましたか?」

「会話をレコーダーに保存してあります。聞きますか?」

「お願いします」


メディア部の酒井さんが当時取材した際、隠し持って録音したICレコーダーを再生すると、龍喜との会話が流れてきた。


「では、改めて…貴方がこれまで複数の女性と関係を持った事は間違いないんですか?」


「はい。恋いとが貴方に持ちかけたお話にある方たちとは、面識があるのは間違いないです」


「恋いとさんとはまだお付き合いされている間でしたよね?何故その様な事を繰り返し行動されていたんですか?」


「彼女とは、同棲を始めてから間もない頃、喧嘩が絶えなくて。結婚どころの話では無くなってしまい、一度別れたんです。別居もしました。その頃仕事で一緒になった女優さんや、地方寄席で知り合った女性の方、友人を介してお付き合いをした方がいたのは、事実です」


「彼女以外に新しい恋がしたくなったという事ですか?」

「僕も世の男性方と同じ男です。だから、恋愛をしたくなるのは、仕事の為ではなく、素直に欲を満たしたいという思いが強かったんです」


「恋いとさんとは、何故別れなかったんですか?」

「彼女は戦友というか、同志でした。お互いに噺家として生きていくと決めた以上、逃げる事はしたくありませんでした。だから、婚約を解消して、友人になったんです」


「お話は戻りますが、女性関係においては当時どの様にお付き合いされていましたか?」

「付き合って分かったのは、十人十色というか…色々色恋があると体感しました。彼女達からも教わりましたね。性欲から発する色情などを。なんてね。」


「まぁ、様々な方々がいらっしゃいますからね。後悔はありませんでしたか?」

「はい。それはありません。村山かおりさんの様に、身体にメスを入れてしまった事には大変反省はしました。ただ彼女はあれから、女優として以前以上に輝いていますし。僕もその姿を見て、逞しく思えました。」


「一般女性の方にも手を出してしまった事については、いかがお考えでしょうか?」


「私がいる世界を理解するのは、とても苦労をされたと思います。どう伝えれば彼女達に解ってもらえれるか、悩みました。ただ、やはり釣り合わないと確信しました。お互いの生活を考えると、無理に合わせなくても生きて貫いていく方法はいくらでもあると…そう伝えたいですね」

「色々、事を綺麗に収めようとしている様にも聞こえてきますが…事実関係は認めるという事で、この件は記事におこしても良いですか?」


「はい。世に出してください。」


「どうして止めようとしないのですか、隠蔽する事もできますよ?」


「一旦生涯の中で区切りをつけたいんです。けじめというか。そうすれば、日頃からお世話になっている方や、応援してくださる方にも何処かの片隅で、理解してくれるんじゃないかと思いまして。だから、記事を書いてください。」


「後戻りできませんよ?良いですね?」

「はい。お願いします」


龍喜の素直な言葉がそこにはあった。

包み隠さず世にさらけ出す事に躊躇わずに立ち向かう姿を想像した。


後日、週刊誌が今回の件を述べた記事を発行した。


"人気落語家が見せた昼夜の顔の裏側"

"噺のネタは過去の女性関係の情事に匹敵か?"

などの見出しが目立つ。


盛り上げる為なら恥も問わないメディア側のやり方に呆れていたが、一時的なものだから、潮が引くまでは静かに見守っていよう。


すると、いつくかのテレビ局も報道を流した。当時演芸場の前には報道陣も出回り、龍喜の元へ近寄り取材すると、彼は冷静に事実であると返答した。

しつこく付け回されるかと思っていたが、今の時代なのか、報道陣側もわずか1日で後を引いた。


再び出版社の酒井さんに会い、僅かばかりだがと告げられて、報酬を渡してもらった。


私は彼の過去に起こした情事について、女性達がこれで受け入れてくれるのなら、つかえていた胸のわだかまりが脆く崩れていくのと共に、これである程度の任務を終えた様な気がしたと確信に満ちていた。


***


2週間後、テレビ局はある報道を流していた。


朝8時。1本の電話が入った。マネージャーが落ち着かない様子で私にある事を告げてきた。


「龍喜さん、テレビ見ていますか?」

「どうした?朝から慌ただしくして…」

「直ぐに見てください。和歌山の山中で遺体が発見されたそうで。身元が判明したんですが…龍壱さんと思われるものだそうと、一部のメディアが騒ぎ立てているんです」


「今月未明、和歌山県の山間部に位置する県道の脇から、男性の遺体が発見されました。身元は中田翔太郎さん39歳。中田さんは落語家の咲楽家龍喜さんの元直弟子の方と判明されました。県警は引き続き遺体の解剖を行い、死因について自殺とみて捜査を行うと発表しています。繰り返しお伝えします…」


「…今、点けた。あぁ。確かに龍壱の名前だ。あいつ、どうして…?」


何が起きたのか、想定のつかない出来事が飛び込んできた。

私は、テレビの前に立ち尽くして、ただただ事実を認識できずにいた。


彼の身に何があったのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る