第2章 月と鼈

 今更ではあるが、俺は高校2年生という身分である。

 5月も残りわずかとなったこの時期には当然、前期中間テストがある。先程まで行われていたホームルームでも、担任の大須田浩輔はその事について触れていた。

 テストが近頃あるということは例年のことなので頭にはあるはずだが、いざ担任から言われるとクラス中で落胆の声が上がる。

 ここまでが一連の流れ、のはずだが今回は違うらしい。

 というか、俺は注目を浴びていた。正確には注目の的は俺の目の前にいるのだが。


 「伊澄、注目されてるよ」

 「いやいや、見られてるの椿だから。てか何でここに?」


 彼女の名前を知ってから1週間と少しが過ぎた今日この頃、俺たちはお互いの名前を呼び合うことに対する違和感がなくなっていた。


 「遅かったから来てみた」


 椿の言うとおりホームルームが終わった時間はいつもより10分程遅かったが、教室に来るだなんて思ってもみなかった。俺を30分待っていたあの日の椿はどこへいったのやら。

 何か言い返そうと思ったが俺は椿との会話を中断することを選んだ。理由はクラスメイト全員の視線がこちらに向けられているからに他ならない。


 「あの綺麗な人誰?」

 「3年で一番可愛いって有名な人じゃない?」

 「めっちゃ綺麗な人!」

 「何で逢沢と?」

 「もしかして付き合ってるとか?」

 「ないない、どう見ても不釣り合い」


 教室内でそんな声が所狭しと飛び交う。

 確かに椿はスッキリとしたフェイスラインに綺麗な鼻筋、大きな瞳は吸い込まれるような魅力があり誰が見たって整った容姿をしている。それに比べて俺はというと死んだ魚のような覇気のない目、伸びた髪の毛、友達がいないクラスで浮いた存在だ。

 不釣り合いと言われても反論の余地なんて微塵もない。

 俺なんかといると椿の評判まで悪くさせてしまうような気がして居た堪れない気持ちになった。


 「行こっか」


 そう言っていつもどおりの優しい笑顔で廊下へと向かう椿に俺は無言で着いて行った。

 彼女は今何を考えているんだろう。失望させてしまっただろうか。そんなことを思いながら下駄箱へと脚を進める。


 「良くないこと考えてる顔だ?」


 心臓がどくんと高鳴り、無言の肯定をして俯く自分がみっともなくて、いつもよりも足早になってしまう。


 「他の人の声なんて気にしなくていいんだよ。君は君でしょ、伊澄」


 いつもは顔を見て話す椿だが今日は進行方向だけを見てそう言う。あえてそうしてくれているのだろう。

 椿の優しさに甘えてしまう自分が情けない。


 「俺といると椿のイメージが……」

 「私といるのが嫌になった?」


 もちろんそんな訳ない。

 椿と話している時間は楽しいと思うし、彼女がいい人であることは疑う余地もない。

 でも、だからこそ俺といると……

 そんな風に考えてしまう。


 「伊澄が私と関わらないことを自分で決めたなら納得するしかないけど、そうじゃないなら私のイメージを気にしてもらう筋合いはないよ」


 今度こそ俺の方を見て言う椿の顔は笑っていたがどこか儚げに見えた。

 俺の変な気遣いが必ずしも椿の為になるとは限らない。そんな当たり前のことに彼女の顔を見て気が付いた。

 彼女の優しさに応えたいと思った。

 とりあえず下を向くのは止めよう。

 彼女の隣が似合う人になりたいなんて傲慢なことは思えないが、彼女の隣にいる時の自分は好きになりたいと思った。

 俺は自分と向き合い、少しずつでも変わることを決意した。

 そうだな、まずは……


 「ごめん椿、今日は先に帰るよ!」

 「そっか、また月曜日ね」


 先ほどとは打って変わってハキハキ言う俺に少し驚いた表情をする椿だったが、何かを察したのかすぐに言葉を呑み込んでくれた。

 手を振る彼女を背に俺は走り出す。


 週が明けた月曜日の放課後、俺は椿からの「遅い」というLINEを見て廊下を疾走している。

 初めてクラスメイトと話が弾んで時間を忘れていたのだ。


 「遅くなってごめん」


 スマホで何かを見ている彼女に声をかけた。


 「遅いよ、いず……誰?」

 「おい?」


 俺の顔を見ながら辛辣なことを言う椿だが、今日のところは仕方ないのかもしれない。なぜなら、俺の髪の毛は今風の前下がりセンターパートになり、眼鏡もコンタクトに変えたのだから。


 「雰囲気変わったね」

 「そ、そうかな」


 少し照れくさくなった俺は目線を椿から外して苦笑する。


 「カッコ良くなった伊澄君は女の子にモテたりしたのかな?」


 揶揄ってくる彼女の顔はやはり悪戯に笑っていた。


 「そんな漫画みたいなことないよ。でも、友達はできたかも」


 もちろん先ほどまで話をしていたクラスメイトのことだ。まぁ、話の内容は椿のことが中心だったりするのだが気にしないことにする。


 「そっか、それはよかった!」


 椿は驚いた顔をした後になぜか嬉しそうに笑った。


 いつもの交差点で椿と別れて自宅へと脚を運ぶなか、彼女に聞きたい事があったのだと思い出し、LINEを送ることにした。


 「そういえば椿って3年生だったの?」

 「そうだけど、言ってなかったけ? 今さら敬語とか使わないでよ」


 聞いてないんですけど!?

 


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