第18話 読み切り短編 アイラとキスク編

※本編ED後くらい、アイラに思いを寄せる少女兵(キスクにヤキモチ)の話


「アイラ〜!ちょっとこれ見てくれよ!」

中央都市コウトクの一角に野営したアイラ一行のキャラバンでのこと。

もはやいつものこととなったその光景を、少女兵ミオは眉をひそめながら横目で見やる。


ミオは幼い頃に奴隷として売り飛ばされようとしていたが、今目の前にいる赤毛の女賞金稼ぎアイラ・ソルティドッグに助けられ、彼女の部下の一兵として生活を共にしていた。

ミオにとってアイラは人生を救ってくれたヒーローであり、育ての母であり、初恋の人であった。

しかしながらそんな内情をペラペラと話すようなたちでもなかったため、それらの感情はそっと胸にしまっていたのだ。


それがどうしたことか。

しばらく以前から行動を共にするようになった、この〝キスク〟という少年があまりにも馴れ馴れしく、ミオはイライラする心の内を隠せずにいた。

ミオですらアイラと日常会話を始めるのに一年はかかったというのに。

心を静めるように、ミオは目の前の備品武器類のチェックリストに急いてペンを走らせた。


「キスクにしてはいいもん見つけたね、まああんたは観察眼がいいから、そこは信頼してるよ」


しかし背にしたアイラから賞賛の言葉が聞こえてきて、ミオは危うくペンをへし折りそうになった。

ミオが齢十四の少女兵でなければ、アイラのように鍛えた腕力にものを言わせて破壊していただろう。


(アイラさんに褒めてもらえるなんて、なんてうらやま……)


危うく恋敵に羨ましいという感情を抱きそうになり、ミオは首をぶんぶんと横に振って、軽率な自分の思考回路を否定した。


(こんな日の浅い男を、羨ましいだなんて思ったら負けよ、私は誰より忠実なアイラさんの部下なんですからね)


しかし聞くところによれば、このキスクという少年、二十歳そこらの見た目に見える割に、亡国の騎士団長を務めた経歴があるらしい。他にも長年にわたって、かの神力使いの暗殺者ジルカースの相棒をも務めてきたらしい。

どこまで信憑性があるか怪しいところではあったが、アイラが言っていたからには確かな事ではあるのだろう。

しかしそうなれば、このキスクという少年は一体何歳なのだろうか?

ミオは不老不死などというものは信じていなかったが、アイラなどは不老の美女ではないのか?と疑うほどに、ミオを助けた頃とさして変わらぬ美貌を保っているから不思議だった。


(キスクのやつ、案外アイラさんと歳が変わらないほどだったり……?)


そう考えて、不老長寿のカップルという見事なお似合いが出来上がりそうになって、ミオはまたぞろ軽率な自分の頭を抱えながら、繰り返し首をぶんぶんと横に振った。

そこへ見かねたらしきキスクがやってきて、ミオの肩を背後からポンポンと叩いた。


「ミオ、さっきからどうしたんだ、アイラが心配してるぞ」

「う……(うるさい!この年齢詐称おやじ!!)」


感情的に怒鳴りそうになったミオだったが、自分らしくない行動だと押さえこむ。

アイラはいつでも冷静で的確な判断を下す。自分もそうありたいと願っていたミオだからこその判断、思考回路であった。


「ご心配をおかけしました……私ならもう大丈夫なので」

「気を使うんじゃないよミオ、あんた最近ずっと働きづめだったろう。こういう時くらいゆっくり休みな」


アイラ直々の気遣いに感動したミオだったが、直後言い渡された言葉に凍りつくこととなった。


「キスクがね、ここいらの店の案内をしてほしいそうだよ。あんた土地勘あっただろう。買い物がてら案内してやってくれないかい」


何が嬉しくて恋敵とショッピングデートなどしなければならないのか。

しかしながら、アイラ直々の願いとあって、断る選択肢などミオの中にはありえなかった。

ミオは、気取って口に含んだ苦いコーヒーを飲み下せない子供のような顔で、キスクに“行きましょう“とだけ告げた。


***


アイラより、道すがらミオを気遣ってやってほしい、と言われていたキスクだったのだが、当のミオはといえばそんなことなど構う様子もなく、どんどんと先を歩いて的確に店舗の案内役を務めていた。

颯爽と歩く姿はどこかアイラのようでもあり、また“やきもち“をひた隠しにする不器用なポーカーフェイスは、十四歳という年相応の青臭さも感じさせていた。

キスクは腰まである栗毛のロングヘアーがどこか懐かしく微笑ましくなって、彼女“ミオ“にばれないよう、その背中で笑みをこぼした。


「ここがアイラさん行きつけの銃火器店。キスク、あんたは刀剣類だから向かいの武器屋ね。あとは……」

「ミオ、アロマとか売ってるような雑貨屋は知らないか?馴染みに疲れてそうな奴がいるから、差し入れしてやりたいんだ」


その言葉から、アイラに贈り物でもしてやるつもりなのだろう、とミオは察したらしかった。

恋敵にそう易々と塩を送ってなるものか、というところなのだろう。

しばらく思案した様子のミオに案内されたのは、街の路地裏にある老舗のアロマ店だった。

趣ある煉瓦塀の店に近づくと、店内から漂うアロマの香りが二人の鼻をくすぐった。

この国のアロマ文化の本場である北の国から、はるばる西の国を迂回して仕入れているらしく、その値段は手頃に買えるものではなかった。

しかしながらその品質から、中央都市コウトクの官僚たち御用達の店であるのか、店内には官僚たちの姿もちらほらと見受けられた。


「なるほどな、値段は少し張るがいいもん使ってる。さすがだなミオ!」


アロマのサンプルをかぎながら、キスクはミオの年不相応な見識の広さに感心する。

ミオはこんな高いものは買えないと言われることを想定していたのだろう、よもやに褒められたことで意外そうに目を丸くしている。言葉にはせぬものの、隠しきれていないその拙さがまた可愛らしい。


