第42話 特殊ギミックとハウスルール

 まどろみから目を覚まして、仰向けの姿勢になっているらしいことに気がついた。

 視界は暗い。魔石ランプの薄ぼんやりとしただいだい色の光が見えるけれど、光量を絞っているようだし、何か、目の前に覆いかぶさっているみたいで、視野がせまい。


 何をしていたんだったか。キャンペーンの最終話が終わって、みんなで盛り上がって、食堂で打ち上げをして、ああそうか、お酒を飲んでいるうちに、寝ちゃったのか……


 そこまで考えて、自分の体勢に気づいて、ぎょっとした。

 今僕は、テーブルに並んだ椅子の上で横になっていて、隣で飲んでいたメイドさんがテーブルに突っ伏して眠っていて、僕の頭はそのメイドさんの太ももの上にあって、つまりひざまくらの状態で、視野がせまかったのは目の前にメイドさんの胸元があるからで、待ってこれいろいろよろしくない。


 あわてて、けれど起こさないようにそろりと起き上がった。

 周りを確認する。灯りを絞った薄暗い食堂。

 床で神官さんが寝ている。毛布がかかっている。メイドさんにもかかってるし、僕にもかかっていた。

 王子や大臣や兵士長の姿は見当たらない。

 女神様は……いた。窓際。

 星明かりに照らされて、床に座り込んで、うつむいて何かをながめていた。


 ゆっくりと、近づいてみる。

 ほのかに白く光る女神様。星明かりもあいまって神々しい。実際女神様だけど。

 近づいて、ながめているものに気づいた。

 TRPGのキャラクターシート。それから、今日のセッションで使った、情報カードの束。


「目が覚めたかの」


 僕に気づいたみたいで、女神様は顔を見上げさせて、笑いかけてきた。

 それからまた顔を落として、情報カードを指でなでて、照れくさいように、けれどいつくしむように、微笑んだ。


「まったく、現金な話じゃ。この身が民から信仰されていることなど、分かっておったはずなのに。

 けれど分からんもんじゃの。こうして形にして受け取るだけで、こうも実感がわいて、うれしくなるものだったんじゃな」


 カードを抱きしめるように、胸に引き寄せた。


「ああ。うれしいんじゃ。この身はすごく。

 感謝しておるぞ。この喜びを実感できたのは、おぬしらのおかげじゃ」


 星明かりの下で、女神様は笑顔を向けてきた。

 きらきらとしている。


 今日のセッション、僕はまたお行儀の悪い仕掛けをした。

 セッションの様子を、僕は思い返す――




   ◆




 日々は過ぎる。何をしてもしなくても、日常は続いていく。

 そんな中で今日また、みんな応接室に集まった。


「みなさん。今日はいよいよ、キャンペーンの最終話です」


 テーブルにつくみんなは、心持ち、いつもより背筋が伸びていた。


 王子。大臣。兵士長。メイドさん。女神様。神官さん。

 一緒にキャンペーンを駆け抜けてきた、仲間たち。


 その少しかしこまった雰囲気に、僕は少しだけ吹き出して、言った。


「キャンペーンは終わりますけど、TRPGの機会はずっとあります。遊びのひとつが終わるだけです。

 でも、そうですね。こうやって最終回となると姿勢を正してしまうくらいのめり込んでくれたのは、素直にうれしいです」


 笑う。

 そんな僕の顔を見て、みんなもまた、笑ってくれる。


 僕は用意した小道具をテーブルに置いて、話を進めた。


「セッションに先立って、今回のセッションのあらすじと特殊ギミックを説明したいと思います」


 みんなの目が、僕の顔と手元とに向く。

 僕が手元に置いたのは、カードの束。


「前回のラスト、魔王は空に浮かんで雲と一体化しており、普通には手が届きません。

 そこでプレイヤーキャラクターたちは虹の力をもちい、魔王のもとへたどり着くための架け橋を作ります。

 その力の源となるのは、大陸に住むさまざまな人の想いの力です」


 テーブルに、簡易マップを広げる。

 それからカードの束を、指で指し示す。


「この情報カードには、人々の想いが書かれています。

 みなさんにはセッション中、判定でこの情報カードを集めてもらい、マップに並べることで『橋』に見立てます。橋が魔王の場所まで届けば、最終戦闘に突入可能です。

 またカードは戦闘の際にも様々なボーナスを与える効果があるので、集めれば集めるだけ有利になります」


 説明した概要やボーナス内容をまとめたサマリーを、全員に配布する。

 王子が興味深そうに、サマリーを見やって言った。


「これはまた、今までとはまた一味違う遊び方だな。

 ルールブックには、こんな遊び方は書いてなかったように思うぞ」


「はい。今回のシナリオのために用意した、オリジナルの遊び方です」


 目を向けてきた王子に、僕はにこりと笑ってみせた。


「TRPGは、みんなが楽しく遊べる限り、いくらでも新しいルールを作ったり改変したりできるんです」


 たとえばトランプの大富豪のローカルルールとか。麻雀のローカル役とか。

 あんな感じの特殊ルールをつけ加えるのは、TRPGではちょくちょくある。


「今回はこのセッション限りの特殊ルールってだけですけど、キャンペーンを通して特定の特殊ルールを採用し続けたりとか、特定のグループ内ではいつも採用する特殊ルールがあったりとか、ってこともありますね。

 そういう場合のルールは『ハウスルール』って呼ばれたりもします」


 王子や大臣が、興味深そうに聞いている。

 語ろうと思えばいろいろ語れる内容だけど、今回はかいつまんで必要なお話だけ。


「際限なくハウスルールを入れるのはおすすめしませんが、うまくルールを入れることができれば、新鮮で楽しいセッションができますよ」


 僕の言葉を聞いて、僕の顔を見つめて、王子はにやりと笑った。


「つまり今回おまえは、新鮮で楽しいセッションを用意してくれたと、そういうわけだな」


 僕は返事をせずに、にこりと笑顔を返した。


 これまで僕は、何度お行儀の悪いシナリオを作ってきただろう。

 その中でも今回は、とびきりのたちの悪さだ。

 人によっては、怒るかもしれないな。

 それを必要だと言って押し通すのは、きっと僕のわがままだ。


 そんな考えを笑顔に隠して、僕はただ宣言した。


「それでは、今日のセッション。始めていきましょう」


 レベルアップの報告。

 そして僕は、オープニングを読み上げる。


「剣と魔法がきらめく大陸。跋扈ばっこするモンスター。

 混沌うねる大地はしかし、あまねく希望をその背に宿す。

 これより連日語り継ぐは、そんな世界で繰り広げられし大冒険。本日は、その一幕。その、最終章。

 力を解放した魔王により、世界は暗雲に包まれた。

 広がる混沌。しかし希望はついえない。今この場には勇者がいて、大陸に住む一人一人のその胸には、希望の光が宿るのだから。

 勇者よ、光を束ねよ。闇を切り裂き、暗黒の雨を終わらせよ。

 止まない雨はない。そして雨が上がれば、空には虹が架かるものだ。

 ――キャンペーンシナリオ『虹を架ける勇者たち』。最終話、『虹を架ける勇者たち』。ここに開幕」

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