「まぁね……だてにあんたより昔からアイラさんの部下を務めてないもの」

「じゃあ、選ぶのも頼んでいいか?俺よりはミオの方が詳しそうだからな」

「……」


その言葉に、これまでむすっとしていたミオの表情がほんの少しほころぶ。

アイラのために行動するのが彼女の喜びならば、それを利用させてもらおうと思ったのである。


「そいつ、いつも忙しく仕事に明け暮れてるからさ、ほっと落ち着ける匂いがいいかと思ってね。俺はすっとした甘い匂いが好きだけど、人それぞれ好みは違うだろ?まぁそいつのイメージなんかで選ぶのもいいんだろうけど。“よく知ってる奴“に頼んだ方がいいだろうからさ」

「ずいぶん饒舌じゃない」


満更でもなさそうに口元を綻ばせるミオに、キスクは“彼女の髪色と同じ“ブラウンのラベルのアロマ瓶を手に取った。ラベルには白インクでウサギのマークがあしらわれている。


「かわいい……」


思わずこぼれた本音にミオは咄嗟に口元を抑えたが、めざといキスクが見逃すはずはなく、ふふっとつられるように笑った。


「だよな。匂いもキツくない、これにするか?」

「同じ系統なら、私はこっちの匂いの方がいい気がする……あくまで私の好みだけど」

「ありがとう、それで大丈夫だ。おかみさん、これひと瓶ください」


アロマ瓶の入った紙袋を手に店を出たキスクとミオは、その後、少しだけ和やかになった空気のなか、街の中を散策してキャラバンの野営地へと戻った。


***


「ミオ、これ休憩中にでも使いな。俺からの選別」


野営地に戻るなり、キスクからアイラに渡すものと思っていたアロマ瓶の入った袋を差し出され、ミオはどういうことかわからないといった顔で、アイラとキスクの顔を交互に見やった。


「へぇ、案外気が利いたことができるんだねキスク。私は“見知った街を散策がてら遊ばせてやってくれ“って言っただけなのに」

「あいにく俺の遊び場は夜の酒場がメインなもんでね。女性陣の好む店は疎かったから、本人に聞いたってわけ」

「え?えっ?」


事態が飲みこめない様子のミオに、アイラは一言“ごめん、中央都市コウトクは昔、キスクとジルカースの拠点だった場所なんだよ“と、微笑み混じりに詫びた。


「じゃ、じゃあ、キスクは初めから街の並びも何もかも全部知ってて……?」

「悪い。でもアロマの店を知らなかったのは本当だぜ。あんないい店知ってるってことは、街をいろいろ巡ったんだろう、凄いよ。それに、俺の溜め込んでたへそくりも火を吹いたしな!やっぱこういう誰かが喜ぶことに金を使うと楽しいな」


私欲なく人を気遣い、素直に人を褒められる。

そんな大人の余裕をキスクから感じ取ったミオは、恋敵だということなどどうでも良くなって、アロマ瓶の入った紙袋を手に申し訳ない気持ちになってしまった。


「ごめんなさい」

「えっ、気に入らなかったか?」

「そうじゃない、私、子供っぽい振る舞いで、キスクに気を使わせてしまったから……ごめん」

「いいよ、子供は大人に甘えるもんだろ?疲れたり、困ったら、素直に甘えてこいよ。俺たちは一つの家族なんだから」


そう微笑んだキスクの面影が、三十代ほどの大人の男性に見えて、ミオは不意に目をしばたいた。

見直した視界には、いつもと変わらぬ二十歳そこらの見た目のキスクがいた。


「そうだよミオ、あたしたちは家族、これからもどんどん頼っておいで。あたしも頼りにしてる」


アイラとキスクの言葉を初めて素直に受け止められたミオは、気恥ずかしさに唇を噛み締めながら、アロマ瓶の入った紙袋をぎゅっと握りしめた。


「ありがとうございます」


***


その後、野営地の一室でアロマ瓶に小さな火を灯したミオは、その炎のゆらめきの中にアイラとキスクの姿を思い浮かべていた。

母と父と言える人は、ミオがもの心ついた時にはなく、奴隷として売られるのが当たり前の人生があった。

けれど今なら“こんな二人が両親と言えるような存在なのではないだろうか“と感じられていた。

優しくて、暖かくて、どんな感情も両手を広げて受け止めてくれる。

そんな二人の姿を思い浮かべていると、気づけば長らく張り詰めていた緊張もほぐれ、ミオは穏やかなまどろみの中に包まれるように眠りについた。

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